05. 千変万化の禁断魔法

授業が終わり、正悟は逃げるように学校を後にする。
千草と変なところで会わないようにするためと、急いで禅へ伝えたいことがあったためだ。
校門へ出るまでは急ぎ足で他人にぶつからないように人混みをすり抜けながら進むと、その後は無我夢中になって禅の店まで走って向かう。
だが、急いで向かい息を切らして店に入ると禅が心配するため、近くに着いた段階で呼吸を整えると少しだけ考え込む。
正悟は授業の合間に考え、千草が望んで知りたがっていることをどうにかして伝えられないかと悩んでいた。
しかし、どう足掻いても禅の許可が必要だ。
それは禅が過保護という訳ではなく、正悟や禅たちに与えられた規則で守らなければならない秘め事である。
それらを無関係である千草に話すということはそれなりの代償が伴うため、独断で話すことは許されない。

「よし……」

正悟はそう小さく呟くと、決意が揺るがないよう話す言葉を決め禅の店へと足を進め入っていく。
そして開口一番の言葉を決めていたのにも関わらず、正悟は出鼻を挫かれてしまう。
入った瞬間、禅は手を振り正悟に挨拶をするのだが、どうやら誰かと電話をしているようであった。
それを遠目に見ていると、暗い表情を隠すように話していたので、どうやら相手との会話の雲行きがあまり良くないらしく禅は時々返答に困っている。
それでも会話を何とか終わらせると、禅は正悟の方を向き改めて挨拶をしてくるので、正悟もそれに対して挨拶を返す。
いつもなら気にしないのだが今日に限って電話の相手が気になり、正悟は相手のことを聞いてみることにして禅へと話しかける。
すると、それは正悟にも関係してくる──と、いうよりも今話題に出そうとしていた人物からのようであった。

「電話、誰から……?」
「あの方から、だよ」
「それって……」
「そう。昨日の事と、千草くんについてちょっとね」
「俺、また迷惑を──」
「正悟、それは違う」
「けど俺が危険だから!俺のせいで中塚先生だって……!」

正悟は感情的になっているのを理解はしていたが、どうしても抑えきれない感情がそこにはある。
それを禅に八つ当たりしたところでどうにもならないのも分かっているが言いたくなってしまう。
口にしてしまった後悔など考えることもなく感情が先走り、気付けば禅が寂しげな表情で正悟のことを見ていた。
それに気付いた正悟は言葉を失い、次に繋がる言葉を声に出すことが出来ない。
そして正悟を諭すように禅も言葉を選び思いを伝えることにする。

「あの方も僕も……いや、それだけじゃない。お前の周りに集まる人間はいつも正悟を気にかけてる。それは正悟が危険因子だからじゃない、正悟という存在を守りたいという一心なんだよ」
「だけど……」
「千草くんだってそうさ。お前のことを本当に心配している。それは分かるだろう?」
「分かるよ……分かるからこそ、胸が締め付けられるように苦しい……何で俺は普通じゃないの……?」
「正悟……」
「ごめんなさい。こんなこと今更言ってもどうしようもないのに──」

正悟の抱える想いは人生にとても重くのしかかるもので切っても切り離せないものだ。
それでも生きていかなければならない、そんな悲壮感に襲われるのは当たり前のことではあった。
今も正悟はそれを理解し、受容している。
では何故、正悟は普通で居たいのか、これほどまでに苦しい思いをしなければならないのか、それがまさに千草の存在だ。
今の正悟にとっては一番心に重くのしかかっている原因で、一般人である千草と特異体質である自分の決定的な違いであった。
これらの悩みは永遠に尽きることは無い──そう。永遠に、だ。

「俺、どうしたらいいの……こんなに苦しくても千草に本当のことを話すことも出来ない。そのせいでどれだけ千草を傷付けているのか分からないのに──」

この時の禅は正悟にかける言葉が思いつかなかった。
いつもなら正悟が望む答えを返してあげることが出来ていたのに、千草絡みの話になるとどうしても確約が出来ずに禅でさえも焦りに似た感情を抱いている。
対応が遅れれば遅れるほど二人にかかる負担は大きくなるのが分かっていても大人の事情というのはもどかしく、必要な処理にかかる時間が莫大なものとなってしまう。
それでも正悟には我慢してもらうしかない──しかし禅はそれを見守ることが出来るのか不安に思うことがあった。
だが正悟と千草に我慢させる以上、その我慢させる役を誰かが担い悪者になるしかない。
嫌な役は全部自分が引き受けると、そう決めたからこそ少々強引な理由でも千草と正悟の接触を許しているのだから──。

「正悟。事情は説明出来るようにきちんと段取りをするから、それまで待っていてくれ」
「けど……」
「千草くんの事は我々に任せて欲しい。だから──」
「だから千草とそれまで距離を取れってこと?」
「付き合い方をしばらく変えて欲しいって言っているんだよ。今回は色々な事が起こり過ぎた。上も対応に追われてる。賢い正悟なら分かるね?」
「俺は……」
「考える時間が欲しければ今日はもう帰ってもいい」
「…………っ!」

禅に言われた言葉──その一つ一つが禅の意思であるとは思っていないが、今の正悟にはそれを全て受け入れることが出来ない。
それ故に帰ってもいい・・・・・・という言葉に反応してしまい、正悟は来たばかりだというのにそのまま踵を返して急ぎ足で帰路に就く。

「嫌になるな……」

禅の独り言は虚しくその場に沈んでいく。
誰も居ない店内で禅は仕事をすると決め、作業を進めていくことにした。
嫌でも何かしていないと先程の正悟の言葉が、表情が忘れられなくなりそうだ。
実際は忘れることなどないだろうが、それでも今は普通・・の人間として存在を偽りたい気分だった──。
正悟はといえば帰り道でも禅の言ったことを考え、自宅に着いてからも考えたが、まともな答えが思いつかずその日は途方に暮れた一日を過ごしてしまう。
勉強をしていても集中力が持たず、問題自体が頭に入らなかったため仕方なく寝てしまうことにした。
次の日は嫌だが図書委員の仕事も待っていて、千草との昼食も待っている。
避けてしまえばそれまでとは言えるが、学校という場所自体に居場所のない正悟はどこに行けば逃げ切れるというのか──そんなことを考えながら夢を見る。

『オレは先輩の何?』

『先輩にとってオレの存在ってどうでもいいの?』

『やっぱり、好きになるんじゃなかったな──』
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