なにもない場合は、マリエになります。
はなのわ 2022了
おなまえ
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𖤣𖥧𖥣。𖤣𖥧𖥣。
世間が復活祭を前に浮足立つ中、それより一足先に母の日がやってくる。
例年通りマリエは近くの小さな教会へラッパスイセンの一輪ブーケを2ダース納品し、のんびりと帰路に就く。
店番はイエッサンに任せてあるし、何かあれば店用のタブレットロトムがスマホロトムへ知らせてくれるだろう。
空箱をぶらぶらさせつつ、春めいてきた季節にほんのり心が温かくなっていると、前から大柄な男性が歩いてきた。
堂々と歩く様は威厳があり、オーラがある。
長く雄々しく広がる紫の髪は、彼自身を象徴するものだ。
「(ダンデさんだ)」
すれ違う直前、心の中でマリエが呟くと、聞こえたようなタイミングでばちりとダンデが強い眼差しでマリエを見下ろした。
身長差がありすぎて、普通にダンデは見たつもりでもマリエからすれば多少圧倒されてしまったようで、思わずじり、と小さく後退する。
それに気付いたダンデが、まるで小さい子供に接するかのように腰を折ってしゃがんだ。
「え」
「驚かせてすまない。あなたはこのあたりに詳しいか?」
「え、あ、はい。まあ」
「そうか! それじゃあ、この辺りにある花屋は知っているか? 店主はマリエさんというらしいんだ」
思わずダンデの言葉に瞠目する。
まさか自分の花屋を訊ねられるとは思っていなかったマリエは、一瞬返答するのに間が開いてしまう。
それをダンデは知らないと取ったのか「そうか」と腰を上げかけた。
「あ、ごめんなさい。ビックリしてしまって。それ、私の店です。私が店長です」
「なんだそうか! それなら好都合だ。今から向かおうと思っていたんだが、全然場所がわからなくてな」
「ああー」
元チャンピオンダンデの遅刻癖は噂があった。それが迷子のせいだとは思わなかったが。
事実マリエの店に行こうと思っているくせに、なぜ店のある方向の道から教会からの帰りであるマリエと鉢合わせるのか。
皆目見当もつかないが、マリエは穏やかに微笑みながら「ぜひ良ければ一緒に」と誘う。
しゃがんでいたダンデの手をとり、微力ながらも引き上げるとダンデもタイミングをあわせて立ち上がった。
「ああ、ありがとう」
「いいえ、こちらこそ。どういった御用ですか? 切り花からアレンジまでありますが」
道すがら、ダンデにオーダーを訊ねれば「近々母の日だろう」と言われる。
もちろん把握しているマリエは頷く。たった今その行事関連の配達が終わったばかりだ。
「母の日に花を贈るのは安直だが、他に何を贈ればいいかわからないんだ。うちの母は、なんだかんだと食べ物関連は好きに取り寄せているし、日ごろ弟やその友人達が懇意にしてくれているようで、何気ない日でもプレゼントを多数貰っているようでな…」
「なるほど」
「小さい頃は教会配布の花を渡していたが、大人になってからはバラを一輪贈るだけになってしまった」
「チャンピオン、お忙しそうでしたもんね。今もお忙しそうですけど」
何となしにマリエがそう返すと、ダンデは困ったように頬を掻いて「なんだ、俺のこと知っていたのか」と眉を下げて笑った。
「ええ、もちろん。お顔はテレビや雑誌で幾度か拝見しています。私はバトルはしませんけど、ポケモンを所持するトレーナーの端くれでもありますから」
「なんだ。あなたもポケモンを持っているのか。一体だれを?」
「イエッサンとニャスパーと、それからヒメンカです。あ、もうすぐ着きますよ。店内に三匹ともいると思います」
会話をしながらだと存外早く着いた。
ドアベルを鳴らしながら「ただいまー」と中へ呼びかけると、イエッサンが「りゅん!」と鳴いて出迎える。
「ただいま、ありがとうイエッサン。お客様よ」
「おっ、こんにちはイエッサン。とても毛並みも綺麗で…。きみは大事にされているんだな」
「りゅりゅりゅん」
褒められたイエッサンは楽し気にダンデの周りを飛び跳ねる。
それを後目にマリエは持っていた空き箱を作業台下へ戻すと、カウンターに寝そべっていたヒメンカを一撫でしてカタログを取り出す。
「ダンデさん、母の日の贈り物ですが、当店だとこういうアレンジもあるんです。いかがでしょうか?」
イエッサンと戯れていたダンデが呼ばれてカウンターへ近付き、やはりここでもヒメンカを撫でてからカタログに目を落とした。
「たくさんあるんだな。これは?」
「これはフレームアレンジです。額の中にプリザーブド加工といって枯れにくく加工した花を閉じ込めて壁や台座の上に立てかけたりして飾っていただくものですよ」
「なるほど…」
「ちなみにダンデさん、ご予算は?」
「特にない」
「かしこまりました」
太っ腹だが、確かに母へのプレゼントで予算に頭を悩ませるような人間には見えない。
それなら、とマリエはメモを取り出してペンをすらすらと走らせる。ダンデはそれを興味深げに見つめ「はなことば?」と呟いた。
「ええ。花にはそれぞれ思いが込められた言葉がついているんです。よろしければ、母の日に会いそうな花言葉を持つ花をピックアップしようかと。花の種類も決められますし」
「それはいい考えだな。頼んだ」
「お任せください」
すらすらと思いつく限りの花と言葉をリストアップし、おおよその予算、色合い、それからダンデが贈って見知っているであろうバラの花を大きさの基準にして情報を書き連ねていく。
その間ダンデは、休憩スペースに専用の小さなハンモックを張って寝ていたニャスパーを見つけ、ちょっかいをかけて案の定邪魔されたニャスパーが不機嫌になりながら文句を言い、それを笑いながら受け止めて遊んでいた。
「ダンデさーん」
「お、すまんすまん。じゃあなニャスパー」
「んっにゃ!!」
ぷりぷり怒るニャスパーは再びハンモックへ寝そべり、笑いながらカウンターへ戻ってきたダンデはメモ用紙を見て驚く。
びっしり書き込まれた情報をしっかりと見て、マリエへ「ペンを貸してくれ」と頼む。
青いインクのペンを渡せば、ダンデがうんうん唸りながら丸を付けたりチェックをしたり忙しなく手元を動かした。
「よし。これがいいな」
「どれでしょう…わあ、たくさんありますね」
チェックがつけられた花は全体的に赤や紫、ピンクと可愛らしい色合いばかりだ。
「アジュガ、アザレア、カーネーション、カタバミ、カモミール…なるほど、ではやっぱりブーケよりフレームアレンジのがいいですね」
それなら様々な種類の花であっても高低差や茎の長さを考えず、色合いとバランスだけ考えて、ぎっしり敷き詰めればとてもキレイで可愛いものが出来上がる。
ホワイトのフレームで、アザレアとカーネーションをメインに、その隙間を縫うようにアジュガと、ムラサキカタバミを葉をつけたまま加工して詰める。ポイントにカモミールを数か所乗せてガラスフレームで閉じればきっと素晴らしいものが出来上がるだろう。
マリエ個人的にはそこへ何か実ものを入れたいところだが、これは個人のオーダーなので我慢する。
「デザインや、そういったアレンジはすべてあなたに任せる。俺には不得手な分野だからな。一度出来上がったら写真を送ってくれないか? 母に贈る前に見てみたい」
「ええ、それはもちろん。あ、当日は私の店から直接郵送いたしますか?」
「そうだな…そうしてもらえるとありがたい。実というと、今度いつここへ足を運べるかもわからなくてな」
「そうですか…お忙しいですもんね。お体にだけ気を付けてくださいね」
「ああ、ありがとう」
軽い会話を交わしながら、実際使うフレームをカタログで見せてチェックをし、花の仕入れと母の日当日に郵送する住所とを記入してもらう。
「代金は、今払った方がいいだろうか」
「いえ、花の価格は変動するので後払いでお願いします。出来上がったお写真と一緒に代金はお知らせいたします」
「わかった。よろしく頼む」
「はい」
最後に、ダンデ自身の連絡先と写真を送るIDを記入してもらい、マリエがそれをチェックする。
脱字のようなものも判別つきにくい文字もないため、「ありがとうございます」とにこやかに返事をする。
「それでは、出来上がりを楽しみにお待ちくださいね」
「ああ! 本当に何から何まで助かった。友人たちがみな口々にあなたのことを言うものだから、いったいどんな人だろうと思っていたんだ。やっぱり噂通り優しくて素敵な人だったよ」
「えっ」
「じゃあ、連絡を待っているよ。ありがとう」
マリエは急に褒められて固まり、それに対してお礼も言わせてもらえない速さで颯爽と店から出て行ったダンデの広い背中を見送るしかできなかった。
𖤣𖥧𖥣。𖤣𖥧𖥣。
*アジュガ/心休まる家庭
*アザレア/私のために体を大切に
*カタバミ/母の優しさ
*カーネーション/あなたを決して忘れません、母の愛、母への愛
*カモミール/母の愛情