角名倫太郎
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どこまでも広がる青空に、可愛らしい桃色の桜が映える。よく晴れた、卒業の日だった。
式を終え、こっそりと倫太郎のクラスを覗けば女の子達に囲まれていた。担任から配られた卒業祝いの小さな花束を片手に話しかけに行く人、最後の制服姿で一緒に写真撮るためスマホを構える人。たくさんの女の子達が高校生活最後の思い出を作ろうと倫太郎に夢中だった。
知らない女の子達のスマホには倫太郎とのツーショットが収められている。普段は撮る側の彼がこの日ばかりは、気怠げにそのクセ女の子達とお揃いのポーズして撮られる側になっていたのは少し変な感じ。まぁ、身長差的に倫太郎が盛れる角度からシャッターを切るんだけど。
もっと嫌がると思ってたのに。なんか、意外。笑顔までいかなくても、いつもより愛想よくしている姿を見て胸がチクリと刺されるように痛んだ。
私とはあんな風に笑ったことあったかな。一緒に写真なんて撮ったことないよ。
女の子達と楽しそうにしている中、悪いと思いつつ控え目に倫太郎に声を掛けた。
「倫太郎、ごめん。ちょっと、いい?」
私を見つけた時の、一瞬目を丸くした小さな反応。さっきまで女の子たちに向けていた営業用の顔が、一瞬でいつもの顔に戻る。それが嬉しいはずなのに、今はなぜか
「なに?」
「ごめん、すぐ終わるから」
えーっ、行っちゃうの〜、と可愛らしい高めの声達に惜しまれながらも倫太郎は私のあとを着いてきてくれた。
ごめんね。私も今日が最後だから許して。誰に言うでもなく内心、謝りながらも歩く足は止まらない。
賑やかな教室から離れるにつれて、見慣れた長い廊下には私達二人だけの足音がやけに響いた。
歩くこと約5分。人影の無い校舎裏は聞かれたくない話をするのにはうってつけだった。遠くからは吹奏楽部の練習している音が聞こえる。
「それで、なに?」
口角も上げずにスマホを弄りながら聞いてくる彼は、本当に先ほどの囲まれていた彼と同一人物なのか聞きたくなるくらい表情が動かない。
さっき撮った女の子達の写真でも見てるの? それともSNSの巡回? 倫太郎はなんで私なんかと付き合ってるんだろう。
「あのさ、私のこと好き?」
「そんなこと聞く為にここまで来たの?」
一瞬スマホから視線を上げた倫太郎と目が合った。けれど、すぐにまた視線は手元へと移っていく。
わかっていたけど、やっぱりしんどい。付き合うきっかけだって私からだったし。倫太郎の口から好き、なんて聞いたこと無かったもんね。
「……別れよう」
「…………は?」
倫太郎がこちらをゆっくりと見上げる。一瞬、ゴツっと音を立てて何かが落ちていった。何かなんて一つしかないけど。
「はい。スマホ、落ちたよ」
彼にとっては私よりも価値のあるそれを拾い、倫太郎の右手へ押し付けた。
涼しげな瞳を丸くして口元をうっすら開けている。そんな表情もできたんだね。
「なんで?」
「わかんない?」
「わかんないよ」
「私のこと好きじゃないでしょ。……だから、別れよう」
いつもの冷静な彼からは想像もつかなかった。
眉間に少し皺が寄って、足早にアスファルトを蹴る音を鳴らしながら逃さないと言うように歩調を速める。
あっという間だった。私と彼との間の距離はなくなった。倫太郎の大きな右手は私の左肩を掴み、制服にシワがつくんじゃないかってくらい力が入る。この手で、バレーしている姿を見るのが好きだった。手を繋ぎたかった。今更、そんなのどうにもならないのに。
やっと触れてくれたのが、こんな事でなんて。
「痛っ……」
瞬間。左肩から力が抜け、思わず後ろに後ずさりすれば倫太郎はそれ以上追ってこなかった。代わりに聞こえたのは力の入っていない、今にも消えそうな掠れた声だった。
「……なにそれ?」
「なにって、そのまんまだよ」
「嘘、でしょ……」
「話はそれだけ、じゃあね」
これ以上いたらダメ。決心が揺らいじゃう。
自分に言い聞かせ、立ち尽くす彼を視界に入れないよう、逃げるようにその場を後にした。
ありがとう、倫太郎。
さようなら、私の初恋。
春の風が、私の頬を静かに流れる涙をさらっていった。
***
あれから10年ー。
桜が咲くこの季節は未だに思い出してしまう。
連絡なんて来るはずないのに。時折、通知の来ないスマホの画面を眺めては落ち込む自分に嫌気が差す。
いつまでも引きずってちゃ駄目。しっかりしないと。
新調したビジネス用のヒールが広く長い廊下にカツカツと小気味良い音を鳴らす。今日から勤務するフロアの扉を開けると、一人の女性が手招きをしていた。
「今日からよろしくお願いします。」
「よろしくね。それじゃ、一言お願い」
彼女とのやり取りを終えると今度は出勤してきた人達に向けて、ちょっといい?と声を掛けていた。業務の支度をしている手が止まり、皆の視線がこちらへ集まる。
「本日よりこちらの部署でお世話になります、□□◯◯です。不慣れな点も多いかと思いますが、皆様のお力になれるよう頑張ります。よろしくお願いします」
頭を下げ、挨拶を終えると拍手がフロアに響いた。
よかった。少なくとも歓迎はされているみたい。
それからは電話の呼出音に、対応する声、キーボードを叩く乾いた音にあふれ返っていた。
何も置いていない真っさらな自分のデスク。
本当に知らないところに来ちゃったな。
今日から少しの間、静岡の東日本製紙が私の出向先となる。窓から見える知らない景色、まだ名前も知らない同僚達。これからの勤務先で不安が無いわけじゃない。それでも、長年お世話になった環境から一度離れてみたかった。そしたら、なにか変わるんじゃないかって。
「改めて今日からよろしく。一通り教えていくのでなにかあれば遠慮なく聞いてね」
「ありがとうございます」
指導係の先輩、優しそうでよかった。
サバサバしているのに親しみやすそうな彼女は、私より幾分か年上で、この会社に勤務して長いらしい。
私の隣のデスクに腰掛けながら彼女は続けた。
「そうだ。うちの会社、実業団のバレーボールチームに力入れてるのって聞いたことある?」
「……はい。少しだけ」
バレーか……。
その一言があの日、私の肩を強く掴んだ、あの大きな手のひらのを思い出させた。
「簡単に言うと、選手たちはそれぞれの部署に籍を置いてるんだけど、練習や遠征が本業みたいなものなの。だから業務時間は短いし、遠征で席を外すことも多いんだけど。この部署にも一人、所属してる選手がいるんだよ」
彼女は誰も座っていない私の斜め前の席に視線を向けている。
「そう、ですか」
「あ、でも、その分の業務を□□さんが負担することはないから。そこは安心して」
「その方はどなたなんですか?」
「気になる? でも、その人は今日試合だから不在なの。今度、紹介するね」
それから彼女は仕事の話へと戻り、共有ファイルの管理方法や独自のシステムの使い方を懇切丁寧に教えてくれた。必死にメモを取るけど、頭の片隅にはさっきの言葉が居座っている。
この部署にバレー選手がいるんだ。
どんな人なんだろう。
倫太郎と別れてからバレー関連のテレビは見るのをやめた。バレーという言葉ですら彼を思い出してしまうから。付き合ってた頃は少しでもバレーについて知れたら倫太郎のこと分かるような気がして見てたけど、結局あんまり意味なかったな。
「よし、午前中の説明はここまで。午後からは実際にこの入力作業、やってみようか」
「はい! お願いします」
感傷に浸りそうになる自分を叱咤し、私は差し出されたマニュアルを握りしめた。
それからは慣れない用語に、複雑なシステムを頭に叩き込む。おかげで余計なことを考える暇は一秒もなかった。
オフィスを出る頃には新調したパンプスを履く足がパンパンに浮腫んでいて。この日は、心地よい疲労感に包まれながら、泥のように眠りについた。
「おはようございます」
「おはよう□□さん。昨日話した、彼、今日はいるから」
デスクに座る前に先輩に声を掛けられ、慌ててバッグを自席に置いて挨拶に備える。選手か……。一緒に働くから私にとっては同僚になるのかな。優しい人だといいな。
「あぁ、ちょうどよかった。こっちこっち」
彼女は昨日私にしたみたいにデスクから手招きをして誰かを呼んでいる。
――は?
自分の目を疑った。心臓がドクンドクンうるさい。
遠目にもわかる大きな体躯に、平均を余裕で超える長身。その長身に似合っているピシッとしたスーツ姿。ふわりと清涼感ある匂いが近づいた。
「こちら、昨日から出向でうちで勤務している□□さん。□□さん、こっちは昨日話してた、」
「りん、たろ?」
そんな、まさか……。
「え?」
「あ、いえ。なんでもないです。すみません」
取り繕うように言葉を濁す。不意に漏れた、ごく僅かな声量で呼んだ彼の名前は彼女の耳には届かなくてホッとした。
もしかして、気付かれてない……?
「こちら、バレー選手兼うちの部署の角名くん」
「□□さん、って言うんだ?」
ほんの一緒、彼の目が見開かれた気がした。
それから上から下までじっくりと見られると、蛇に睨まれたように身体が固くなる。
「なに? 二人とももしかして知り合い?」
小さな好奇心からか、私と彼を交互に見遣ると彼女は何気なく口にした。
「違います!」
「まっ、いっか。角名くんも□□さんがわからないことあったら教えてあげてね」
「はーい」
それぞれのデスクへ着くと業務独特の喧騒の中に混じり、作業へ取り掛かる。
なんで彼がここにいるの。なんとなくプロになったことは耳に入っていた。詳しくは知りたくなくて、彼のことはなにも調べなかった。知らないとは言え、こんなことってある?
現実を受け入れられず、彼は斜め前にいるだけなのに落ち着かない。不意に合うデスクトップ越しの視線が気になる。気まずさを振り払うように、昨日先輩に教わった担当の書類をこなしていく。いつの間にか時計の針は12時を差していた。
「□□さん」
不意に呼ばれ、肩がビクッと動く。恐る恐る視線を上げると、いつの間にか私のデスクの端に腰掛けるようにしている角名さんがいた。
「はい……。」
「お昼行かない? 歓迎会も兼ねて」
「……いえ、結構です。お気遣いありがとうございます。」
これで終わるはず、だった。
彼は私が無理とわかると、今度は視線を先輩に移した。
「□□さん、昨日来たばっかりですよね。俺、この辺案内しながら昼行ってきます」
「いいね! 角名くん、美味しいお店知ってるし行ってきたら」
「でしたら、先輩もご一緒にいかがですか?」
「それがさ〜、課長に急ぎの案件任されてさ。だから二人で行っておいで」
「そんな……」
「いいからいいから。休憩なくなるよ」
助けを求めても、彼女は無邪気に勧めてきてそれ以上何も言えなかった。
「ほら、行くよ」
言いながら彼の大きな左手は、何気なく私の右肩に触れる。
なんでかわからないけど、あの時の、制服越しに力を込められたことを思い出した。
角名さんは、言った通りこの辺りおすすめの飲食店や社内のルールを教えてくれて、気がつけばお店の前にいる。
着いた先は路地裏にあるこじんまりとした定食屋。暖簾をくぐると店主とその奥さんが出迎えてくれた。
「角名くん、いらっしゃい! いつもの席空いてるよ」
「ありがと」
角名さんは慣れたように軽くお辞儀しながら、奥へ足を進めボックス席に着く。思っていたよりも席は広めで居心地がいい。……彼と一緒じゃなければ。
こんな状況でなに話せばいいの。というか、また見られてるし。
運ばれたお冷やを飲むも状況は変わらない。
二人分の注文を終えると、頬杖をついてこちらを凝視する彼が口を開いた。
「こっちにはいつまでいるの?」
「半年ほどの予定です」
「そう。あとさ」
「……なんでしょうか」
「敬語、やめたら? そんなに外面良くしなくていいよ」
「いえ……、角名さんは職場の先輩ですし」
「……さっきは名前で呼んでたのに」
「え」
咄嗟のことに息を呑む。
さっき、って。あの時の、聞かれてた?
「聞こえてたよ。倫太郎って呼んだじゃん」
「違っ!」
「違わないでしょ。」
お待たせしましたー! 日替わり定食二つね、と店員が運んできたタイミングに否定する間もなく会話は流れた。
運ばれた定食は湯気が立っていて、匂いも香ばしく食欲をそそる。
「冷めないうちに食べなよ、□□さん」
わざとらしい呼び方になにも言い返せず、お橋を持つ手に力が入った。
「いただきます」
艶のある白米に、たっぷり入ったお味噌汁。小鉢に乗ったサラダや、野菜の煮浸し。メインのハンバーグは行列の出来る某店のように大きく食べ応えがある。
美味しい、と思う。中々喉が通らない。緊張して味が良くわからない。いつもよりペースも遅くなり、次第に申し訳なくなる。
少し経つと彼は何食わぬ顔で完食し、私は半分も減っていない皿を前に、逃げ出したい衝動を必死に抑えていた。
「私、食べるの遅いので、角名さんは先戻っても大丈夫ですよ」
なんとなく空気の重さを感じていた。気不味い空間から逃げられないなら、せめて一人になりたくて切り出した。
彼もきっと今頃になって、一緒に来たのは失敗した、そう思っているだろう。
「いいよ。待つのには慣れてるから。ゆっくり食べなよ」
予想外だった。てっきり、すぐ職場に戻ると思ったのに。
きっと他意はない。
「ありがとう、ございます」
それからは、お互いに一言も発さなかった。
店内に流れる古い歌謡曲と、遠くで聞こえる厨房の食材を捌く音や日替わりのメインの焼ける音が、私たちの間の異常な静寂を埋めていく。
彼はスマホを取り出すこともなく、ただ、私が最後の一口を飲み込むのを、じっと、穏やかに待っていた。
「……ごちそうさまでした。お待たせして、すみません」
ようやく空になった皿を見て、彼は小さく、本当に少しだけ、満足そうに目を細めた。
「いいよ。……じゃあ、行こうか」
彼が伝票を手に取り、慣れた足取りでレジへと向かうと、お会計は済まさせれていた。店の外に出てすぐに、お財布から幾らか出そうとするも角名さんが受け取る気配はない。
「あの、私も出します」
「これくらい、いいから」
「でも」
「じゃあさ、連絡先教えてよ」
思考が、一瞬止まった。
連絡先って私の……?
あの時だって私のこと好きじゃなかったのに。
今更、なにを知ろうっていうの。
「……連絡先なら、共有フォルダの名簿に入ってます」
震える声で精一杯の拒絶を伝える。もっとも彼が知りたがっているのはそんな建前じゃないことはわかっていた。
「社用アドレスじゃなくて、個人の。……ダメ?」
「なんで」
「あの時、スマホ落としてデータ飛んじゃったんだよね」
昨日の事のような、なんて事ない淡々とした口振り。
大きな身体を屈め、高かった視線を私に合わせると、逃げ場を塞ぐように三白眼が覗き込んでくる。
「□□さんの、教えてくれる?」
断る理由を見付けられず、私は射抜く瞳に[[rb:圧 > お]]され震える手でそっと自分のスマホを差し出していた。
部署に戻ると先輩が変わらない笑顔で「おかえり」と迎えてくれた。その光景に肩の力が少し抜け安堵する。
「どうだった?」
「美味しいお店、教えてくれました」
「そ、よかった。」
嘘。本当は味なんてほとんど分からなかった。緊張して、細くなった喉元で食事するなんて、ほとんど無理に近かった。
午後は練習があるから空席になっている、斜め前のデスクを見ると、お昼の事は夢なんじゃないかとさえ思う。
デスクに置いたスマホがチカッと短く点滅し、メッセージを来たことを伝える。
角名さん……?
『19時に第二練習館に来てほしい』
あの時間は現実だと引き戻される感覚に、なんて返せばいいのかわからずに既読だけつけたスマホはバッグへ追いやる。
そもそも行くって決めた訳じゃないし。
午後の業務は、最悪だった。
書類の同じ箇所を何度も行き来したり、先輩からの問いかけにはワンテンポ遅れての返答。無意識にキーボードを叩く手が止まったりして、業務を終えたのは18時30分過ぎ。こればっかりは自分の腑抜けた仕事振りのせいだからしょうがない。
フロアを後にすると30分前から角名さんから連絡が来ていた。
『終わった?』
『終わったので帰ります』
これでいい。彼は謝ってすっきりしたいのかもしれない。でも、それに私が付き合う必要はない。
自動ドアをくぐり職場から出ると、返信したスマホを持つ手が震えだす。
トーク画面を開くと、何度か瞬きを繰り返し見返した。
『不在着信』
『出て』
『話したい』
『不在着信』
『まだ職場にいる?』
「な、に……これ?」
私の知っている角名倫太郎とはだいぶかけ離れている。彼は、こんなに誰かに執着するような人だった?
再び振動するスマホ。着信を知らせる液晶が視界に入る。無視すれば10年前も含めて全て終わる。やっと思い出になる。それなのに私の人差し指はゆっくりとスライドさせていた。
『……はい』
『やっと出た。今どこ?!』
電話越しの彼は少し息が荒い、ような気がする。もしかして走ってる……?
『私、帰るって言いましたよね』
『まだ、社内にいるよね。そっち行くから。どこにいる?』
『来ないでください。もう、忘れてください』
『ごめん、それは無理。一回でいいから、顔見て話したい』
『そしたら終わりにするから』
『……わかりました』
通話を終え、待ち合わせ場所へ向かうまでの距離は僅かだった。
第二体育館の周りには桜が咲き乱れている。真っ暗な中、ほんのりと照らす外灯が夜桜を綺麗にライトアップさせていて、花びらがはらりと舞っている。
桜の影からやってきた倫太郎は練習着で、前髪が少し乱れていてやっぱり肩が上下していた。
「よかった。来てくれたんだ」
「一回だけって言ったから。……話って、あの時のこと?」
ライトアップされた夜桜を背景に立つ彼は、10年前と比べると随分と大人びて見える。けれど、私を見つめる真っ直ぐな瞳だけは、あの頃と同じく温度が読めない。
「あの後、すぐ連絡したかったけど、スマホ壊れちゃったし。何も聞けないまま今日まできた。……互い好きだったのに」
「お互い?」
嘘。そんなの、嘘ばっかり。
「好きなのは私だけだったよ」
「え?」
胸の奥がカッと熱くなる。握る手には力が入った。
堰を切るように10年越しの痛みが、あふれては止まらない。
「私は、倫太郎の笑った顔すら見たことなかった。卒業式の日はやたらと、いろんな女の子と写真撮ったりしてさ。私のことは放っておいて。きっと倫太郎は私のこと、好きじゃなかったんだよ……!」
叫ぶような大声は夜の静けさに呑まれていく中、倫太郎は黙って聞いてくれた。
「……ごめん。そんな風に思ってたなんて、気付けなかった」
ゆっくりと私との距離を詰めてくる。
外灯が照らす彼の顔は、高校生の時には決して見せなかった余裕のない表情だった。
「信じてもらえないだろうけど、好きすぎて態度に出せなかったんだよね」
「……なに、それ?」
「好きな子の前だと緊張して、どうしたらいいかわかんなくて。カッコ悪いところ見せたくなくて必死に無表情作ってた」
呆然とする私の両肩に倫太郎は静かに両手を置いて力を入れる。顔を上げると視線が合い、逸らせなかった。
「他の女の子と撮ってたのは、もしかしたら嫉妬する◯◯が見られるかもしれないって。……馬鹿だよね。嫉妬どころか愛想尽かされて、振られてるし」
彼の腕の中だった。視界は倫太郎の胸元で隠れて、制汗剤のような爽やかな香りに包まれた。
「今だって、好きな人の前だとやっぱり緊張するんだけど」
耳元に届く声は、少しだけ震えているようにも聞こえた。
「えっと、待って。ちょっと追いつかなくて」
「無理、慣れて。こっちは10年も待ってたのに、今度は半年しかいないとか……」
抱きしめる腕に、ぎゅっと力がこもる。
「それは……、元々決まってたから」
「じゃあ、その半年で全部取り戻すから。覚悟しといて」
彼はようやく腕を緩めると、私の顔を覗き込んで、両手を私の頬に添えた。
「倫太郎こそ、今度は離さないでよ」
お互い名前で呼んでいたあの頃に戻れば、蜜を焦がしたような彼の瞳は意地悪く、けれどこれ以上なく愛おしそうに目を細めた。