赤葦京治
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新年を迎えて一ヶ月が経過した頃。
世間は甘くて可愛い季節が始まる。
ショーケースには、色とりどりな形や繊細なデザインが並んでいて。
一粒一粒に想いが込められている。
それは、まるで宝石のよう。
ここ、バレンタイン催事場はときめきと人々で溢れかえっている。
私もその一人。
日頃、頑張っている自分にご褒美に買いに来たの。
お目当てのものも決まっていて。
香しいチョコを横目に店員さんへ声を掛けた。
その時、珍しく男性が見えた気がする。
でも、そんなの気にしていられない。
だって、店員さんが「ラスト一点です。」って言ってたの!
「「すみません。これ、ください。」」
被せられた声は男性のもので。
「「……え?」」
まるで漫画のワンシーンのように再び声が重なる。
嘘でしょ! ラスイチなのに!
誰よ! 人のチョコを!
そっと隣に視線をやると、綺麗な横顔が視界に入った。
「……って、え? 赤葦くん?」
職場でしか見かけない彼がいた。
その身は職場で見かける服装とは違い、スーツだった。
細身の彼に良く似合っていて、思わず見とれた。
「□□さん……?」
なんで、赤葦くんがここに?
もしかして彼女と、一緒に買いに来たとか?
でもスーツなのはおかしいよね。
「あの、赤葦くん、」
色々聞きたいことはあるのに、優しい口調にやんわりと遮られた。
「これ、ラストは□□さんどうぞ。」
「え、でも、赤葦くんも食べたかったんじゃ……、」
「僕は担当の先生用に探してただけなので。」
「でも、」
そんなこと言われたらちょっと躊躇しちゃう。
赤葦くんは人の為に買おうとしてたのに、私は自分の為だし……。
「それに、こういうのは女性の特権ですよ。ほら。」
彼は私の両肩をコート越しにそっと押してをレジ前に並ばせた。
ふいに香った香水の甘い香りに、チョコのように溶けてしまいそうで。
胸のときめきはしばらく鳴り続いていた。
……赤葦くんも香水つけるんだ。
「これ、ください。」
「はーい。ご自宅用でよろしいですか?」
彼の好意は無駄に出来ない。
けど……
よし、決めた!
「プレゼント用で!」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ。」
軽くラッピングしてもらっている間。
そこにはまだ赤葦くんがいて。
背の高い彼は私の視線まで屈んでくれた。
そんな仕草一つに胸はきゅんとなる。
「あれ、やっぱり誰かに渡すようだったんですか?」
「ん〜、まぁ。そうかも?」
「……そう、ですよね。」
一瞬、眼鏡の奥の瞳が揺らいだ気がして。
横目で見ると、なんだか寂しそうな表情をしている。
「お待たせしました。」
店員さんの元へ駆け寄りチョコを受け取り、深呼吸を一つ。
覚悟を決める。
赤葦くんの元へ駆け寄ると、彼はまた視線を合わせてくれた。
「赤葦くん、チョコ譲ってくれてありがとう。」
「どういたしまして。うまくいくといいですね。」
優しく笑うその声はやけに柔らかくて、胸の奥がくすぐったくなる。
「ハイ、これ。そのお礼。」
彼はこんな時まで優しい。
どうぞ。と一声添えて彼の目へ差し出す。
「え……?」
きょとんとするのも無理はない。
彼の大きな手に渡ったそれは、私がさっき譲ってもらったプレゼント用に梱包されたチョコ。
「先生用なんでしょ。手ぶらじゃ格好つかないからそれどうぞ!」
「駄目です。□□さんが買ったのに。」
「いいのいいの。」
なんでそうしたのかは、自分でもわからない。
なんとなく赤葦くんの役に立ちたいって思ったの。
「私、他のお店回るからまたね。」
「待ってください! せめてお代払わせてください。」
「それじゃ、今度ご馳走してよ。」
申し訳なさそうに眉毛を八の字にする彼は、なんだか大型のわんこみたいで。
ちょっとかわいかったのは秘密にしておく。
「でも……、」
「いいから、いいから。」
「……わかりました。」
「じゃあ、また職場で〜。」
手を振る彼から前を向き、次のお店へ。
チョコは手に入らなかったけど、ぽかぽかして足取りは軽くなる。
「どこのお店見ようかな〜。」
後ろ姿から熱い視線を投げかけられている事は人混みに紛れていて知る由もなかった。
それからすこし経った頃。
本当に赤葦くんは食事に誘ってくれた。
「今週の土曜日なんですけど、もしよければこの前のお礼させてもらえませんか。」
「土曜日かぁ。」
「もしかして予定ありました?」
少し焦ったように早口で聞いてくる。
「それはないけど。赤葦くんの貴重な休日に会うのが私なんかでいいの?」
「貴重な休日なのは□□さんも同じですよ。」
「そうだけど。まっ、いっか。赤葦くんがいいなら土曜日行こうか。」
彼の口元は緩んで、眼鏡の奥の瞳は弧を描いていて。
まるで嬉しそう……?
にしても、土曜日なんて。
てっきり平日の仕事終わりだと思ってたのに。
珍しいこともあるもんだ。
***
それから土曜日に案内されたのは、落ち着いた雰囲気の小さなイタリアン。
「先日はありがとうございました。おかげで先生との打ち合わせも円滑に進みましたよ。」
そう言って微笑む彼に胸が熱くなる。
それはお酒のせいなのか、赤葦くんのせいなのかはわからない。
「よかった〜! あのお店のチョコ美味しいもんねぇ。」
美味しい料理とお酒で会話が弾む中、赤葦くんは伏し目がちに尋ねてきた。
「……覚えてますか?」
「なにを?」
「催事場で□□さんが譲ってくれたチョコのこと。」
「あぁ、あれね! 先生も美味しいって?」
彼はふっと視線を逸らして、ワインを一口含んだ。
「……すみません。実は先生に渡してないです。」
「そうなの?!」
予想外の答えに驚く私を見て、彼は困ったように笑っていて。
でも熱のこもった視線を投げかけて続けた。
「実は俺が貰いました。と言ったら怒りますか……。」
「それってどういうこと?」
どういう意味かわからないまま、落ち着けるようにお酒を飲んだ。
「先生には、別のお店で用意したものを渡しました。どんな理由であれ、□□さんからのチョコは誰にも渡したくなくて。……どうしても、俺が欲しかったんです。」
赤葦くんはテーブルの上で、そっと私の手に自分の手を重ねた。
普段の冷静な彼からは想像もできないほど、その手は熱い。
「今回は俺から渡してもいいですか。」
「これって……!」
彼は空いた方の手で、カバンから小さな箱を取り出した。
あの日、私たちが並んだ店よりもずっと有名で、手に入りにくいショコラティエのロゴ。
「お礼というのは建前です。本当は、こうして□□さんと会う理由が欲しかった。」
箱を開けると、そこには宝石のようなショコラが並んでいた。
でも、それ以上に私の心をかき乱すのは、眼鏡の奥で柔らかく細められた表情で。
「……ホワイトデー、期待してますよ。」
「はい……。」
重ねられた手に力がこもる。
チョコの甘い香りと、赤葦くんの体温。
バレンタイン当日の今日。
チョコより甘い熱が胸の奥に静かに広がった。