02. 恋の予感は禁断魔法
午後の授業が終わったところで正悟は昨日と同じ速さで帰宅することにした。
理由は昨日と同じで男とその仲間に会わないため──と言うのと同時に何となく早く学校から立ち去りたかった。
正悟は変わらず陰鬱そうな印象を保ちつつ、校内からなるべく早く飛び出すと一直線で帰り道へと向かって行く。
基本的に正悟は本屋が休みの日曜日と禅が忙しくない日の二日間以外は仕事に出向いている。
その方が余計な事を考えずに済むからそうさせてもらっていた。
禅にもう少し休んでも大丈夫と言われているにも関わらず正悟は仕事をしたいからさせてもらっているという感覚であった。
一人で居なければならないのに一人では居たくない──そんな想いを救ってくれるのが禅の店だ。
その日も夕方に到着し、仕事をしていると昼間も見た奴の姿がそこに居た。
その人物は中へ入って来ず外で待っている。
おそらく中へ入ってもすぐに正悟が裏へ向かうのが分かっているため、目が合うのを待っていたのだろう。
正悟は深い溜め息を吐くと、禅に一言告げてから裏の方へと男を連れて行くことにした。
「ごめん、禅さん。裏に居るから」
「程々にするんだよ」
「分かってる……」
それだけ会話をすると正悟は男を連れて裏路地へと回り込む。
その後はいつも通り適当にあしらって終わらすつもりでいた。
いつも通り のことならば──ではあるのだが。
その日の男は妙に動きがおかしく、いつもならば捕まえようという意気込みであったのだがこの時は違った。
やけに正悟と会話をしたがる──まるで正悟の秘密へ触れたいと言わんばかりに、男は言葉を発しながら正悟へと近付いていく。
男の企みが分からないだけに正悟は戸惑っていた。
「なんでアンタはそんなに人を避けるんだよ」
「お前には関係ないだろ」
「っ……確かに関係無いけど、気になるんだよ!」
「お前と俺とじゃ住む世界が違うんだよ」
「……だったら今すぐそっちに行ってやる」
「は?」
「いいから動くな!」
その瞬間正悟の動きが一時的に止まり、正悟自身何が起きたのか理解するのに時間を要した。
聞きたくもない話の筈なのに男の声が耳から離れない。
何度も何度も耳に残り続けるそれは正悟にとって次第と心地の良いものとなり、結果として男の声に気を取られた正悟は気が付いた時には距離を詰められていた。
「やっと掴まえた」
「っ……痛いんだけど」
「このぐらいしないと逃げるだろ、アンタなら」
腕を捕まれ狭い通路では逃げられない体制となりそのまま殴られでもするのかと思いきや、それとは違う状況に正悟は驚きを隠せないでいる。
男の言うことは最もではあるが、正悟としても今の状況を考えれば普通は逃げるであろう。
両腕をしっかりと抑え込まれ壁と男に挟まれる形で追い詰められていたら誰であっても危機感を持つのは当たり前のことだ。
正悟は男を挑発して気を逸らし、その状況を打破しようと考えたのだが男は端から正悟を傷付ける気は無いようであった。
「殴って気絶させなくていいのか?」
「しねぇよ、そんなこと」
「じゃあなんでこんなこと──」
男はやっと掴まえた正悟のことを見つめながら昨日も感じた香り の正体を探り出す。
しかし正悟はそのことを一番に隠さなければならない──それ故の抵抗。
だが男の声を聞いているとどうしても力が出ないでいる。
少し身をよじる程度では男の拘束からは逃れられない。
正悟は男の声と動きを受け入れざるを得ない状況に焦り始めた。
「気になるって言っただろ。アンタのことと、この香り……」
「ちょ、天ヶ瀬!」
「心地良いよな、この香り」
「っいい加減に……!」
「何なんだよ、これ」
──そこまでの会話でその状況は一変する。
二人が気付かない間に裏の扉から出てきた人物が発する声で、男も正悟も我に返ったようであった。
正悟がよく見知った人物であり裏の扉から出てきたともなれば思い当たる人物など一人しかいない。
「ほら、今日はここまで」
「禅さん……」
禅は正悟と男の間を持っていた本で阻み、いつも通りの飄々とした雰囲気のまま男を見ると、男も突然のことで驚いた様子であった。
正悟を掴んでいた手を離し、その後二、三歩退くと禅を見て思ったことを口にする。
「あ、アンタ誰だよ……!」
「ん?僕はここの店主でもあり、この子の叔父だよ」
「何でも良いけど、邪魔すんなよな!」
「とは言ってもね……これ以上やると、本気になっちゃうよ?」
「突然出てきて何言って──」
「お前、今日は帰れよ。あと禅さんに食ってかかるな」
正悟は男に最後冷たく言い放ち、視線を逸らして男を見ようともしない。
男は無性に苛立ちを抑えきれなくなり、一言呟いて悔しさを投げ出すようにその場から立ち去る事にした。
それを二人は見送り、正悟は先程男と交わした言葉や起きた出来事を思い返していた。
それを傍らに見ていた禅が落ち着いた声色で正悟を諭すように声をかけることする。
「さて、大丈夫かい?正俉」
「平気……少し油断した」
「やれやれ、気を付けなよ。お前の能力 は制御する類いのモノではないのだからね」
「分かってる。禅さん──」
「ん?」
「……やっぱなんでもない」
正悟はそういうと静かに店内へと戻っていく。
本当は男の“声”について相談するつもりではあったのだが、それを言ってもいいものか正悟は悩んでいる。
あの程度の接触で違和感を覚えた程度では、相談するに値しないと考えていたからだ。
それと同時に自分の不甲斐なさをさらけ出す気がしてならないのであれば、今は保留にしておいた方がいい──そうした考えの結果であった。
──正悟の背中を見て禅は少しばかり思うことがあった。
今まで正悟の周りで起こる人間関係の問題には数々の苦しみがあったのだが、今回に限りそのような雰囲気を感じないからだ。
先程飛び出した少年から感じたのは不安と悲しみであり、現段階で危険はなさそうであった。
だからこそ禅は二人を泳がせて様子を見ることにする。
ただその言い方では悪役か何かかと思われるので、言葉を変えれば見守る ──そういう風に言うのが妥当であろう。
禅と別れて先に店内に戻った正悟はカウンターに項垂れていた。
そして一言呟くと、溜め息と同時に自動ドアの先の外を見つめ男が現れた時のことを思い返す。
「あいつ……何なんだよ……」
一方正悟達と別れた男は帰り道をとぼとぼと歩いていた。
あれだけ近付けて少しでも謎が解けそうであったにも関わらず、結局何の成果も上げられずにいた男は更に苛立ちを隠せないでいる。
自分を慕い気楽に付き合えている仲間の為にも正悟を連れ帰る──そういうつもりであったのに、男はその目的を未だに達成出来てない。
それ故の焦り、不安、苛立ち、そういったものを一度に背負っているからこそ今日は負けるわけにはいかなった。
本来であれば掴まえた時に無理やり仲間のところへ連れていくべきであった。
だが正悟に近付けば近付くほど体の自由が奪われ心まで支配されそうになった。
しかし不思議と嫌な気分にはならなかった──それどころか、より一層正悟のことが気になり今だに関心を持ち続けていた。
自分の想いと状況の齟齬に頭を悩ませながら自宅に帰宅した途端、家族の声も聞かずに自室まで戻りベッドへ飛び込むと男は思ったことをすぐに口にした。
「何なんだよ、あいつ……」
そのまま考え事をしていると疲れが出たのか睡魔に襲われ寝てしまい、次の日の朝が来るのがとても早く感じた。
男は行く準備を整え憂鬱なまま高校に向かうことになる。
本来であれば仲間の元へ行くのだが、それすら気乗りがしない──昨日のこともあり、始業式から数えて約一週間、仲間には誤魔化しながら対話をするどころか、正確には話もしていない。
それでも慕ってくれる仲間に男は心底感謝していた。
しかし夢と現実は常に隣り合わせで、その儚き幻想が崩れ去る音色は確実に近付いて来ている。
その崩れ去る音が聞こえた頃には、夢見ていた景色はどこにも存在してはいない。
これから訪れる少し先の未来、正悟と男はその試練を乗り越える時がやってくるであろう。
それこそが二人にとっての真実への扉となる。
理由は昨日と同じで男とその仲間に会わないため──と言うのと同時に何となく早く学校から立ち去りたかった。
正悟は変わらず陰鬱そうな印象を保ちつつ、校内からなるべく早く飛び出すと一直線で帰り道へと向かって行く。
基本的に正悟は本屋が休みの日曜日と禅が忙しくない日の二日間以外は仕事に出向いている。
その方が余計な事を考えずに済むからそうさせてもらっていた。
禅にもう少し休んでも大丈夫と言われているにも関わらず正悟は仕事をしたいからさせてもらっているという感覚であった。
一人で居なければならないのに一人では居たくない──そんな想いを救ってくれるのが禅の店だ。
その日も夕方に到着し、仕事をしていると昼間も見た奴の姿がそこに居た。
その人物は中へ入って来ず外で待っている。
おそらく中へ入ってもすぐに正悟が裏へ向かうのが分かっているため、目が合うのを待っていたのだろう。
正悟は深い溜め息を吐くと、禅に一言告げてから裏の方へと男を連れて行くことにした。
「ごめん、禅さん。裏に居るから」
「程々にするんだよ」
「分かってる……」
それだけ会話をすると正悟は男を連れて裏路地へと回り込む。
その後はいつも通り適当にあしらって終わらすつもりでいた。
その日の男は妙に動きがおかしく、いつもならば捕まえようという意気込みであったのだがこの時は違った。
やけに正悟と会話をしたがる──まるで正悟の秘密へ触れたいと言わんばかりに、男は言葉を発しながら正悟へと近付いていく。
男の企みが分からないだけに正悟は戸惑っていた。
「なんでアンタはそんなに人を避けるんだよ」
「お前には関係ないだろ」
「っ……確かに関係無いけど、気になるんだよ!」
「お前と俺とじゃ住む世界が違うんだよ」
「……だったら今すぐそっちに行ってやる」
「は?」
「いいから動くな!」
その瞬間正悟の動きが一時的に止まり、正悟自身何が起きたのか理解するのに時間を要した。
聞きたくもない話の筈なのに男の声が耳から離れない。
何度も何度も耳に残り続けるそれは正悟にとって次第と心地の良いものとなり、結果として男の声に気を取られた正悟は気が付いた時には距離を詰められていた。
「やっと掴まえた」
「っ……痛いんだけど」
「このぐらいしないと逃げるだろ、アンタなら」
腕を捕まれ狭い通路では逃げられない体制となりそのまま殴られでもするのかと思いきや、それとは違う状況に正悟は驚きを隠せないでいる。
男の言うことは最もではあるが、正悟としても今の状況を考えれば普通は逃げるであろう。
両腕をしっかりと抑え込まれ壁と男に挟まれる形で追い詰められていたら誰であっても危機感を持つのは当たり前のことだ。
正悟は男を挑発して気を逸らし、その状況を打破しようと考えたのだが男は端から正悟を傷付ける気は無いようであった。
「殴って気絶させなくていいのか?」
「しねぇよ、そんなこと」
「じゃあなんでこんなこと──」
男はやっと掴まえた正悟のことを見つめながら昨日も感じた
しかし正悟はそのことを一番に隠さなければならない──それ故の抵抗。
だが男の声を聞いているとどうしても力が出ないでいる。
少し身をよじる程度では男の拘束からは逃れられない。
正悟は男の声と動きを受け入れざるを得ない状況に焦り始めた。
「気になるって言っただろ。アンタのことと、この香り……」
「ちょ、天ヶ瀬!」
「心地良いよな、この香り」
「っいい加減に……!」
「何なんだよ、これ」
──そこまでの会話でその状況は一変する。
二人が気付かない間に裏の扉から出てきた人物が発する声で、男も正悟も我に返ったようであった。
正悟がよく見知った人物であり裏の扉から出てきたともなれば思い当たる人物など一人しかいない。
「ほら、今日はここまで」
「禅さん……」
禅は正悟と男の間を持っていた本で阻み、いつも通りの飄々とした雰囲気のまま男を見ると、男も突然のことで驚いた様子であった。
正悟を掴んでいた手を離し、その後二、三歩退くと禅を見て思ったことを口にする。
「あ、アンタ誰だよ……!」
「ん?僕はここの店主でもあり、この子の叔父だよ」
「何でも良いけど、邪魔すんなよな!」
「とは言ってもね……これ以上やると、本気になっちゃうよ?」
「突然出てきて何言って──」
「お前、今日は帰れよ。あと禅さんに食ってかかるな」
正悟は男に最後冷たく言い放ち、視線を逸らして男を見ようともしない。
男は無性に苛立ちを抑えきれなくなり、一言呟いて悔しさを投げ出すようにその場から立ち去る事にした。
それを二人は見送り、正悟は先程男と交わした言葉や起きた出来事を思い返していた。
それを傍らに見ていた禅が落ち着いた声色で正悟を諭すように声をかけることする。
「さて、大丈夫かい?正俉」
「平気……少し油断した」
「やれやれ、気を付けなよ。お前の
「分かってる。禅さん──」
「ん?」
「……やっぱなんでもない」
正悟はそういうと静かに店内へと戻っていく。
本当は男の“声”について相談するつもりではあったのだが、それを言ってもいいものか正悟は悩んでいる。
あの程度の接触で違和感を覚えた程度では、相談するに値しないと考えていたからだ。
それと同時に自分の不甲斐なさをさらけ出す気がしてならないのであれば、今は保留にしておいた方がいい──そうした考えの結果であった。
──正悟の背中を見て禅は少しばかり思うことがあった。
今まで正悟の周りで起こる人間関係の問題には数々の苦しみがあったのだが、今回に限りそのような雰囲気を感じないからだ。
先程飛び出した少年から感じたのは不安と悲しみであり、現段階で危険はなさそうであった。
だからこそ禅は二人を泳がせて様子を見ることにする。
ただその言い方では悪役か何かかと思われるので、言葉を変えれば
禅と別れて先に店内に戻った正悟はカウンターに項垂れていた。
そして一言呟くと、溜め息と同時に自動ドアの先の外を見つめ男が現れた時のことを思い返す。
「あいつ……何なんだよ……」
一方正悟達と別れた男は帰り道をとぼとぼと歩いていた。
あれだけ近付けて少しでも謎が解けそうであったにも関わらず、結局何の成果も上げられずにいた男は更に苛立ちを隠せないでいる。
自分を慕い気楽に付き合えている仲間の為にも正悟を連れ帰る──そういうつもりであったのに、男はその目的を未だに達成出来てない。
それ故の焦り、不安、苛立ち、そういったものを一度に背負っているからこそ今日は負けるわけにはいかなった。
本来であれば掴まえた時に無理やり仲間のところへ連れていくべきであった。
だが正悟に近付けば近付くほど体の自由が奪われ心まで支配されそうになった。
しかし不思議と嫌な気分にはならなかった──それどころか、より一層正悟のことが気になり今だに関心を持ち続けていた。
自分の想いと状況の齟齬に頭を悩ませながら自宅に帰宅した途端、家族の声も聞かずに自室まで戻りベッドへ飛び込むと男は思ったことをすぐに口にした。
「何なんだよ、あいつ……」
そのまま考え事をしていると疲れが出たのか睡魔に襲われ寝てしまい、次の日の朝が来るのがとても早く感じた。
男は行く準備を整え憂鬱なまま高校に向かうことになる。
本来であれば仲間の元へ行くのだが、それすら気乗りがしない──昨日のこともあり、始業式から数えて約一週間、仲間には誤魔化しながら対話をするどころか、正確には話もしていない。
それでも慕ってくれる仲間に男は心底感謝していた。
しかし夢と現実は常に隣り合わせで、その儚き幻想が崩れ去る音色は確実に近付いて来ている。
その崩れ去る音が聞こえた頃には、夢見ていた景色はどこにも存在してはいない。
これから訪れる少し先の未来、正悟と男はその試練を乗り越える時がやってくるであろう。
それこそが二人にとっての真実への扉となる。