04. 禁断魔法を繋ぐ物語

「──正悟!」
「禅さん……!」

校門に着くと禅が車の前に立ち三人を待っている状態であった。
千草は正悟が安心した表情をしているのを見て安堵したのか、柔らかな笑みを一瞬だけ正悟に向けていた。
しかしそれと同時に少しだけ寂しさもある。
自分の存在では先輩の支えにはなれないんだ──そんな風に実感したこと、それ以前に一緒に悩むことも難しいのだと思ったからだ。
禅は正悟を優しく慰めるように抱きしめて頭を撫でていたが、千草のそんな思いも見逃さなかった。
だからこそ正悟のことを禅は千草に任せたいと思っている。
郁磨から電話を受け状況を聞いた後、禅はすぐに店を閉め車でこちらに向かうことにして千草をこの場に残すよう頼んだ。
わざわざ言葉にして郁磨に頼んだのは、郁磨であれば千草を家に帰すのは分かりきっていたからこそ、言わなければと思い、そうした。
正悟に“今”必要なのは自分の存在ではなく、千草の存在だ──そう思った禅は、二人を郁磨から預かる形で車へと乗せようとする。

「禅、あとは任せる」
「分かった」
「──処理が終わり次第、そちらに向かう」

郁磨は小声で禅にそう告げると、そのまま校舎の方へと戻っていく。
それを見送った禅は、正悟を助手席へと乗せてそのままドアを閉めると、千草にも乗ってもらうために話し始めようとした。
正悟が車に乗ってから睡魔に襲われ眠りに落ちるまでに数分とかからない。
それほどまでに疲弊しているのだろうと、正悟の姿を見て千草は思いながら、あの様なことがあった後なのだからと単純な考えでそれを受け入れようとする。
しかし禅はこうなってしまった本当の原因を知っており、それをいつか千草にも知って欲しいと願っていた。
今からするお願い・・・はそのための布石に過ぎない。

「千草くん、出来れば一緒に来て欲しい」
「けどオレ……」
「君は以前、正悟の力になりたいと言っていたね」
「はい」
「それは今も変わらないかな?」
「変わりません」

禅から見ても千草の決意は変わらないようにも見えたが、本人が混乱しているのも分かる気がする。
色々なことが一度に起こりすぎた──それはすなわち千草に与えられた試練なのかもしれない。
この壁を乗り越えた先に見える景色こそ千草と正悟にとっての始まりに過ぎないのだからと、禅は察したように千草の純粋な瞳を見つめながら心に問いかけるために目と目で会話を試みる。
それに応えるように千草は再び決意すると、一息吐いてから言葉を声に出して禅へと届け、その想いを必死に伝えていく。

「オレで──先輩の力になれますか?」
「君が、それを望むならね」

禅は千草の想いを受け取ると同時に車の後部座席のドアを開け、招くようにして千草を乗せるために微笑みかけて合図を出した。
自然とそれに呼応するように千草は車に乗り込むと、正悟の家まで禅が運転して向かうことになり千草はその間、緊張しながら目的地に着くのを待っている。
それは時間にして数十分ほどのことであるはずが、千草にとっては数時間にも思えてしまう。
次第にマンションが見えてきて、地下の駐車場へと入って行くのを見ると千草はホッとしたように少しだけ緊張が和らぐ。
禅は車を停めると、眠っている正悟を優しく起こすように声をかける。
それに反応した正悟は、薄らと瞼を開けその瞳で禅のことをしっかりと認識すると目を擦りながら意識を覚醒させていく。

「ん……禅さん……?」
「着いたよ、正悟」

禅がそういうと正悟は小さく頷き車を出るが、先に降りて待っていた千草と目が合いバツが悪そうに目を逸らす。
千草もまたバツが悪そうな表情をして気まずそうに二人の後をついて行く形で正悟が住む部屋まで向かうことになった。
途中、階を上がるのに何故エレベーターではなく階段を使うのか気になりはしたのだが千草は黙って歩き、二人に気を使わせないようにして正悟が住む部屋に入ると、千草は正悟の家に来れたという感情よりも先に生活感が感じられない質素な空間だという認識の方が先に来て少しだけ拍子抜けしていた。
千草が玄関で靴を脱ぎ中へと入ると、正悟は制服のブレザーを脱いでハンガーに収めてから壁へと掛けベッドへと腰掛けながら禅と会話をしている。

「あの、禅さん……」
「お腹空いただろう?今、何か買ってくるよ」
「え、けど──」
「大丈夫。前にも言っただろう?手を取るんだよ、正悟」
「…………」

以前も言われたその言葉を正悟は素直に受け取れるかどうか不安に思っていた。
手を取るということは受け入れるということ、それはつまり千草の想いを受け止めるということでもあり、正悟は今でも思い悩んでいる。
手を差し伸べてくれている千草の気持ちを考えたら、自分の運命に関わらせていいか分からないから素直になれない。
きっと付き合わせたら千草を不幸にしてしまう──そう考えたら怖くなってしまった。
違う──怖くなったのは不幸にしてしまうからではなく、自分の宿命を受け入れてもらえずに拒絶されてしまうのが怖いと感じてしまったから、それだけだ。
それに正悟自身が既に千草を拒絶して傷付けてしまっている。
それなのに都合が良すぎるのではないだろうかと思うと、正悟は自分の口からは千草への想いを告げることなど出来るはずもなかった。
禅も正悟が悩むのは理解出来る。
今まで散々人を遠ざけて生きてきたのに今更それを受け入れろと言われても難しいだろう。
それでも正悟には笑顔で居て欲しいと願う禅は、助け舟になるか分からないが出掛ける前に話し始める切っ掛けを作ってから買い出しに行こうとする。

「千草くん、悪いけど正悟のそばに居てくれるかな」
「オレでいいんでしょうか──」
「君にしか頼めないからね」

不安そうな千草を禅は慰めるように微笑んでから移動しようと足を動かそうとしたところ、インターホンから何度か呼び鈴が鳴りそれに応えるように禅が玄関先へと向かおうとする。
千草はそれを目で追うとそのまま聞き耳を立ててしまう。
どうやら郁磨が到着したようで、玄関先で対応している禅の様子を伺っていると少々揉めているようでもあったが、禅の方はいつも通り飄々としていた。
そのまま郁磨を下で待たせることにしたのか、禅は荷物を持って家を出て行こうとするので千草が最後にもう一度だけ声を掛けようとした時だ。

「二人とも、素直・・にね──」

禅がそんなことを言う。
二人が互いに目を合わせたのを見届けると、禅は挨拶代わりに手を振り静かに玄関を開けその場を去ることにする。
エレベーターを使いエントランスまで足を運ぶと機嫌の悪そうな郁磨の姿が目に映る。
腕を組み待っていた郁磨は、禅が視界に入った途端に猪突猛進と言った感じで突っかかって来るが、禅は気にしない様に会話の中で上手く避けていく。

「禅、どういうつもりだ」
「何のことかな?」
「あんな事があったのに、二人だけにして何かあったらどうする!」
「心配かい?」
「普通は心配するだろう!」
「大丈夫」
「だからその自信はどこから──」

禅は一瞬だけ不安そうに微笑むと、すぐにいつも通りの雰囲気に戻して郁磨の顔を見る。
それを見た郁磨が冷静になったのを確認して禅は目的の店へと向かうために歩き出す。
郁磨も当然追いかけながら会話を続けようと禅の表情を伺う。
考えれば簡単に分かることだった──幼馴染にして腐れ縁、そんな関係性の禅を理解していない訳はなかったのに、郁磨は気が回らずに責めるようなことを言ってしまい少しだけ後悔していた。
禅が正悟の叔父である以上、心配しない訳がない。

「すまない」
「郁磨の口からそんな‪言葉が出てくるなんてね」
「あのな……」
「郁磨が不安に思うのも無理はないけど……大丈夫」
「お前が天ヶ瀬を信じる理由はなんだ?」
「何だと思う?」

昔から禅は一人で何でも抱え込む癖のようなものがあり、その辺が正悟も似ている。
それでも禅は弱みを見せたことが殆どないと言っても過言では無い。
そんな禅が先程見せた表情──不安でないと言えば嘘になるのだろう。
事情を知らない千草と共に正悟を二人にして残すのは一種の賭けでしかないのだから、また同じことになったらと思えば怖くもなる。
それでも禅は千草を信じると決めた。
禅が信じると決めた以上、郁磨もまた信じるしか道はない。

「まぁいい……お前が信じると決めたんだ。最後まで付き合ってやる」
「おや、今日の郁磨はやけに素直だね」
「……別にいいだろ」

郁磨は禅の隣りを歩きながら、放課後に起きた事件を思い返し千草の行動を改めて考えてみる。
正悟に触れようとした時に起きた反応・・のようなもの、正悟の能力ちからを打ち消したようにも思えた。
あの様な経験は初めてと言ってもいい──我々のような能力を持つ者と対等に生きられる一般人、そんな者が存在する筈がない。
そう考えながらも頭の片隅では、自分で考えている以上に事態は深刻で特殊なものかもしれないと思いながらも歩き続け、目的地までひたすら禅と会話を続け心を落ち着けていると、多少緩和された精神で子供たち二人は大丈夫であろうかと少しだけ心配になりながらも郁磨は隣りに居る幼馴染を信じて共に進んで行くことにした──。
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