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短編

 先生、神様はいませんよ。そうやって言えば先生はどんな反応をするのだろうか。きっと嗜めるか、私の思考を肯定しつつも自らは神様を信じることをやめないかのどちらかだろう。
 先生は信仰にすがっているから。

 私は偶然、三木先生の歌声を聞いたことがある。いや、歌声自体は彼の詞に曲がつけられた童謡を、新美先生などにせがまれて歌っているのを幾度も聞いたことがあるけれど、そういったものとは確実に違う歌だった。
 それは本当に、誰かに聞かせるとかそういう類いの歌ではなく、つい口ずさんだというふうなもので、聞いてはいけないものを聞いてしまったような気になって、忘れようとはしたのだけれど、でも、その歌声はどうしようもなく耳に残って離れてはくれなかった。思えばなんとなく、この頃から私の欲は発芽して、徐々にどうしようもなく大きくなっていたような気がする。
 三木先生は綺麗だ。外見の話じゃなくて、いや確かに大変に綺麗な外見はしているけれど、それ以上に内面が綺麗だなあと思う。
 ああ、どうして人間って綺麗なものに惹かれてしまうのだろう。残念ながら私は綺麗なものは見ているだけでは満足することができないくらい貪欲で、身も心も自分のものにしたいと思ってしまうような浅ましい人間なのだ。別に監禁したいだとか思っているわけではないので身体に関しては諦めがついている。問題は心だった。
 願わくば先生の心の十割を私が占めていたいのに、なんということだろうか、神様とかいういるのかいないのか全然わからない不確実な存在が先生の心には必要不可欠で、私が先生にとっての神様にとってかわることができたら良いのだけど、そこまでの人間ではない。神様になれない人間。そもそも神様になろうとすること自体がおこがましいのだろうけれど。
 先生が神様を信仰していなければ。そう思ったことは一度や二度ではないけれど、そんな先生が思い浮かばないのは事実だった。私の想像力がまったく逞しくないせいかもしれないけれど、なんだかそういう問題ではない気がする。神様を信仰していること自体『三木露風』を構成する一部なのだから、そこを否定してしまうのは『三木露風』を否定することに繋がるように思えてしまう。そういうことは、したくない。したくないけれど、私が望んでいるのは突き詰めてしまえばそういうことなのだ。
 まったく矛盾している。人間は矛盾を抱える生き物だけど、こんな矛盾抱えるなら人間になんて生まれないほうがマシだった。他の生き物として先生と出会いたかった。そうすれば種族差とかそもそも言葉が通じないとか、もっとそういった根本的な問題によって諦めることが出来たのに。
 
 ねえ、先生、神様とかいう酷いやつを信仰することにすがるんじゃなくて、私にすがってくださいよ。
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