04. 禁断魔法を繋ぐ物語

「せーんぱい!」
「また来た……」
「昨日また明日って言ったじゃん」
「言ったけど──」

屋上で弁当を広げている最中に現れた千草がいつも通り声を掛けてきたため、正悟は内心嬉しく思いながらも千草の顔を見ることはなく、自分の弁当箱のおかずを箸で摘んで口へと放り込んでいく。
そんな正悟の隣りに千草も座ると、綺麗に彩られた弁当箱の中身を見ながら千草はふと思ったことを口にする。

「今日の弁当っておかずなに?」
「そんなに変わったもの入ってないけど」
「けど先輩の弁当って綺麗だよな、ちゃんと作ってあるし」
「お前はいつもパンだよな」
「今日はうちの高校の購買名物、ふっくらジューシーカツサンド!」

そういうと千草は自慢げに先程購入したであろうカツサンドを袋から取り出して正悟へと見せる。
正悟たちが通う高校には購買が設置されており、昼になると大混雑になるほど賑わうのだがその風景を正悟は見たことが無い。
とはいえ噂では聞いているので、そんなところへよくも毎日行く気になるなと、正悟は千草を一瞥しながら軽く溜め息を吐く。

「先輩、カツサンド嫌い?」
「嫌いではない」
「一口どうぞ!」
「は?」
「先輩にもこの美味しさを知ってもらいたいから!」

そう言いながら千草は包装されていたカツサンドを剥き出しにして正悟の方へ差し出してくる。
それに対して正悟が困っていると、追い打ちをかけるように千草は声をかけ否応もない雰囲気を作り出す。

「遠慮しないでどーぞ!」
「……なら一口だけ──」

正悟は断りきれずに差し出されたカツサンドを一口頬張り味を確認する。
それを見た千草も気にせず残りのカツサンドを食べ始めるのだが二口ほど食べ進めた頃、不意に正悟の表情が気になり横目で見た瞬間、違和感のようなものを感じてしまう。
おそらく先程食べさせたカツサンド、その残りを食べていたのが原因ではあるのだろうが、気にしなければ何もやましい事は無かったはずだ。
しかし千草は深く考えてしまい、間接キス・・・・というその言葉が頭の中を駆け巡るには十分過ぎるほどの時間はあった。
正悟がカツサンドを飲み込み感想を述べるまでの間、千草はそのことばかり考えている。
初めはそれほど卑しい感情があった訳ではなく、単純に美味しいカツサンドの味を共有したかった──ただそれだけであったというのにも関わらず、後になって自分が変なことを考えてしまい余計な恥ずかしさを抱え込む羽目になってしまう。
その考えを振り払うのには少しだけ時間が掛かり、次に千草が我に返るきっかけになったのは正悟の訝しげな声色で話しかけてきた時だ。

「──天ヶ瀬?」
「えっ!?あ……えっと、何?」
「何って……カツサンド、美味しかった」
「あ……うん、よかった」
「顔、赤いけど大丈夫か? 熱でもあるんじゃ──」

正悟はそういうと、隣りに座る千草の頬に手で触れようと身体を少しだけ向き直し千草を見つめる。
そんなことでは正確に熱を測れるとは思わなかったが、発熱していれば多少の熱さは感じられるだろう。
しかし実際は熱があるわけではないので、触ってみても熱くはない。
だがその行動は千草からしてみれば余計に顔が赤くなったのではないかと思うほど、正悟は無防備に千草へと触れた。
その手を千草は無意識に優しく包み込むようにして握ると、二人は数秒間見つめ合うことになる。

「天ヶ瀬……?」
「ご、ごめん!大丈夫だから!」
「なら、いいけど……」

しかしそれは一瞬の出来事で、正悟が声をかけると千草が慌てたように手を放したためそれ以上の問題は起きなかった。
とはいえ千草の慌てふためく姿を見て正悟が何か思わない訳もなく、柔らかな表情のまま小さく声を出すと可愛らしい仕草で正悟は笑い始める。
そんな姿を見ていたら普段から隠している感情が出て来てしまい、千草は自分でも気が付かないうちに聞くはずのなかった言葉を呟いてしまう。

「先輩ってさ……好きな人、いる……?」

突如出たその言葉に正悟は耳を疑う。
──今、なんて言った?
正悟はそのように思いながら千草の顔をまじまじと見つめてしまい返事をするまでに時間を要する。
それに対して千草は重ね重ね自身が何をしているのか、何故今このタイミングで言ってしまったのか、恥ずかしさで頭が回らなくなっていた。
今聞くべきではなかった──そう思っても時すでに遅しというもので、正悟の耳に届いてしまったその言葉を取り消すことは不可能で、どんな答えが返ってきてもその言葉を受け入れるしかない。

「……いないよ」
「そっか──」

正悟が静かに返事をしてきたため、千草は安堵しそれ以上の会話をするつもりはなかった。
下手に会話を発展させて自分の気持ちをこのような流れで告げたくなかったからだ。
だがそれは千草が思っているだけで、正悟としてみたら自分だけ聞かれるのは不公平だと思ったのかそのままの流れで千草に聞き返してしまう。

「お前こそ……どうなんだよ……」

正悟は顔を伏せ地面を眺めながら曖昧な言葉で思っていることを述べる。
どこか不安な気持ちと自分が気にするような問題ではない、ただの無意味な情報交換でありそれだけのつまらない会話。
だからこそ無関心でいられる──いなければならないと思って発言した言葉だというのにも関わらず、千草は正悟が思ったよりも早く返事をしてきた。

「いるよ──凄く、大切な人」

その言葉は想像よりも重く正悟の心にのしかかってきた。
どうでもいい、関係ないと思っていたのはどれだけ前のことであったか──そんな風に思ってしまうほど、千草は正悟の心の中にまで影響してしまっている。
それに気が付くまでこの苦しみは続くのかもしれない。

「…………そう」

千草の返事に対して正悟は感情を表に出さないように短く返事をすることしか出来なかった。
その日は気まずい雰囲気のまま昼休憩の別れを告げるしかなく、二人揃って曇天のような感情を抱きながら教室へと戻ると、そのままの感情でそれぞれの葛藤と戦っていた。
正悟からしたら何故自分が千草の好きな人間を想像して、このようなはっきりとしないモヤモヤした感情を抱かなかければならないのかがそもそも理解出来ない。
千草に好きな人が居ても居なくても自分には関係のないことだと思っている正悟は、それ以上の感情を整理することが上手く出来ずに午後の授業中、ずっと頭の片隅に千草の顔が垣間見えるようで集中出来ずにいた。
千草の方はといえば、教師に注意されたところで構わないといった空気を纏い授業など初めから存在しない感覚で、ただ椅子に座り机に突っ伏して落ち込んでいる。
やってしまったという自分の失敗を反省するのであれば幾分かまともな思考でいられたのだろう。
しかし千草は完全に後悔の念で落ち込んでいるし、そう簡単に割り切れる想いではない。
好きな相手にあのようなことを言ってしまい、挙句の果てには空気が淀むといっていいくらい気まずい雰囲気にしてしまったこの状況は、千草の気持ちを落ち込ませるには十分過ぎるものであった。

──なんであんなこと言っちゃったんだろ。

千草がそんな風に考えているうちに時間は刻々と過ぎていき、授業など真面目に受けるはずもなくただ座っているだけといった状況で、これから先どうするかなど考えることも出来ずに放課後を迎えてしまう。
明日からは大型連休と言われる学生にしてみたら天国のような休日だ。
なのでこのまま帰れば、一時的にならば気まずい雰囲気は回避出来るかもしれない。
しかし明日からずっと悩み続けるのか──そう思うと足取りが重くなり、どちらに向かうにしても気が重くなる。
それでも選ばなくてはならない時は近付いてくるもので、千草は仕方なく家へと帰る方を選択することにして寄り道などすることなく自宅へと戻っていく。
千草が後悔している真っ只中、正悟も少しだけ落ち込んでいた。
店番をしている際も、演技ではなく実際に落ち込み暗く沈んでいるのは見てる側からしても明らかだ。

「正悟、何かあったのかい?」
「……え」
「見てれば分かるよ」
「そんなに顔に出てる……?」
「顔……というより、どこからどう見ても分かると思うけど……」
「……そっか」

誰も居ない店内で話すのは、正悟が一番信頼と信用を寄せる叔父の小花衣禅こはないぜんと本人である正悟自身だ。
二人は客が出入りしている合間を縫ってはこうして雑談をしながら仕事を片付けている。
それはいつも通りの光景で、何気ない日常の一頁に過ぎない。
最近の話題は何かと千草の話が上がることも多いのだが、それ以外の話がない訳でもないので禅は念のため正悟に質問することにした。

「千草くんのこと、かな……?」
「……うん」

案の定素直に返事をする正悟に、禅は安堵する。
これくらいの話で安堵すると言うのはおかしな話かもしれないが、禅は正悟が誤魔化したり嘘を吐く行為をすることの方が心配なのだ。
それ自体の行為は見抜ける自信もあるため然程困った話ではないが、それよりも誰にも頼れず叔父にすら相談が出来ないという状況になるのがつらく悲しいことで、そんな環境は正悟を確実に追い込み苦しませる状態になるのは明白であった。
だからこそ、禅は正悟のために適度な距離を置きつつ必要な時は手を差し伸べたいと思っている。

「ねぇ、禅さんは好きな人っている……?」
「また急な話だね」

禅が軽く安堵していた間に、正悟が話しかけ質問を投げ掛けてきたため禅は急遽意識をそちらの方へと戻すと未だに机に突っ伏したまま気だるそうにしている正悟が目に映ったが、話は真面目にしているようであったので悩んでいるのも事実なのであれば禅はそれに真摯に向き合うことに決めた。

「天ヶ瀬、好きな人居るんだって」
「…………」

直球の質問が投げ掛けられたのでどういうことかとは思ったが、理由が分かった段階で禅は納得していた。
千草の好意が正悟に向いているのは知っているし、気付いていないのは正悟だけであろう。
郁磨にも軽く話してはいるが、ああいう性格だから認めてはいないだろうなと禅は考え日々策を講じてはいるが、郁磨を認めさせることが出来るかどうか、その力が千草にあるのかどうかなど、そんなことを考えている間に返事が少しばかり遅れてしまい、正悟が不思議そうに顔を上げて禅の表情を確認する。

「禅さん?」
「ん?いや、何でもないよ」
好き・・ってどういう意味なんだろ……」

正悟の問いかけに禅は軽く表情を変えて何食わぬ顔で話を続けていく。
普段であればそういった表情も気にする正悟だが今は悩みの方が優先のようで、間髪入れずに禅へ聞きたいことをを聞いてくるが禅はそういう時でも優しく正悟に寄り添うように言葉を選んでゆっくりと相談に乗っている。
そういう点でも正悟は大分助かっているのだろう。
通常であればこのような相談は自分の中で葛藤するものなのかもしれない。
しかし人並みの経験がない正悟は、どれほど考えても憶測にしかならず自身がどうするべきなのか悩みだすと止まらなくなり気が付くと頭の中が千草のことで満ち溢れていた。

「そういうものは考えるのではなく感じるものだよ」
「俺が感じる好きって、憧れとか尊敬なんだけど……天ヶ瀬の好きな人って恋愛感情……なのかな」

昼から今に至るまで自分の中に渦巻く葛藤や不安が消えなくなっている正悟としては、このような気持ちは早く拭い去りたいと考えていた。
しかし考えれば考えるほど沼に沈み行くかのように正悟は身動きが取れなくなる。
それは第三者がそばで見ていても十分過ぎるほど分かりやすいもので、禅としてはそういったことも理解は出来たのだが正悟の気持ちを完璧に共感することは難しく、少々返答に困っていた。
それを見越してか正悟自身もそれほど返事に期待はしていなかったようで、言葉を濁しつつも無理矢理にでも考えるのを止めて仕事の方へ意識を集中させようした時だ。

「──そうだ、そろそろ在庫のチェックしないと」
「正悟」
「ん、なに?」
「この先、何があっても自分の気持ちに正直でいるんだよ」
「俺の、気持ち……?」
他人・・の気持ちを尊重するのも確かに必要だ。だからといって自分の気持ちを蔑ろにしていいことにはならないからね」
「うん……分かった」
「あと、誰かから救いの手を差し伸べられたら、迷わずその手を取るんだ」
「それは……」
「これから先、それら救いの手が正悟には必要になる。なに、焦ることはない。時間はまだあるはずだから──」

正悟はその後、仕事を片付けながらも先程禅に言われた言葉の一つ一つを思い出し、考えていた。
誰かの手を取るなんてことは考えたこともなく、だからといって自分の気持ちを蔑ろにしているつもりはなかった。
正悟は禅の言っていることがどうしても理解出来ない──そんな思いがあり仕事が終わった後も心の底に残る鬱屈とした感情を拭い去ることが出来ずにいる。
だが落ち着いて考えれば答えが出せるはずだ。
そう信じて正悟は自宅へと帰宅してその日は疲れた身体を休めることにする。
明日には自分を納得させられる答えが導き出せることを信じて──。
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