01. 禁断魔法が紡ぐ物語

人を避けて裏道を通ることで無事に高校に辿り着くと正悟はクラス替えの張り紙を掲示板で見てから一度教室に向かい個別に割り振られたロッカーの中に荷物を放り込み、自前で用意してあった鍵を付け始業式が執り行われる体育館まで向かうことにした。
体育館に着くとクラスごとに割り振られた範囲の椅子へと自由に座るよう教師から指示されたので端の方を選び座ってから周囲を見回すと生徒が既に数名居るのが分かる。
他の生徒が揃うまで暇が招く睡魔と戦うことにして静かに待つことにするが正悟にとってそれは然程つらいことでもなくすぐに終わる時間だった。
何故かと言えば少し考え事をしていれば済む話だからだ。
考え事と言ってもそれほど難しいことを考える訳ではない。
今朝のことや今後の学校生活のこと──それぐらいのものである。
正悟が考えていると次第に人が集まってくるのでそろそろ始業式が始まるものだと思い体育館の壁にかかっている時計を見ればあと数分で十時になりそうであった。
正悟は憂鬱そうに小さく溜め息を吐く。
それと同時に時間となり教師がマイクを通して開式の宣言を行い進行させていくのだが、式の半ば程で校長の話が始まり話が長引けば長引くほど大抵の生徒は睡魔に負けないように欠伸を堪えているようであった。
正悟も例外ではなく睡魔とは何故襲ってくるのだろうと考えを巡らせながら体育館の重い扉から開け放たれた隙間に覗く外の景色を見ることにする。
扉の外には木々や休憩するベンチなどが配置されている広場があり、そこにある桜並木の花が風によって揺れていた。
散りかけているからか桜の花びらの隙間から新緑の芽が生えているのが伺える。
正悟はそうなっている桜の木も好きであった。
散ってしまうのは少し寂しいことかもしれないが新緑の芽というのは桜の木がまるで生まれ変わる為に努力をしている結果なのではないのか──そう考えると正悟は少しだけ羨ましくなる。
植物に自分の気持ちを重ねてしまうというのはいかがなものかとも思ってしまうが正悟にとってはそれほどまでに変化というものが羨ましく思えてしまうのだ。
今の自分ではどう足掻いても成し得ない変化・・という言葉に正悟は憧れている。
見た目と性格の懸隔やそれに伴い立ち振る舞いにまで影響する自分の能力ちからのこと──それら全て変えることが出来ない現実に正悟はうんざりしていた。
色々な想いが錯綜し正悟が物思いに耽っていた頃、校長の話が終わり次の題目に話は移っていく。
その切り替えの際に教師が発した声で、その音で、現実へと引き戻されそこから先は真面目に始業式が終わるまでじっとしていることにする。
その後閉式の宣言がなされ始業式が完全に終わると正悟はすぐにその場から離れるように教室へと向かう。
正悟の目の前には三人組の女子生徒が居る程度で他の生徒達はその後ろをゆっくりと歩いている。
なので急ぎ足でその生徒たちを追い抜くことにしたのだが、生徒を追い抜いた時に丁度体育館の外から静かに流れる風が正悟の横を通り過ぎていく。

「あれ……なんかいい香りしなかった?」
「え、そう?」
「桜の香りじゃない?」

そんな会話が正悟の耳には届いたが、それに反応することなくそのまま進んでいく。
渡り廊下を進み教室がある二階へと移動していくと二年一組と書かれたプレートが目印のように出入口の上に取り付けられていた。
朝も一度来たので間違いはしないのだがそれでも新学期で新しい教室に入るのはどことなく緊張してしまう。
大分早めに歩いてきたのでまだ誰も居ないと思いながら教室の扉を開けて中へと入るのだがそこには生徒が一人物静かそうに座っていた。
黒髪で少しだけ冷たい印象を持つ生徒であった。
その生徒は静かに本を読んでおり、正悟は話しかけることもなく窓際の一番後ろの席へと着くことにする。
指定された自分の席から数えると彼は二つ前の席に座っており背中を見ていても冷たく見える雰囲気を感じる。
だからといって正悟はそれについて考えることも無く他の生徒が集まり担任の教師が来るのを本でも読みながら静かに待つことにして予め机の中に入れて置いた小説を読み進めていく。
他の生徒が入ってきたのはそれから数分後のことで最初は静かだったのだが段々と喧騒に満ちてきて煩わしさを感じ始めた頃、担任の教師が入ってくる。
そのお陰か生徒たちは騒ぐのを止めて静かに席へと着く。
教師が教壇に立つと女子生徒たちは教師の顔を見て色めき立つ。
それもそのはず二年一組の担任というのが全校生徒の間では人気があると言われている教師であったからだ。

「みんな、おはよう。今日から担任となる小梨郁磨こなしいくまだ」

小梨郁磨──それが彼の名前でありこれから一年間、二年一組の生徒達が世話となる人物である。
この教師、女子からの人気があるだけでなく男子からの信頼も厚く教師からも評判がいいという傍から見れば完璧と言ってもいいほどの人間であった。
担任の挨拶が終わり生徒の自己紹介を進めていくのだがその次は委員会決めが待っている。
自己紹介は左の前の席から名前の順で始まり正悟の挨拶が終わった後もそれは続いていく。
他人に興味のない正悟は自己紹介など正直どうでも良かった。
そんなことを思っているものだから自己紹介の最中、暇そうに窓の外を見ると開いた窓から差し込む暖かな日差しで目が眩みそうになる。
だがそれ以上に眠気を誘う風が入ってくる。
そのせいと言いたい訳ではないのだが、ついうつらうつらとしてしまうというのは仕方がないというところであろう。
生徒たちの声や担任の声が遮られるほどの睡魔が襲い気が付いた時には状況が色々と変化してしまい、あまり嬉しくない立場になっている。

「図書委員は川合くんと瀬奈くんが良いと思いまーす」
「さっきも本読んでたしー」

瞼を開けた時にはそんな会話が耳に飛び込んできた。
女子生徒たちが勝手なことを言っているが正悟としては人と接することを極力避けたいと考えているので本来であれば委員会などに所属したくはなかった。
しかし今の流れでは断り切れない雰囲気を感じてしまい正悟はどうしようか悩んでいた。
その心の声が届いたのか担任の方から助け船が出される。

「おいおい、本人の意思もあるだろう。勝手に決めるんじゃないぞ」

その助け舟の意味が果たしてあるのかとも思うがそれに負ける女子ではない。
図書委員といえば人気がある学校もあれば不人気な学校もあるだろう。
不人気な学校というのがどうやらこの高校らしい。
正悟としては本に囲まれて放課後を過ごせるその状況はとても魅力的であった。
だからといって自分の境遇を考えたらそんなことを言っていられる状況ではないはずなのにどうしても断る術を知らずにいる。
女子は相変わらず二人を推しているが何故自分に白羽の矢が立ったのか、それが理解出来なかった。
あえて言えば待ち時間に本を読んでいたせい──そう言われてしまうとそれで終わってしまう話なのだが。

「川合はどうだ?」
「自分は別に構いません」
「瀬奈は──」
「…………」
「やりたくなければ無理にやらなくていいんだぞ」
「……いえ、やります」
「そうか……」

決まったことに対する合図のように教室全体で拍手が鳴る。
それから先も委員会を決める話し合いは続き中には決まらずに長時間立候補者が出ない委員会を誰がやるかでごたついているということもあり、終わる頃には時計の針が十四時を指していた。
今日の予定としては委員会決めやその他細かい連絡事項などを確認して終了となる。
少し時間は押してしまったが明日は入学式が執り行われる予定になっているので二年生三年生は休みを満喫するのであろう。
そのせいで和気あいあいとした雰囲気になるのも容易に想像が付く。
仲が良い者同士、新しく友達になった者同士、一人で居たい者達──思うところは人それぞれではあると思うが今日のところはそれぞれ帰宅となる。
正悟も人がそこそこばらけたところで帰ろうと荷物を取って教室から出ようとした時だ。
担任である郁磨から呼び止められると、話しがあるということで場所を移動することになり荷物を持ったまま大人しく付いて行くことにした。
二人が向かった先はどこかと言えば生徒指導室で個人面談をするような部屋だ。
正悟は何の話をされるのか大体の察しはついていてだからこそ少しの緊張はあったが特に不安になることもなくそのまま落ち着いていられた。
生徒指導室の前に着くと郁磨が扉を開けるので正悟は話を聞くために中へ入ることにする。
それを見届けるようにして郁磨も中へと入ることで二人の会話は始まっていく──。
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