北信介
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澄み切った青い空に、干されている洗濯物は気持ちよさそうに風になびている。桜も咲き乱れあちこちで花見に行く人たちが増える頃。
私はベッドで毛布にくるまっていた。
花粉症じゃなければ、私だってお花見行ってたのに。いい天気なのが恨めしいくらい今年は特に酷い。一月からその気配はやって来た。なんとなく鼻先がむずむずし始めて、そのうち目が痒くなり、くしゃみを連発するようになっていた。喉もいがいがする。鼻かみすぎたのか頭もぼーっとしてくる。
抗体が出来ているのか、はたまた今年のやつの強さに勝てないのか服用している薬は気休めしかならなくなっていた。
『ごめん。体調悪くて今日行けない。』
信ちゃんには悪いけど、今日はキャンセルだ。洗濯物干したら見事に悪化した。これは外、出たらやばい。お花見どころじゃない。
『風邪か? そっち行くわ』
『花粉症が酷くて。ごめんね。』
『薬飲んでゆっくりしとき』
少しして彼らしい返信が来たことを確認してから、スマホを枕元に置いて目を瞑る。目元は熱を持って痛痒く、部屋には鼻水を啜る音が響いてなんだか情けない。
目が覚めたら信ちゃん、いるのかな。そう思ったら少しだけ、呼吸が楽になった気がして私は浅い眠りに落ちていった。
***
重たい瞼をゆっくりと開けると、カーテン越しの午後の眩しい日差しと広い背中が視界に入ってきた。
「……しん、ちゃん」
毛布から顔だけ覗かせ、掠れた声で呼ぶと、こちらを振り返った彼と目が合う。それから、信ちゃんは私の火照った額に、自身のひんやりとした掌を当てていた。
「熱は、ないな」
「ないよ。花粉症だもん……っくしゅん!」
両手で顔を覆いくしゃみを一つすれば今度は鼻がむずむずする。小さくくしゃみ出来たら可愛らしいのだけど、正直そんなことやってられない。それくらい毎年この時期は非常事態だ。
ゆっくりと上半身を起こし、通りの悪い呼吸を整える。
「大丈夫か?」
「ダメかも」
「これ持ってきたわ」
紙袋から取り出したのは、見るからにしっとりしていそうで柔らかく、箱にはうさぎが印刷されているあの高級ティッシュだった。
「ふわふわしてるやつじゃん!」
「鼻の下、真っ赤やからな。かみ」
信ちゃんから差し出された柔らかく上質なティッシュを受け取り鼻を思いっ切りかむ。やっぱりお安いティッシュとは違って鼻が痛くない。
かんだティッシュを投げ入れると放物線を描いてスコーンとゴミ箱へ入っていく。毎日かんでは放っていたら要らない特技が身についたみたい。
「蓮根のきんぴらも作ってきたから、あとで食べ」
「ありがとう! 信ちゃんの手料理美味しいから嬉しい」
「そらよかったわ。蓮根はな、目とか鼻の粘膜にいいらしいで」
「へぇ〜。花粉症じゃない信ちゃんの方が詳しいね」
「誰かさんが酷い症状やからな。調べたん」
信ちゃんは立ち上がると、今度は「キッチン借りるな」と私が返事する間もなく移動し始めた。その後ろ姿を追いかけるように、私もよろよろとベッドを抜け出した。
「なにかつくるの?」
「べにふうき茶、煎れんねん」
「べに? なに、それ? 初めて聞いた」
「花粉症に効くお茶、知り合いの農家さんが分けてくれはったん」
ケトルがポコポコとお湯を沸かす耳心地のいい音を鳴らし、湯気が上がり始める頃。信ちゃんは、探し物をしているのか戸棚を空けては閉めている。
「急須、どこ?」
「うちにはないよ。ティーポットでいい?」
「まあ、ええか」
急須……の代わりにティーポットに、茶葉を入れて沸騰したてのお湯を注ぎ入れた。
「普通の茶より、熱いお湯でしっかり出した方がええんや」
「ふうん」
信ちゃんはティーポットを片手に、私は両手にお揃いのマグカップをそれぞれローテーブルに置いて腰をかける。じっくりと二分ほど待ってから、マグカップに注がれたお茶は緑茶に比べると少し色が濃かった。
その温かいお茶を少し独特な香りと一緒に、一口飲めば喉や鼻が通りスッキリしたような気がする。
「ちょっとマシになったかも」
「そらよかった。熱いうちに飲みきり」
信ちゃんはわざわざお家にまで来てくれて、こんなにも尽くしてくれるのに。
私はボサボサの髪に真っ赤な鼻をしていて彼をどこにも連れて行ってあげられない。
「……今日はごめんね、せっかくのお休みなのにお花見行けなくて」
お世辞にも可愛いとは言えないしょぼくれた私が、マグカップのお茶には写っていた。
「ええよ。顔見れたし」
「でも……」
信ちゃんは私の額にかかった髪を優しく払った。その手はやっぱりひんやりとしていて心地良い。
「桜は逃げへん。また来年行こか」
淹れてくれたお茶が私の頑固な花粉症も、心細さも、ゆっくりと溶かしていった。