RKRN短編・ネタ

愛猫のモンちゃんともんじと


最近、密かな楽しみがある。

夕飯後、お風呂も入り後は寝るだけの夜更け。

夕飯の残りをこっそり懐に忍ばせて、くのたま長屋と忍たま長屋の境にある小屋、その裏手にこっそり足を運ぶ。

私の足音を聞きつけたのか、それとも持ってきたものの香りを嗅ぎつけたのか。茂みがかすかに揺れ……それはひょっこりと顔を出した。

『モンちゃん、ご飯だよ〜!』

キジトラ猫である。

名前はいつも一文字に口を引き締めていることから、モンちゃん。

決して同期の名前からつけたわけじゃないし、なんかちょっと不貞腐れた顔が似てるななんて思ってない。

まあちょっと脳裏によぎったかもしれないけど、あくまで一文字の口が愛らしい藤猫のモンちゃんである。

さて、そのモンちゃんはグルグルと喉を鳴らしいかにもこちらを警戒している様子だ。

しかし視線は私の懐に向かい尾はゆらりと揺れている。後輩の生物委員に聞いた話では機嫌がいいらしい。

かわいい。

あまりの可愛さに心の中で絵姿を描きまくっていたら唸り声が増した。

まだださないのかとお怒りだ。やっぱ怒ってる顔あいつとちょっと似て……いやモンちゃんは猫、潮江はギンギンゼミ。気のせい気のせい。

急かすように前足でたしたしと地面を叩かれてはもう、とても逆らえない。

『はい、今日は鯵だよ』

そっと懐から取り出したのは鯵の切れ端。

夕飯の残り物で、軽く湯掻いてある。

今晩は塩焼き。酢橘をきゅっと絞って大根おろしでさっぱりいただいた。身はふわふわで、噛めば噛むほど旨味がじんわりと出てくるのは我ながらいい焼き加減だったと思う。

あらかじめ五年の久々知のごま味噌豆腐をもらっていたので、濃厚なごま味噌とさっぱりとした鯵で箸が進むことこの上なかった。

鯵といえば、前に忍務で海へ行ったとき食べた、鯵を細かく叩き少量の味噌と生姜、ねぎ、青じそを和えたなめろうは絶品だった。
ちょうど旬の鯵は脂の風味もよく、身が引き締まっていてプリプリ。また食べたい。
しかし、残念なことにアシが早いので学園では煮たり焼いたりが主流だ。


でもまあ鯵は今日食べたし……次は鯖がいいな、鯖の味噌煮。

ここらでは醤油煮が多いが、東に行った時に食べた鯖の味噌煮は格別だった。

『ほかほかでツヤツヤの白米に脂の乗った鯖味噌煮、ごま油が香るひじきと小松菜の小鉢。パリパリで噛むほどに味が滲み出る赤蕪のお新香。そしてお味噌汁、いやお吸い物も悪くない……お腹すいた』

なぁご、と猫が鳴く。

まるで応えるかのようなタイミングで思わず視線をやると、ちょうどモンちゃんもこちらを見上げ、その小さな口を開いた。

「こんな時間にそんな話をするんじゃねぇッ……!!」

モンちゃんが喋った。

『モンちゃんが喋った?!!しかも思ったより聞き覚えのある雄々しい声!!』

「その猫じゃねぇよ!!後ろだ!」

声に導かれるまま振り向く。

足だ。

いや違う、その上。月明かりだけでもわかる、くっきりとした目元の……隈。

『し、潮江……?!なんでここに』

忍たま長屋との狭間とはいえ、さすがに距離がある。会計委員室も方向が違うので、委員会関連でもないだろう。

こんな時間に会ってしまうなんて思いもしなかった。

戸惑いながら見上げると、潮江は顔を顰めて口を開く。

「こっちの台詞だバカタレ!俺は寝ようと思ってたんだよ、なのに毎晩毎晩飽きずに来てはメシの話を延々と聞かせやがって……」

『寝るって長屋は……あっ』

よく見れば濡れて体に張り付く衣服、指先から滴る水滴。

雫が土に落ちる音でハッと我に帰り目を逸らす。何だかちょっと見てはいけないものを見てしまった気がした。

『い、池で寝てるって正気とは思えない噂本当だったの』

「鍛錬だ!!!」

『隈ひどいし、寝れてないんじゃない?休むべき時に休めないんじゃ鍛錬にもならないでしょ』

「誰のせいだと……!!」

いつもこうだ。対面すると何だか顔を見れなくて、気がつくと口論になっている。

嫌いなわけじゃないのに……悶々と地面を睨みつけていると潮江がずい、と近づいた。

「おい、人と話してるんだからこっちを見ろ」

低くなった潮江の声にそろりと顔を上げる。

思ったより近い距離でこちらをまっすぐ射通すような視線とぶつかって、心臓が変な音を立てた。

耐えきれず一歩引くと、潮江も一歩踏み出す。歩幅の差で余計に近づいてしまって、顔は熱いし頭は回らないし、どうかしそうだった。

ゆっくりと潮江が手を伸ばし、そのカサついた指先が頬に触れそうになったその時。

静寂を裂くようにグルルと低い音が響いた。

飛び跳ねるように潮江と距離を取り、足元を見る。

モンちゃんの鳴き声かと見やれば猫の姿は既に影も形もなく、鯵の切れ端もなくなっていた。他に人が来たからか、いつのまにか切れ端を持って寝床に戻ったらしい。

ということは、つまりこの音の主は。

『……もしかして潮江?』

潮江の悔しげに歪んだ赤い顔が答えだった。

心なしか前屈みでお腹を抑えている。

「くそっ、お前のせいだ……!」

『夕餉食べなかったの?』

「今日は兵糧丸の日だったんだよッ」

『冷飯ですらない!?え、なに、そういう食の嗜好?』

「だから鍛錬だ!!池で寝るんだから消化機能が衰えるだろう、それに冷飯もない時があるかもしれん」

『そんなんだから食満に背丈負けるのよ……一年の時は同じくらいだったのに』

「何だとォ……?!」

『あーまあまあ落ち着いて!そんな潮江にいいものがあるわ』

懐から竹の皮に包まれた塊を二つ取り出す。

なんだと不審げな顔をした潮江にそれを持って近づけば、その香りを嗅いでか、ハッと恐ろしいことに気づいてしまったかのように潮江は後退りした。

「く、くるな」

『夕飯の残りの鯵の塩焼きと青じそのおにぎりよ。梅干しとごまを細かく混ぜてある』

夜食にと握ってきたのだ。本当は自分で食べようと思っていたが……なんか面白そうな流れである。なんかさっきはこちらが追い詰められる雰囲気だったし、くのたまとしてやり返す機会は逃さない。

後退された分、ゆっくりと近づく。

『そのまま食べてもいいし茶漬けや味噌を塗って焼くのもいいわねぇ……きっとホクホクのご飯と鯵が濡れて冷えた体を温めてくれるわよ』

おにぎりを近づけながら先ほどの仕返しに潮江の耳元で囁いた。

「やめろ!今俺に近づくな……!!」

『そんなこと言ってもわかってるのよ、鍛錬ばかりで飢えてるのは。ほら、ちょっと、先っぽだけ……』

「うぐっ……」

後一歩でおにぎりに食いつく!!

そう確信したその時。

がさり、と茂みが揺れた。

勢いよく二人して音の方向を向く。

にゃあ。

「なんだ、猫か」

『なんだモンちゃんかぁ』

そこにいたのはつぶらな瞳をこちらに向けるキジトラの猫、モンちゃんだった。

ほっとため息を吐く。

潮江の様子を伺えば、今の一呼吸で気を取り直したらしく、先ほどまでの動揺などなかったかのように平然としている。

一応おにぎりを差し出してみたが、案の定潮江は首を横に振った。

「握り飯は食わん。兵糧丸で栄養は十分とっているからな」

『毒を疑ってるなら、これは私の夜食予定だったんだし今回はないわよ。そもそも誰かいると思ってなかったわけだし』

「それはそれで鍛錬にならんだろうが……それにしても、本気で気配を消したわけでもないのに俺に気づけないなんてそれでも上級生か?」

痛いところをつかれてしまった。

もともと気配察知は苦手分野ということもある。しかしそれ以上に、いくらモンちゃんが可愛くてここが学園内とはいえ油断しすぎていたのは確かだ。

卒業も近くなってきたのだから、気を引き締めなければならない。

言い返す言葉もなく、うめき声が口から漏れる。

『ぐぅ……』

「ハッ、ぐうの音は出たな」

『……そっちはお腹から出てたけどね』

「そういう鍛錬だッ!!おまえこそ食べてばっかりで鍛錬が足らんのじゃないか?よし、寝るのはやめだ。裏裏裏山まで付き合え」

『どんな鍛錬よ……って、なんて?』

「元はと言えばお前が寝るのを邪魔したわけだしな。行くぞ」

『は?え、ちょっと、明日朝イチでアルバイトなんだけど?!』

「丁度いい、忍びたるもの不足の事態も万全に対応できねばならん!!ギン、ギンギーーン!!!」

『あ、あんたの忍び論なんか知ったこっちゃないわよこの鍛錬バカーーーーっ!!』





翌日。

夜通しの鍛錬に痛む足腰を抑えバイトに直行した私は、学園内でとある噂が広まりつつあることを知らなかった。

おそらく鍛錬後に寝不足や空腹の限界が来たのかぶっ倒れた潮江も知らなかっただろう。長屋まで引きずってやったので、たぶん誰かに気づいてもらえていれば部屋で呑気に寝てるはずだ。

夕方に、アルバイトから帰った私は信じられない噂を耳にする。

「先輩〜!忍たまの、あの潮江文次郎先輩と付き合ってるってほんとですか?」

『つ、付き……?!デマよ!』

「昨晩密会してたって、しかもあだ名で呼んでたって聞きました!!」

『あだ名?ああ、モンちゃんは猫だし潮江とは偶然あっただけ』

「朝方足腰を抑えた先輩が忍たま長屋辺りを歩いてるの見たって!潮江先輩は今日1日部屋から出てませんけど……ネコってそういう」

『違います!!鍛錬に巻き込まれてたの!』

「夜の鍛錬に?」

『だから違うってぇ!もう、潮江ぇぇぇえええ!!!あんた寝こけてないで責任もって収拾つけなさいよぉ!!!』

「責任?!!」

否定虚しく、潮江とくのたま上級生がそういう仲という噂はあっという間に学園中に広まった。








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後輩たちに囲まれている頃……一方忍たま長屋、い組の部屋


「文次郎、お前はかったな?」

「ああ?なんのことだ仙蔵」

「同室の私がわからないとでも?付き合ってるだの深夜の密会だの、随分と大胆な牽制じゃないか」

「くだらん。あんなモン池で寝ようとしたら鉢合わせたのを、こっそり見てる鼠がいて勘違いしただけだろうが」

「その気配にお前が気付けないわけがなかろう。それに覗いていたのはあやつに懸想してる輩だったと聞いたぞ」

「……さあな。偶然だろう」

「ずるいヤツだ」

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