05. 千変万化の禁断魔法

あれから一週間が経過し、正悟は思い悩んでいた。
毎日授業を真面目に受けて、図書委員の仕事も当番の日は精一杯務めている。
昼食の時ですら千草が来ることはなく最後に会った時から見かけてもいないのだが、それでもあの時の千草のことが忘れられずに悶々とした日々を送りながら、自分なりに考えなければならない答えを中々導き出せずにいるということが、正悟の悩みの種であった。
しかしそれ以外の悩みがない訳ではなく、先日少しだけ言い争いになってしまった禅との関係性が心の隅でじわりじわりと痛手になっていて、なかなか吹っ切れずに今に至り時間だけが過ぎている状況だ。
今までは禅の好意に甘え何でも頼ってきた節のある正悟ではあったが、先日の態度は甘えという言葉では済まないほどの八つ当たりをしてしまったと、正悟はそう考えてしまう。
あの時の状況を思い出す度に後悔の念は消えないが、先日、郁磨と会話をしたことでその件に関しては多少なりとも心の負担は軽くなり、落ち着いて物事を考え直すように何度も頭の中で情報を整理することが出来ただけでも正悟としては少し前に進めていると思っていた。
だが現実とは酷なもので、何度考えても禅と千草が同時に満足する答えを導き出すというのは無理なことなのかもしれない。
それでも伝えなければならないことがある──禅へ向ける言葉は既に決めている。
そう決意して正悟はこうして店へと赴いたのだから、そこから先に待ち受けているのが例え茨の道であったとしても、一歩前へと踏み出し禅を説得するしかない。
しかし禅はそんな正悟の考えが分かっていたのか、店の入口が開いたその瞬間から話をする姿勢で待っていたので、正悟は少しだけ驚いていた。

「禅さん……」
「そろそろ頃合いだと思っていたよ。連れておいで、彼を──」
「けど、あの方は……!」
「遅かれ早かれ、彼には全て話すつもりでいたからね。僕も腹を決めたよ」

禅がそう言うと、正悟はその覚悟を肌に感じて真剣な表情で頷くことで禅の気持ちに応えていく。
その日はそのまま帰宅して部屋まで戻ってくると、正悟は禅の言葉を思い返し物思いに耽っていた。
腹を決めた──そう禅が口にしたからには当然あの方・・・の許可をとってはいないのだろう。
許可を取らずに真実を話すというのは禅にとっても正悟にとっても一種の賭けのようなものではあるのだが、ここまで来て正悟は引き返すわけにはいかなかった。
自分のためにも、千草のためにも、覚悟を決めた禅への気持ちに応えるためにも──。
しかし問題はその先にもあり、今正悟の頭を悩ませているのは千草のことで、気まずくて仕方ない相手をどう誘えばいいのかということだ。
学校で千草のクラスに行くわけにもいかず、自宅も知らないため尋ねることも出来ない。
それに今更話をしたいから来て欲しいなど虫が良すぎるのではないかなど色々と考えていたのだが、部屋でベッドに寝転がりながら室内を見回した途端、ふと勉強机に視線が行き、引き出しの中にある“モノ”を思い出す。
正悟はベッドから降りて立ち上がると、机まで行き一番上の引き出しを開けて千草に貰った一枚の紙を取り出した。
以前、半ば強引に押し付けられた一つの連絡先──帰り道で別れる時に連絡はいつでも良いとは言われているのだが、今でもいいのだろうかと少し考えると決めかねてしまう。
とはいえ、今はこの方法しか思いつかずに正悟は自分のスマホを取り出し番号を打ち込むと勇気を振り絞り通話ボタンを押す。

「…………」

──千草は自室のベッドに寝転がり考え事をしていた。
正悟と会わずに一週間という時が経過しているうちにどうしても自分の存在が不必要な気がしてきて、万が一にでも現実でその様な言葉を告げられたらと思うと怖く感じてしまい、昼休憩にも会いに行けずに時間が過ぎていっている。
それでも諦めきれずに今もうじうじと悩んでしまい、何の行動に移すことも出来ずにいて、ついこの間正悟に認めてもらえたはずなのに辛く感じていた。
それに自分の覚悟はこの程度だったのかと、自分自身の気持ちを疑ってしまい余計に悩む結果となってしまう。
そんな時だ──ベッド横の棚に置いてあったスマホから音がして誰かから電話がかかってきたことに気付く。
千草は急いで相手の名前を知るためにスマホを手に取り画面を見ると、知らない番号が表示され一瞬どうするか悩んだが呼び出し音が長く鳴っていたため、ベッドに座り直してから恐る恐る通話ボタンを押した。

「…………はい」

知らない番号であったため、それ以上に声を発することが出来なかったのだがあまりにも無言でいる時間が長く感じられ、相手も何も言わなかったので千草はもう一度通話先の相手に声を掛けることにした。
しかしそう思って声を発しようとした矢先、電話の向こう側から聞き慣れた声が聞こえてくる。

『あの──』
「え……先輩!?」
『ごめん、夜遅くに……』
「大丈夫だけど……どうしたの……?」

ぎこちなくならないように千草は動揺を隠しながら平常心を保ちつつ会話を続けていく。
本当は手放しで喜ぶほど正悟と話せたことが嬉しかったが、それ以外にも抱えた感情があり過ぎて上手く話すようにしようとするのが精一杯だった。
そうして聞こえてきた次の言葉に千草は少しだけ驚いた様子を見せることになる。

『今度、話がしたい。大事な、話……』
「オレに?」
『うん。だけど……この話を聞いたら、もう二度と元の生活には戻れないかもしれない』
「どういう……?」
『それぐらい大事な話なんだ。俺も話す覚悟が出来たから、千草も──』
「覚悟なら、とっくに出来てる。オレに先輩の秘密、教えて欲しい」
『分かった。俺はお前を信じる』
「うん、ありがとう──」

そういうと千草と正悟は明日、日曜日の早朝に禅の店で落ち合う約束をしてから電話を切る。
千草は正悟との会話を終えてから途端に緊張感に襲われる──だが、その顔は笑っていた。
それは何か自信に満ちたもので、明日の話が正悟を取り巻く運命の核心に迫る話なのだろうと心のどこかで感じていて、それに立ち会えるという喜びのようなものを噛みしめての表情なのだろう。

「よし……!」

握り拳を作って喜ぶ千草は再びスマホを横の棚に戻して寝転がると、作った拳を広げて微かに震えた自分の手の平を見つめながら先程まで興奮していたのが分かり、深呼吸をしながら天井に視線を移して疲れてきた腕を下ろす。
何度も正悟の声と会話の内容を思い出し、千草は目を輝かせていた。
明日になれば全てが分かる。
千草はそう確信しながらもそのままベッドで横になり、瞼を閉じて明日を迎えることにした──その一方で千草と話を終えた正悟も勇気を出し切ったからか酷く緊張していたのが分かり、疲れが出たのかベッドで横になって眠ることにした。
明日の朝、千草が正悟の秘密を知った時、二人の運命の歯車が再び回り出す。
それが正悟の運命にどう影響するのかは誰にも分からないが、それでも前に進むと決めた正悟はその歩みを止めることなく進み続けるだろう。
前を向くと決めた自分を信じ、それを信じて支えてくれる人達のためにも──。
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