超決戦後ターレス夢(?)
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《様子がおかしいサイヤ人》
前世の記憶というやつは、得てして頼りにならない。
ここが『ドラゴンボール』の世界だと気づいたのは、大魔王の侵攻をテレビのニュースで見た時だった。しかしネットミーム程度のうろ覚え知識しかない一般市民の私には、伝手もできることも何もない。
東の都が消滅した時も、この前巨大な木が世界を覆い尽くした時も、ただ自宅で震えていることしかできなかった。
「このままずっと主要人物に関わることはない、はず……だったんだけどなぁ」
──そう、思っていた。
巨木が消え去ったあの日、崖の底で血と泥に塗れた死にかけの男を拾うまでは。
怪我人を前に、救急車を呼ぼうとしたら手首を掴まれ『余計なことをするな』と脅された挙句、男はそのまま意識を失ってしまった。
血を拭ってみれば、前世のコマーシャルやらグッズで散々みた顔に特徴的なツンツン頭。
どう見てもこの世界の主人公、孫悟空である。
病院も通報も拒むところからして、明らかに厄介ごとに巻き込まれている。
正直、一般人としては関わりたくない。でもこのまま放置したら野生動物にでも喰われるだろう。
助かる命を見捨てるのか。それに、主人公がいなくなったら、この世界はどうなってしまうのか。
結局見捨てることもできず自宅へ運び込み、手当をしたのが数週間前。
やがて目覚めた男は、掠れた声でこう名乗った。
「……ターレス」
孫悟空じゃないんかい!!
まさかの人違い……?
いや、でも、いくらなんでもこんな特徴的な髪型で顔どころか声までそっくりなんてそうそうないだろう。メタ的に言えば漫画のキャラはキャラ被りを避けるために大抵髪型とかで個性出しがち。
じゃあ、偽名なんだろうか。
戸惑いながらも崖の下にいたことを告げ、拾うまで何をしていたのか聞いても「さあな」「どうだったか」と、不確かな返答ばかり。
孫悟空ってこんなキャラだったかな。なんか性格違うような……
……性格が、変わった?
瞬間、なけなしの前世の記憶が蘇る。
たしか主人公の孫悟空って、赤ん坊の頃に崖から落ちて頭をぶつけて、記憶喪失だかで性格が変わったんじゃなかったっけ。
点と点がつながっていく。
さらに、脳裏ににわかに蘇る、前世の友人が熱弁していた声。
『悟空がスーパーサイヤ人になるシーン必見だから見て』
『サイヤ人って、その名の通りみんな名前の由来が野菜なんだよね。カカロットとかベジータとかさ』
悟空はサイヤ人で、崖から落ちて記憶を失ったことがあって、サイヤ人の名前の由来は野菜。
ターレス、タレス……レタス!!!立派な野菜だ!!
ベッドの上で身動ぐ男に目を向ける。
主人公らしい明朗快活さは影も形もなく友情何それ美味しいのとでも言わんばかりのシニカルな表情。
だが、これがもし『再び一回崖から落ちて、元のサイヤ人の人格に戻った』状態だとしたら?
「そ、孫悟空ってご存知?」
「……知り合いか?」
「いや、まったく。昔テレビで見たんだけど似てるなって」
「ふふ、残念だが人違いだな。生憎オレはそんなサイヤ人の誇りを忘れたようなふざけた名前じゃない」
絶対知ってるやつじゃん!!!
いよいよターレス=孫悟空のサイヤ人としての人格説が濃厚になってきた。
しかし重要なのはこれストーリーにあるかどうかだ。
……もし、もしも。
前世の記憶がある私が関わったせいでおかしくなってたとして。
放置してても勝手に孫悟空に戻ってくれるんだろうか。
あるいはこの性格のままでも、この男はこれから来るであろう脅威に立ち向かってくれるんだろうか。
そんなの、わからない。
今までだって前世の記憶があるからと言って、この世界が漫画の世界と知っているからと言って、特に都合がいい展開は起きなかった。
つまり私は悪いケースを考えて、地球の未来のため、どうにかこの男を孫悟空に戻さなくてはならないのではなかろうか。
およそ主人公とは思えない不敵な笑みを浮かべる男を前に、頭を抱える。
拾った責任が重すぎる……!!
◇◇◇◇
ターレスが目覚めてからひと月。
怪我人とはいえベッドの上で横柄な態度を取るターレスに、もう一回崖から落ちたら元に戻らないかなと邪な考えが浮かぶこと数十回。
ちなみにあまりに大きな態度なので何様かと問うたら「ターレス様」と帰ってきた。この野郎。
やっと歩けるようになってきた彼は、勝手に人の家をうろついては食べ物やお酒を物色し、我が城のように居座っている。なお酒は流石に取り上げた。怪我人なんだから飲むな。
まだ完治してないからあまり強くいえないがヒモのような……主人公がこれでいいのか。
僅かにあった主人公への敬意も憧憬もこの何日かで全て消え去った。
「この果物、どこで手に入れた?」
「ん?ああ、それ自家製。裏の物置で育ててるやつ」
今日も今日とて勝手にキッチンを漁るターレスが、拳の半分もない小さな赤い実を片手にこちらにやってきた。
珍しい。いつもなら何も聞かずに勝手に食べるのに。
「この前……ちょうどターレスと出会った頃に種を拾ったんだけど、それを植えたら生えてきたんだ。なんか栄養豊富なのか食べると元気が湧くからさ、ターレスも食べとくと良いよ」
そう促せば、ターレスはじっと実を見つめた後、一口齧って目を見開いた。
「なんか力漲る感じするし、美味しいでしょ。ちゃんと選別して美味しいやつの種を残してったら味が良くなったんだよ!」
「……物置にあるんだったな?」
「うん。気に入ったなら後何個かは取ってきても良いよ」
確認するや否や、返事もせずターレスが身を翻し、部屋を後にするのを見送る。
──そのわずか数分後。
リビングの扉が、凄まじい音を立てて蹴破られることになるとも知らずに。
◆◆
《side ターレス》
激音と共にへし折れた扉が、リビングの床を転がった。
「おい、神精樹に何をした?!」
そのまま乱暴な足取りで部屋に入ったターレスは、脇に抱えた低木を床へ叩きつけるように下ろし、家主の地球人に食ってかかった。
低木から小さな赤い実が落ち、醜く潰れる。
知っているものより随分と小さな赤い実を見つけた時点で、嫌な予感はしていた。
だが、まさかここまでとは思わなかったのだ。
物置にあったのは──神精樹とは到底思えないような、自分の腰ほどもないような小さな木だった。
コラフという名の地球人は、急な出来事に頭が追いついていないようで、吹っ飛んだ扉と木が落ちて凹んだ床を交互に見ていた。「と、扉、床……修理代……」とかぼやいているが今はそんなことはどうでもいい。
早く答えろと急かすように胸ぐらを掴むと、コラフはやっとターレスに目を向け、口を開いた。
「な、なにって……それ、シンセージュっていうの?普通に植えただけだよ」
「植えただけ?ははは、つまらん冗句だ。こんな小ささでそんなわけがあるものか」
額に青筋が浮かぶのがわかる。力んだ足の下で床が軋んだ。
いつもの、全てを手のひらで転がしているような余裕の笑みはどこへいったのか。喉奥から乾いた笑い声は溢れるものの、ターレスの頬が引き攣るのは怒りのせいだった。
「いや、だって、その苗木は3代目で植えたばかりだもの。たったの2日でそこまで伸びてるんだから、むしろ育ちが良い方では?他の植物はそんな伸びずに萎れちゃうし、こんな大きくなったの初めてで、」
「ふざけるな!!」
凄まじい剣幕に、部屋が震える。
たったの2日?育ちがいい?
地球の植物を基準にすればそうなのだろうが、この神精樹に関してはまるで見当違いだ。
「2日だと?神精樹ならそれだけあれば、とうにこの星の全エネルギーを吸い尽くして、大気圏を覆い尽くしているはずだ。それがなんだ、この雑木のような出来損ないは……待てよ」
ふと、バケツからこぼれ落ちた土……いや、小石が目に入る。
ハッと息を呑むと、ターレスは顔をバケツに近づけ、それからコラフを凝視した。
「まさか、この栄養のかけらもなさそうな石まみれの土壌で、しかもあの陽も当たらない狭苦しい暗所に、閉じ込めたまま育てているのか?」
「まあ……土だと虫が湧くし、外に置いたら野生の恐竜とか鳥獣が食べにきちゃうから。でも大丈夫、豆とか木はあんまり水あげない方がいいって聞いたからちゃんと水やり控えめにしたよ」
──こいつ、本気で言ってやがるのか。
妙な理論をこねくり回したような返事に、さすがのターレスも言葉を失った。
地中に放り込むだけで星を枯らす神精樹が、バケツを破ることすらできずに腰の高さで成長を止めた理由を、ターレスは瞬時に理解した。
光の入らない物置、水分と栄養の飢餓、そして根の成長を物理的に阻む軽石と金属バケツ。
植えられたのが神精樹でなければ、芽吹くことすらなく腐っていたに違いない地獄の環境。
そうして、生命力の塊のような神精樹の実は、強大なパワーを得られるはずの赤い実は、味は良いもののこんなゴミみたいな戦闘力上昇値の実になってしまった。
「……いや。まだ諦めるには早い。3代目と言うことは、つまり1代目か2代目の種があるってことだ」
そう呟けば、こんなことをしでかしてくれた当のコラフはほっと気が緩んだように肩を下ろした。
急に自信に満ち溢れてきた表情に不安を覚えながらも続きを促す。
「あるよな?」
「はいッ!しっかり選別したやつを残してます!」
「嫌な予感しかしないが、選別とやらはどう行った」
「水に種をつけて浮いてきたやつを選んで植えました!」
「は……浮いた……?」
ターレスはどこぞの裏切り者とは違って農家ではないので、土いじりは詳しくない。
しかし神精樹の実を何度も植えた経験と部下たちの会話から多少の知識はある。
種子の選別についても、ターレスは知っていた。
「いやだから、水に浮く軽い方の種を植えて──」
「バカが!!!!!!」
本日一番の鼓膜を引き裂くような怒号。
部屋の窓ガラスにヒビが入る。
「水に浮く種など中身が詰まっていない不良品、ゴミクズだ!! つまり貴様は神精樹ともあろう至高の果実を、わざわざ『最も弱く、最も育ちの悪い、劣悪な遺伝子』だけを選別して育てたわけだ!!どうかしてるのか、この星のヤツは!」
「ええっ!? 浮いたヤツを植えるんじゃなかったの!? ……ま、まあ浮いた方でも、枯れずに育ってるから大丈夫じゃないかな? 心なしか世代を経るにつれて甘くなってる気がするし」
ここに来るまでのことは色々うろ覚えな様子なのに、植物の遺伝子だの星のエネルギーだのよく知ってるね、そっちの専門?とぼやく地球人に、ターレスは未知の生物を見るような視線を向ける。
裏切り者のカカロットもそのガキもなかなか変なやつだと思っていたが、この星ではどんな教育をしているんだ。
あまりの間抜けさに『始末』の2文字が脳裏をよぎる。
しかし部下と連絡も取れず怪我も治りきっていないのだ。カカロットたちがいるこの星で騒ぎを起こすのはまだ早い。むしろ、この地球人を使って静かに力を蓄えた方が良いのではないか。
それに、もしかするとこいつは──。
一時の気晴らしと今後の動向を考え、ターレスはひとまず拳を下ろした。
「詳しいのは当たり前だ。神精樹はオレが持ってきたんだからな。そこらに落ちてるようなもんじゃない。おそらく、オレが落としたのをお前が拾ったんだろう」
「そ、そうだったんだ……もしかして意外と貴重?」
「もしかしなくともとても貴重なそれをぶち壊した詫びは後でたっぷりいただくとして……それで、沈んだ方の種子はどうした」
地の底を這うような低い声で問えば、コラフは恐る恐るテーブルの上の小瓶に手を伸ばした。
「おい待て。まさかソレが種とか言わないだろうな?」
「ターレスにもこの前出したんだけど、捨てるのもなんだからフライパンで炒っておやつに……」
たまにつまんでは酒のつまみに良さそうだと思っていた、こんがり炒められた煎り豆。
それを差し出されたターレスは、信じられないというように額を押さえた。
「あの、おひとついります? 」
申し訳なさそうに差し出された小瓶。
叩き落としたくなるのを堪え、ターレスはワナワナと震える手で煎り豆を一つ口に放り込む。
カリッ、と良い音が響いた。
「くそ……」
噛み砕いたそれを苦虫を噛み潰したような表情で咀嚼するターレス。
種の状態だからか、調理済みだからか。特筆するほど戦闘力の上昇は感じない。
しかし、やはり味は悪くなかった。それが余計に癪に触る。
「今はまだ巨木被害の後片付けがあるから手が出せてないけど、そのうち果肉の方で果実酒を作ってこの種をつまみに飲むつもりで……間違いなく合うと思うから許して……あっ」
なにか妄言を吐いているのを無視してターレスは小瓶を奪い取り、外へと歩き出した。
「煎ってるのも煎ってないのも、あるものは全てよこせ。どれか一つでも無事なやつはないのか……!?」
「そこになければないですね……いやちょっと何で煎り豆を土にばら撒こうとしてるの?!もったいない!」
「邪魔するな、もったいないことをしてるのはお前だ!!」
止めようとするのを振り払い、その衝撃でコラフがすっ転ぶ。
正直それなりに鬱陶しさはあるし、地球人1人くらい始末しても問題ないと思う。
しかし、たった今、殺さない理由ができた。
怪我が完治していないとはいえ、戦闘民族であるターレスに振り払われたとして。カカロットたちを除くおおよそのこの星の住民ならば、骨が砕けるか、少なくとも先の扉のように吹き飛んでいる。
ただ転ぶだけで済むなんて、
思えば、本来のものに比べればカスみたいな量とはいえ、この豊かな星のエネルギーをひと月も摂取し続けたのだ。無自覚なようだが、こいつの肉体が『地球人』の枠を逸脱し始めていてもおかしくない。
さて。この駒、どう使おうか。
煎り豆をばら撒きながらターレスは口角を上げた。
──この物語は、孫悟空の別人格と勘違いされてるターレスとうっかりパワーアップしてしまった転生地球人が、シンセイジュで宇宙一に輝くまでの物語である。
《おまけ:煎り豆をばら撒いた数日後》
「この劣化版神精樹、なぜお前が育てないと枯れるんだ……何をしやがった」
「何それ知らん、怖。あ、もしかして私、植物育てるの向いてる?緑の手ってヤツ……?!」
「それはない。ひと月足らずで神精樹をこんな品種改悪する奴がそんなのであってたまるか」
「品種改悪?!品種改良といって欲しいな、美味しくなってるし」
「引き換えに失ったものがデカすぎる。さて、どう落とし前をつけてもらうかな」
「そ、そういやシンセイジュ、とにかく実がなるのが早いんだよね。味も良くなってきたし、なんかエナドリ的な元気が出る感じもするから『シンセイジュの実、5個入り700円』みたいな感じで売れないかな」
「何を寝ぼけたことを……いや、この程度の実ならそれもありか?」
「え?ちょ、ちょっとなんで収穫したヤツ全部持っていくの」
「売っぱらう」
「はぁ?!私が手塩にかけて育てたんだけど?!」
「元を正せばオレの種、それを勝手に育ててダウングレードしたのはそっちだ。それにこういうのはまとめ売りより希少性を出したほうがいい。お前はこの手の商売の駆け引きが得意そうには見えないしな」
「うっ。それは確かにそうだけど、せ、せめて養育費!!」
「ふふふ、そう案ずるなよ。オレは受けたものはちゃんと返すタイプさ……恩も、仇もな。当面はここを拠点にするから売り上げの一部はやってもいい」
「やった不労所得……いや待って、なんかおかしい。育てるのは私なんだからその給料は当然だろうし、それに勝手に住み着くことになってない?私の家だよね?」
「さて、実の販売手数料の一環として酒でもいただくかな」
「聞け……って、あーーッ?!それ秘蔵のヤツ!!!」
◇◇◇◇
あるかわからない次回予告
「大事な家庭菜園こと物置が荒らされた!ターレスのせいかと思えば、れ、レタスの化け物?!」
「誰がそんなくだらないことするか。お前が蒔いた種だ、責任もって処分──待てッ。こいつ、何か妙な……!?」
《様子がおかしいレタスの化け物》
続く……?
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