04. 禁断魔法を繋ぐ物語

よく晴れた昼の天気に反するように屋上の空気は曇っている。
正悟はいつも通り平常心で昼食を済ませようと箸を進めて弁当箱を見つめているのだが、千草はそれでも黙って正悟の隣に座っていた。
少しだけ澱んだ空気を裂くように千草が口を開き声を発すると、その声で正悟も少しだけ意識を千草に向けることにして耳を傾ける。

「先輩は今日、委員会……?」
「……うん」
「そっか……オレさ、放課後……告白することにしたよ」
「……そう、頑張れよ」

無言の時間が長かったためそれだけの会話で昼休みが終わり、その合図である予鈴が鳴ると二人はそれぞれの教室へと戻っていく。
千草は授業中も正悟の事を考え、夕方の図書室で人が居ない時を見計らって正悟へと想いを告げる。
上手くいくとは思っていない。
どう考えても失敗する見込みの方が高く、何度考えが揺らいだことか──それでも千草は今日という日に全てを懸けることに決めた。
その為に千草は授業が終わったあとも教室に残り生徒達が居なくなる時間帯を見計らう。
少しだけ考え事をするのに机へ突っ伏して目を閉じると、気付いた時には辺りに人影はなく時計を見れば丁度良い時間になっていたので、緊張はしつつも図書室の方へと足を運ぶことにする。
──千草が図書室を目指している途中、目的地である図書室では正悟が作業をしながら色々なことに思考を巡らせていた。
千草のことや周囲の環境、自分を取り巻く能力ちからのこと、そして千草を想う自分の感情のこと──それらを考えながら本の整理をしていると、扉を開ける音が聞こえる。
正悟からしてみたら下校時刻間近に生徒が図書室にやって来るのが不思議に思えた。
誰も居ない図書室に一体誰が来るのか──その確認をするためにも、正悟がドアのある方に視線を向けるとそこには気まずくなる相手が立っている。

「先輩、一人?」
「内山先輩あれから来ないから──」

あの一件以降、正悟の前に内山が姿を現すことはなかった。
気まずいのもあったのだろうが、図書委員という仕事をするのに心底嫌気が差したのであろう。
正悟はそういう意味合いも込めて千草にそう告げると千草も納得したようで、内山が居ないともなれば正悟だけを呼び出す必要もなくなり、千草にとっては好機とも言えた。
だが千草が目の前に現れた時、正悟はふと疑問に思った──何の用事があってここに居るのか、告白に行くと聞いていたものだからてっきり二度と自分の前には姿を現さないのだとも思っていた。
正悟はその疑問を口にしてみることにして、千草へと問う。

「告白に行くんじゃなかったのか……?」
「うん。だから来た」

千草の発言が正悟には一瞬理解出来ずにいた。
告白に行くと言っていた人間が今ここにいて、告白をしに来たと言い、それから先何を語ろうというのか──まさか告白の報告にでも来たのか、そんな風にも受け取れるその言葉の意味が正悟には分からなかった。
しかしそれを理解させてくれる時間を千草は与えてくれず、また一つ状況が動き出そうとしている。
ドア付近に居た千草が正悟のそばに寄ると、千草はいつにも増して真剣な表情と声色で言葉を口に出す。

「──オレ、先輩のことが好きです」
「……え」

千草の口から発せられた言葉に驚きが隠せず戸惑ったまま状況は動き、思考を追い付かせようとしても正悟がいくら困っていても、千草の言葉が、その声が、否定を許さない。

「好きなんだ、先輩のこと」
「なに、言って……そんな冗談、笑えねぇって──」
「こんなこと、本気じゃなきゃ言わない」
「けど……っ」
「先輩」

次から次へと千草の口から発せられるその言葉──それら全てが冗談でないのは正悟も感じている。
感じているからこそ正悟の胸は締め付けられるほど苦しくなり、千草の顔を見れば見るほどその真剣さが伝わってきてその言葉を否定したくなってしまう。

「なんで、俺なんだよ……」
「先輩だから好きなんだよ」

──運命はどうしてこうも残酷なんだ。
正悟の頭に浮かんだ運命という言葉、そしてその言葉は正悟にとって憎んでも抗っても逃れられないこの世で最も嫌いな言葉。
自身の呪われた運命が憎らしい。
それさえなければ千草の望みも自分の望みも叶ったのに──正悟はそんなことばかり考えていた。
自分と関われば必ず人生は狂い後悔する。
正悟は常にそう考えながら他人に触れないで生きていて、他人と距離を置いて生きる正悟に触れても平気な人間など限られている。
千草はそれに値しない──正確に言えば正悟の心に触れて自我を保てる能力ちからが千草にはないのではないか、そういう話だ。
しかしこの様な話を突然説明されたところで千草としたらそれこそ意味が分からず関係性が拗れるだけだろう。
だとしたら冷たく突き放すしかない。

「──俺は、お前のこと……そういう風には見れない」
「あ……うん」
「だから、ごめん」
「いいんだ、何となくこうなるって分かってたから」
「天ヶ──」
「俺の方こそ変なこと言ってごめん……っ」
「天ヶ瀬っ……!」

正悟が名前を呼んだところで、既に千草は走り出し廊下の向こうへと飛び出してしまった。
冷たく突き放すということはこういうことなんだ、だから今更後悔するのは馬鹿がすることだ──正悟はそういう風に思い込もうと何度も頭の中でその言葉を繰り返す。
だけどそれでも千草の最後の表情が忘れられない。
──アイツのあんな表情かお、初めて見た。
正悟は必死に千草を忘れようと繰り返すがそれは逆効果でしかなく、考えれば考えるほど千草の声や顔が耳と頭から離れない。
正悟はそのまま座り込むと自分の意思とは関係の無い自然と零れる涙で瞳を潤わせ時間も忘れて地面を濡らす。

「俺、最低だ──」

ぽつりと呟くその言葉を聞く者は一人も居らず、正悟は静かにその場で膝を抱えて子供のように泣きじゃくる。
そんな正悟を放って、時は勝手に過ぎ去り時計の針は進んでいく。
──すっかり日も暮れて来たというのに、中庭には呆然とベンチに座って考え込む千草の姿があった。
逃げる様に図書室から出てきたと思いきや、今はここに居て家に帰りたい気分でもなくなり、正悟の言葉を掻き消そうと千草は千草で悩み考えていた。
初めから分かっていたことじゃないか──千草はそう思えば思うほど悔しさと悲しさが同時に襲ってくるようで、心の底から苦しみに支配され暗く絶望的な気持ちにまで落ち込んでいる。
失敗すると分かっていた筈なのに、淡い希望もどこかにあった。
好きだと言う気持ちを受け止めてもらえなくても、話だけでも聞いてもらい、そのままの関係で居られると勝手に期待して想像していたのだが、千草の予想や想像よりも現実は厳しく残酷なものだ。
あの時の正悟は今までの反応とは違い、照れ隠しで冷たくあしらうといったような感情は一切見受けられず徹底して拒絶されてしまったと、それが千草の感じた率直な感想である。
だがそれ以外にも一つ心に刺さる正悟の表情があり、どちらかと言えばそのことが帰宅出来ない理由であり原因とも言えた。
正悟は時々だが酷くつらそうな表情をすることがあり、それには千草も気付いていたがどうすればそれを緩和してやれるか考えてもまとまった答えが出たことは無く、今までどうにもしてやれずにここまで来てしまい千草は後悔する。
勿論それを解消した所で千草の想いを受け止めてくれたかどうかは分からないが、少しでも正悟の助けになれたのではないかと思うと悔しさが先に立つ。
極めつけは自分が告白したことで、正悟の表情が今までで一番つらそうであったということだ。
傷付けた──千草は心のどこからかその言葉が浮かび、考え込んでいたところを更に考え込んでしまう。
だがいつまでも中庭にいる訳にはいかないだろうと、流石に重い腰を上げそのまま重い足取りで帰ろうとする。
その時、最終下校時刻を知らせる鐘が校内で鳴り響く。
しかしこの時間まで居残る生徒は殆ど居ないため昇降口の前を通った時も誰かが出てくることはなかった。
ふと千草は正悟の顔が頭の中でちらつき、その存在がやはり気になってしまう。
千草はそのまま校門に向かう前に外から図書室を見に行こうと思い、図書室の窓が見える位置まで歩くことにした。
そんなことをしても何の意味もないというのは分かっていても、その足を止めることは出来なかった──。
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