なにもない場合は、マリエになります。
はなのわ 2022了
おなまえ
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𖤣𖥧𖥣。𖤣𖥧𖥣。
あれは冬の夜だった。
シュートシティ郊外にある彼女の店舗兼住宅も漏れ無く微弱な揺れに襲われた。
慌ててテレビをつければブレイキングニュースが流れ、震源地はナックルシティ地下プラントとのことで、正にチャンピオンカップが行われようとした矢先のことだった。
あれから数日。
チャンピオンの座についてから10年間無敗だったダンデが敗れ、新チャンピオンとなったのは当時のダンデと同じく10代の若き少女だった。
連日テレビでは彼女とダンデ、それからローズ元委員長の逮捕やブラックナイトのことで持ちきりだ。
バトルトレーナーでもないマリエにはチャンピオンの代替わりのことなどはあまり関係のないことではあるが、ローズ元委員長の逮捕によって下落したマクロコスモス関連の株にシュートシティは慌ただしく、彼女の店と比較できないほどの有名店であるロンドフラワーズが、利用していたMCA貨物との契約見直しをした結果、配達便の皺寄せがマリエも専属利用しているガラル郵便局に押し寄せたために彼女の配達が細かく時間指定できなくなってしまったのは困ってしまった。
──カランコロン
忙しなく過ぎる生活でも彼女は変わらずターフ農園花市場へ赴き仕入れをして、店内に色とりどりの花を溢れさせていた。
そこへ1人、そろりと顔を出したのはワッチキャップを被った優しげな顔のお客様だ。
「いらっしゃいませ」
仕入れボードにチェックを入れていたマリエは手を止めて入り口へ笑顔を向ける。
定位置のサボテンに座ってうとうとしていたヒメンカが来客に気付いて大きなあくびをした。
「こんにちはー…、あのお祝いの花束がほしいんですけど」
「はい。どのようなご要望でしょうか? 色や贈るお相手の雰囲気、またお花が決まっていましたらそちらをご用意しますよ」
にこやかに伝えると、少年は店内をキョロキョロと見渡して「あ」と小さく声を上げる。
「あれ、あれを使ってくれませんか?」
指差した先には赤く輝く八重のカーネーション。
それに頷き店主はガラスケースを開けて幾つか赤いカーネーションを取り出して少年へ見せる。
「どれにいたしますか? 同じ赤と言っても品種によって少しずつ違うので是非お選びください」
「本当だ…。じゃ、じゃあ、この一番赤いやつを…あっ、もしかして品種によって金額も変わったりしますか」
取り分け深く赤いものを示そうとした少年の指先は、迷うように空中をうろついて自分の頬を掻くように当てた。
「そうですね、基本的には…此方が1本130円程度、此方が1本180円程度にさせていただいてます」
そう言いながら店主は赤のカーネーションを右手と左手により分けた。少年が指差そうとしたものは左手の高い方へ入っている。それに少し悩んだ様子の少年へ店主は「よろしければ」とカーネーションを持ったままカウンターへ案内すると、ヒメンカへカーネーションを渡してからカタログを取り出す。
「花束と一言でおっしゃっても大振りから小振りまで沢山ありますので、よろしければイメージを教えていただけませんか?」
「わあ、本当ですね。想像してた花束は…これ、これくらいです」
「なるほど、スタンダードなサイズの花束ですね。それだと予算は3000円前後でお作りできますがどうされますか?」
「あ、それくらいなら! お願いします。すみません、相場とかよくわからなくて…」
「いいえ、大丈夫ですよ。そういうお客様結構多いですしお気になさらず。それではメインは赤いカーネーションで、あとはバランスを見て幾つかお花を追加してよろしいでしょうか?」
漸く決まった大まかな構想にホッとした様子の少年は店主の言葉に軽く頷く。
「贈る人、とても強くてかっこよくて尊敬できて…それからめちゃくちゃ頑張ってる人なんです。あ、大人の男性なのであんまり可愛い雰囲気はないかも…このカーネーションも鮮やかすぎるより深いくらいが似合うような人で…今度新しく起業? いや、就任? するから今までのお礼も込めて…」
安心したからか、スラスラと言葉を紡ぐ少年はハッとしたようにほんのり上気した頬で慌てて店主を見る。
穏やかに聞いていた彼女は手元のメモに伝えられたイメージを単語単語で書き留めて優しげに微笑んだ。
「とても素晴らしく素敵な方なんですね。シックな花束にできるよう尽力いたします。すぐお持ち帰りになられますか? 配達もできますが、今少し郵便局が立て込んでいるようで時間指定がかなり幅があるのですが、それでもよければ配達も…」
「いえ、手渡ししたいのでここで待ってます。えっと、大丈夫ですか?」
「はい、もちろん。では店内左奥にお待ちいただける小スペースがございますのでそちらでお待ちください」
店主が伝えると、いつの間にか店へ降りてきていたのかイエッサンが少年の足元へポスポスと歩いて案内しようとする。
それに目尻を下げて少年は店主へ小さく頭を下げてイエッサンの後に続いた。
その背中を見送ると、マリエはヒメンカが抱えるカーネーションから、少年が選んだ輝く赤のカーネーション、マドリードを1本取り上げ、それから少しだけマドリードより和らいだ赤色のジミーとマンダレイを11本ケースから取り出す。
それらを作業台へ並べて余分な葉を取り除くと簡単に一纏めにして上から確認し、少し考えてからニャスパーを呼ぶ。2階へ続く階段部分に座っていたニャスパーはポテポテと歩いてくると、マリエがなにか言う前にケースへ向かい、サイコキネシスを使ってスイートピーを数本持ち上げ、彼女のいる作業台へ並べていく。
「ありがとう」
カーネーションを囲むように赤いクリムゾンと白紫が混じるエンゼルブルーのスイートピーを混ぜてはバランスを見て枝や花房を外してをいくらか繰り返し、漸く形を納めていく。
可愛らしすぎてはダメだと言うことなので、本来ならここへもう少し彩りやレースフラワーなどを混ぜ込みたいところだがそれはやめておく。代わりに花束の周りにそっと包むようにローズゼラニウムの葉を混ぜ全体の締まりを良くしていくと、くるりと簡易的に麻紐で緩く茎を止めて少年の元へ確認しにいく。
少年は日の当たるサンテラスの小さなテーブル席でイエッサン相手に何やら話し込んでいたが、マリエが来るとその顔を輝かせた。
「わあ、すごい! 綺麗です!」
「それは良かったです。では此方で最終ラッピングしてしまいますね」
「お願いします!」
少年からオッケーを貰ったマリエは再び作業台へ戻ると、紐で緩く止めていた茎をバチバチと切り揃え輪ゴムで一纏めにすると保水処理をしていく。
それから赤い花束を白や半透明のフィルムシートやワックスペーパー、薄い赤紫の不織布で周りを包んでいき、最後に黒の布リボンをループ結びをすれば終わりだ。
男性が持って歩いても可愛らしすぎず、シックな色合いになったのではないだろうか。
少年を呼びに行こうとすれば、頃合いを見ていたのかイエッサンが彼を連れてカウンターまで来ていた。花束を持ってカウンターへ向かえば先程より一層晴れやかな顔を見せる。
お客様のこの、出来上がった花束やアレンジメントを見た時の顔がマリエの一番の至福で遣り甲斐だ。花束を入れる紙袋を引き出しから出して、少年へ引き渡す前に会計をする。
「メッセージカードもありますが、書かれますか?」
「そうですね、じゃあ一言だけ書きます」
「かしこまりました」
レジの手元にあったメッセージカードと数種類のカラーインクペンを渡すと、ヒメンカが近くに寄っていってその内容を見ようとする。
「ダメよヒメンカ」
「あはは、いいですよ。ヒメンカ、これは元チャンピオンのダンデさんに渡すんだけど何色のペンがいいかな」
するとヒメンカはくるくる回って嬉しそうに深い紫のボールペンを選んだ。
「ダンデさんの髪色だ。ヒメンカはよく知ってるね」
褒められたヒメンカは楽しそうにキャラキャラ笑う。そのまま少年はメッセージカードへto Dandeと書き連ね、最後に自分の名前を入れてマリエへ渡した。
それを受け取ったマリエは小さな木のクリップでラッピングシートとカードを挟んで止め、紙袋へ入れて少年へ引き渡す。
「ありがとうございます。僕が選んだ赤いカーネーションも、使って貰って嬉しいです」
「いえ、此方こそとても楽しく作れました。それから、品種は違えど12本、カーネーションを使っているのには理由がありましてお客様はダズンローズをご存知ですか?」
「ダズンローズ…?」
「12本の薔薇にはそれぞれ感謝、誠実、幸福、信頼、希望、愛情、情熱、真実、尊敬、栄光、努力、永遠の意味があるんです。それを模倣して一輪の花を12本使うことがあるんです。意味も同じに準えて。もし聞かれましたらそうお伝えすると喜ばれると思いますよ」
「わあ、そうなんですね! 本当にありがとうございました! またなにかあれば寄らせていただきますね」
「はい、是非お待ちしております」
晴れやかな顔で紙袋を提げて出ていった少年は、レザーボストンを揺らして駆けていく。それを見送ったマリエはイエッサンとともに店内へ戻ると、作業台の片付けに取り掛かった。
𖤣𖥧𖥣。𖤣𖥧𖥣。
*カーネーション(赤)/敬愛、感嘆、名声(西洋)
*スイートピー/門出、仄かな喜び(白)、永遠の喜び(紫)
*ゼラニウムの葉/尊敬
*ダズンカーネーション/感謝、誠実、幸福、信頼、希望、愛情、情熱、真実、尊敬、栄光、努力、永遠