04. 禁断魔法を繋ぐ物語

──鐘の音が聞こえる。
本棚の前で座り込みどれほどの時間が経っただろうか、正悟は立ち上がり時計のある方を見るとその針は最終下校時刻を指していた。
帰らなければ──そう思ったのも束の間、荷物が置かれた机の隣りに本が数冊取り残されているのが視界に入り、作業が中断していたのを思い出す。
本の整理をしている時に千草が入ってきたので、まだ全てが終わったわけではなかったのだと思い返すと、残りの本を手に取り素早くそれを本棚へと戻していく。
作業自体は難しくないのですぐに終わるのだが、どうしても合間に千草のことを考えてしまい、その度に正悟は表情を曇らせる。
それでも作業を終わらせて、後は帰宅するために戸締りをしなければと、何ヶ所か窓を閉めて鍵を掛けていた時のことだ。
後ろから声をかけられ、正悟はその声に一瞬恐怖を覚え身体を震わせた。

「おい」
「っ……中塚、先生──」

ドアの方に意識を集中していなかったからか、そこに図書委員の顧問である中塚が居たという事実に気が付かず、正悟は振り返り中塚に視線を向けると恐る恐る名前を呼ぶ。

「瀬奈、こんな時間まで何をしている」
「すみません、作業が長引いてしまって……」
「そうか」

中塚はそれだけ言うと扉を閉め、正悟の方へと静かに近付いてくる。
正悟としては心のどこかで拒否反応が出てはいたが、それから逃げる訳にもいかず、中塚が何を考え何をしてくるのか頭で考えることしか出来なかった。
しかし先程の事が尾を引き、思考自体が停止するのではないかと言うほど疲れているせいで考えが上手くまとまらない。
それどころか先程まで泣き続け、疲労により身体も思うようには動かせない気すらしているほどだ。
中塚は窓際に正悟を追いやると密室状態の図書室で正悟の肩へと触れるのだが、この時点で正悟は距離を取るべきだった。

「あの……中塚先生?」
「最近あの不良に絡まれているようだな」
「っ……!?」

中塚は正悟の耳元でそう呟くと、そのまま身体を軽く押して窓と自身の身体で正悟が逃げられないように抑え込む。
教師と生徒──正悟が一番逆らえず抗えない関係性を利用され、身動きが取れないまま会話は進んでいき、気付いた頃には執拗に身体へと触れられ正悟は焦り始める。

「毎日あの生徒から何をされている」
「中塚先生、やめっ……」
「瀬奈は大人しいからな、抵抗したくても出来ないのではないか?」
「本当にやめ、て……ください……!」

中塚は正悟の服を徐々に乱していくと、恐怖心を与えるように耳元で囁きながら首筋に沿うように舌を動かしていく。
正悟はそれに対して気持ち悪さが増し、恐怖心や羞恥心が襲って来るのが身体にも分かりやすく反映され、中塚の悦びとなっていった。
どうにかしてこの状況を打破したい、逃げたい、誰か助けて欲しい──そのような感情が正悟を駆り立てるが、身体が上手く反応しない。
感情がいくら拒んでいても何故か身体が快楽を受け入れてしまっていた。
しかし、いくら身体が言うことを聞かなくてもそのままで居ると中塚を無条件に受け入れることになる。
それだけは絶対に避けたいことなので正悟は弱々しくも必死に抵抗するのだが、どうしても震えてしまい身体が上手く拒絶してくれない。
力が出ないまま何とか中塚の手を押さえその先の行為を行わせないように抵抗していると、その抵抗自体が中塚からしてみたら余計に興奮したようでより一層、正悟を自分の物にしようと行為は激しさを増していった。
──その一方、図書室の様子を外から見ようとしていた千草は足早に下の通りまで到着すると、息を切らしながら正悟を探す様に視線を階上の室内へと向ける。

「先輩、まだ残って──っ!」

図書室を外から確認していたところ、電気が点いてるのを見つけた千草は小声でそう呟くと次の瞬間目を疑う場面を目撃する。
それは正悟のことを中塚が窓際に追い込み今にも襲いかかりそうな場面であった。
抵抗しようにも体格差も違い、立場を利用され脅されているとすれば、正悟がいくら強くても本気では抵抗出来ないであろう。
助けなければ──千草は考えるよりも身体が勝手に動き、先程告白したことや突き放されたことなど関係なく無我夢中で走り出し、昇降口で靴を履き替えている瞬間すら煩わしく感じ、中途半端に中履きの靴を踵で踏みつけながら図書室を目指す。
何故急いでいる時の道のりは長く感じるのか──千草はそんなことを考えながらも階段を登り始め、昇降口から続く階段を登りきったところで邪魔が入る。
だが、相手が相手だったため足を止めざるを得ず、もどかしい思いでその場に留まる。

「おい、何を急いでる。廊下は静かに歩け……というか下校時刻は過ぎてるんだが」
「小梨先生っ……!? いや、その……っ先輩が、今あの教師に──」

郁磨に呼び止められ、状況を説明しようにも正悟と中塚の姿を見てから走り続けて来たため、一度止まってしまうと息が切れてしまい呼吸を整えるのに時間がかかってしまう。
階段を登ってきた千草が走り出す瞬間を見た郁磨はついそれを止めてしまったが、千草が焦り話す言葉の意味が理解出来れば郁磨であっても急いで向かうはずだ。
千草が焦る原因など、この時に事情が分かっている者なら既に何が起きているのかは容易に想像が付く。

「場所は? 図書室か!?」
「だからオレ、急いで……!」
「お前は早く家に帰れ、いいな!」
「え!?」

郁磨はそれ以上の追求をしない代わりに千草を帰らせようとする。
しかし、それ自体は郁磨からすれば二の次といったところで、千草が帰ろうがそのまま図書室に向かおうがどうでも良く、今は一刻も早く図書室へと向かい正悟の安否を確認しなければと思いつつも郁磨の中では最悪の事態が想像出来てしまい、余計に図書室へと向かう足が早まった。

「ちょ、待っ……!」

郁磨の足は速く、千草が呆気にとられているうちに図書室の方へと勢いよく向かっていた。
その姿を捉えておくには自分も走り出さなければと思っていたのだが、郁磨は千草を置いてどんどんと先に進んでいく。
千草は郁磨の後を追い続けるが少しも追いつけないでいたため焦りがあった。
しかし、そんな千草のことを放置して先に進む郁磨はそれよりも内心焦り、緊張していた。
もしも大事に至ってしまっていれば取り返しのつかないことになる。

「正悟……間に合ってくれ……!」

──下校時刻の鐘が鳴りどれくらい経っただろうか、正悟は今にも泣き崩れるのではないかというくらい精神的に不安定であった。
心の乱れは当然だが身体にも影響するのだから抵抗出来ないのも無理はなく、気付けば中塚に身体全体の体重を預けなければいけないほど正悟は疲弊し、窓に寄りかかるような姿勢で中塚に身体を貪られている。

「っ……中塚、先生……!」
「お前からは卑しい香り・・がするな」
「やめ……嫌……っ」
「瀬奈はもっと賢い子だと思ってたんだがな……あんな不良相手に心を許すとは……」
「アイツは……そんなんじゃ!」
「まぁいい……お前は今から私のモノになるのだから」
「何、言って……っ!」

中塚の言葉と共に訪れた悪寒のような感覚──忘れたくても忘れられない心の痛み、過去の記憶を封じてしまいたくなるそんな恐怖にも似た中塚の行動に正悟は完全に恐慌状態へ陥ってしまう。
正常な判断など出来もせず抵抗するよう身体に指示をしたところで正悟の身体はそれを拒絶する。
心だけが取り残され独りにされた正悟は心の片隅に残っていた後悔という想いが言葉として脳裏に浮かんだ。
次の瞬間それは起爆剤のように次々に正悟の後悔と結び付く。
初めに後悔という文字に相応しい記憶が浮かんできたのだが、何故このタイミングで千草の姿を思い浮かべてしまったのか──しかし、早いうちから拒絶していれば中塚からこのようなことをされずに済んだのではないか、そんな八つ当たりにも近い感情が黒く澱んで心の中心で渦巻いて消えない。
言い表せないその感情を正悟は涙を流すことで心から溢れさせようとする。
しかしそれを見た中塚がそんな状況を放っておくことはなかった。

「瀬奈、何を悲しむことがある。大丈夫だ、あんな不良よりも……気持ちよくしてやるから──」

中塚は正悟の掛けていた眼鏡を外すと厭らしい手つきで身体に触れ涙を舌で拭うと、正悟は必死に力を振り絞り抵抗しようとはするが実際は力が出ずに悲痛な叫び声を上げ泣くことしか出来ない自分に嫌気が差してきていた。
こんなにも無力な自分に悔しさと悲しみを抱き続け諦めるしかないのか──と、正悟が今の状況を受け入れようとした時だ、勢いよく図書室の扉が開かれる。

「正悟……無事か!?」
「郁磨さん……!」

郁磨が来た時には酷い状況であり、そこは通常の言葉では形容し難い濃厚な空気香りで満たされていた。
入口に立っているだけでも分かる──異常だ。
郁磨はそのことに酷く動揺し苦しい表情をしているのだが、それは目の前の光景というよりも全てはその場に流れ出した香り・・のせいと言える。
しかし今はその香りの正体よりも正悟の安否と中塚の意識障害・・・・・・・を気にするより他はない。

「小梨先生……随分と親しげですねぇ……!」
「郁磨さ、ん……!」
「瀬奈、お前もそんなにアイツが恋しいか?」
「っ……やだ……嫌だ……!」
「大丈夫。これからすることが終わればお前も引き返せなくなる……そう逃げられない、逃げたくなくなるんだ!」

郁磨が来たことで逃げ出そうとした正悟だが、華奢な身体を拘束され自由を奪われると、中塚は嬉々として高々と声に出して笑い出す。
その光景は郁磨が見ていても狂気の沙汰と言える状況で、来るのが一足遅かった──それが郁磨の率直な反応だった。
しかし正悟の方はまだ間に合う、助け出せばいいだけなのだからと、そう思っているにも関わらず足が言うことを聞かない。
その合間にも中塚はこの場に充満する空気で狂っていき、正常さを失いながらも正悟を組み敷いている。
それを見て何も出来ないのが屈辱でなければ何と言うのだろうか、郁磨は必死に身体へ動けと命令しているというのに、沈黙を貫くように足は一歩も動かないでいた。

「嫌っ……やめてくだ、さい……!やめて……!」
「いいぞ、瀬奈……その表情だ……もっと、もっと楽しませてくれ……!」

中塚が狂気を帯びたかのよう笑い続けると、正悟はその隙に少しでも拘束から逃れようと身体を必死に動かしていたがどうにもならない絶望感に囚われた時、正悟は再び千草のことを思い出す。
こんな男に抱かれたくない、助けて欲しい──そう感じた時だ。
聞き覚えのある声が正悟の耳へ届き視線を扉へと向ける。

「先輩!」

そこには放課後、確かに正悟が拒絶したはずの千草が立っていて、現在正悟が置かれた異常なまでの状況を視認する千草の姿がそこにはあった。
息を切らしながらそこに立つ千草の姿に正悟は一瞬光のようなものを感じ、手を伸ばして助けを求めたいと思ったが、拒絶した自分が今更何を言って助けてもらおうとするのか、都合が良すぎる、自分勝手だ──そう思うと正悟が手を伸ばすことなど出来る訳がない。
千草が何故ここに居てその瞳で正悟を捉えているのか、正悟自身考える余裕もなければその過程などどうでもよく、今、目の前で広がる光景を見られたというその事実だけが正悟の心の傷を増やしていく。
──こんな姿……天ヶ瀬こいつにだけは見られたくなかった。
頼むから、汚れた俺をその純粋な瞳で見つめないで。
お願いだから、俺を“忘れて救って”──。
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