なにもない場合は、マリエになります。
はなのわ 2022了
おなまえ
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𖤣𖥧𖥣。𖤣𖥧𖥣。
そろそろお昼にしようかという時刻、カラコロとドアベルが鳴らされた。
「いらっしゃいませ」
入口を見れば、キャスケットを被り、薄い紫の薄手のシャツコートを羽織った人が立っている。
すたすたと真っ直ぐに、カウンターへ座ってリボンの発注をしていたマリエへ向かってくると、キャスケットのつばの下から濃い紫の瞳がマリエを見下ろした。
「…あの…?」
じっと見てくるその顔に見覚えがあるような、とマリエが首をかしげると、目の前の人物はフンと鼻を鳴らしてキャスケットを取った。
天使のような銀髪が現れ、マリエは「あ」と思わず声を出す。
先月ごろに花を贈った相手だ。
ビートは声を出したマリエを見下ろしたまま、一度大きく深呼吸をした。
「…あなたが店主ですか」
「…え? あ、ああ、はい。そうです」
「ふん…なるほど。先月は素敵なギフトをどうも」
「いえ、こちらこそ」
案外素直に話す人だな、と思った。
ジムチャレンジの時のような高圧的な雰囲気は多少残ってはいるものの、いくらか落ち着いたのか話し方は丸くなったように思える。
実況にすら噛み付いていたのを覚えていたマリエはビートの成長ぶりに少しだけ嬉しくなった。
「…あれを」
「え?」
急に、ぼそりと声を潜めたビートにお客様だということを一瞬忘れて思わず聞き返す。
「あの花です。あの花、送り主はこちらへ来たのですか」
ああ、とマリエはまた嬉しい気持ちになる。
ちゃんとビートにその真意は届いたのだ。彼女たちがこの人を大切に思っているという気持ちが届いたのだ。
だからこうして、ビートは少しだけ哀愁が見て取れる表情でマリエに彼女たちのことを訊ねに来た。
あれから会ってはいないのだろうか。ビートは会いたいのだろうか。
「…いいえ、残念ながら私はSNSでオーダーを受けたので電子対面のみです」
「そう、ですか」
「…連絡先はまだありますので、よろしければあなたへ無事届いたことをお伝えしましょうか」
少しお節介が過ぎるかな、と思ったがもう声に出してしまったのだから仕方がない。そのままビートがどう動くかなとのんびり構えながら待っていると、なんとビートはこくんと頷いたのだ。
僅かに驚いたのはマリエのほうで、けれど顔には噯(オクビ)も出さず、「わかりました」と穏やかに告げる。
「できれば、あなた達にとても感謝しているということも、お願いできますか」
「…もちろんです」
「ありがとうございます…。いえ、そうではなくて、今日は別にロー…このことを言いに来たわけではないんです」
「ええ、はい。なんでしょう」
急にワタワタと白い肌を赤くしたビートはごほんと一度咳払いをするとすっとトレーナーカードを見せてきた。
けれどそこに写るのはビートではなくて白髪が素敵な魔女のように愛嬌のある可愛らしい老女。前任であるポプラのトレーナーカードだ。
疑問符を浮かべながらビートを見れば、「この方をご存知ですか」と呟く。
「ええ。何度かテレビで見ましたので。フェアリージム前任ジムリーダーのポプラさんですよね」
「そうです。なら話は早いですね。この方へ引退の花、いわゆる引導ですよ、引導。それを渡そうと思いまして」
「はあ…引導にお花を…」
それはもうお葬式ではないのだろうか、と思ったがマリエは黙るに務めた。
きっとそういった強がりなのだろうなというのがなんとなく察せられたからだ。
ブーケを作ってビートからポプラへ「引導ですよ」などと言って渡しでもすれば、きっとポプラのほうから「喝!!」と飛んでくるのではないだろうか。教育的指導を受けるビートが目に浮かぶ。
いやいや、それはやっぱりだめだろう。
きちんと教えた方がいいかもしれない。
「あの、ブーケを作るのは全く問題はないのですが、引導をという意味だとそのう…あまりいい意味ではないのですが」
「なっ」
「あ、た、単に引退おめでとうこれからゆっくりしてくださいね、とか、今までお疲れ様、だとどうでしょう? ダメですか?」
やんわりとマリエが話せばビートは紅潮した頬のまま、ぐぬぬと下唇を巻き込んだ。
「…ま、まあそれでいいでしょう。今回はそういった普通に良い意味の花束でもプレゼントしてやります」
「それはよかったです」
今回は、というのはどういうことだろうと思いつつも、マリエはビートへどういったものがいいか提案する。
お礼の花と言ってもブーケタイプなのか先日ビート自身がもらったような花器タイプ、バスケットアレンジにプリザーブド加工、ガラスドーム、フレームと様々な種類がある。
スタンドタイプは祝い向けなので今回のオーダーにはちょっと向かないだろう。
「そうですね…そんなに派手でなくていいのです。ポプラさんのような魔女っぽい感じで」
「ま、魔女…えっと。では、紫をベースにしましょうか。ミニブーケで、あまり仰々しくすると引退されることをとても望んていたかのように思えちゃうかもしれないので、落ち着いた雰囲気で、かつ茶目っ気ある可愛らしさと」
「ああ。それならいいですね。ではあとは任せました。ボクにはそのあたりサッパリなので」
「はい、任せてください。すぐできあがりますので」
ビートはそういうと足元で先程からちょこちょこ動いていたニャスパーに釘付けになる。
マリエの手持ちにフェアリーはいないけれども、ビートはエスパーも扱うと聞くため、ニャスパーが気になっていたのかもしれない。マリエはあとの接客をニャスパーに任せ、ケースからイエッサンとともにギフト用を手早く準備していく。
イエッサンが作業台にリボンやワックスペーパー、輪ゴム、剪定ばさみなどを準備してる間、マリエはピンクのバラ、白いピンポンマム、紫のフリージアとストック、それからシルバーグリーンのハートのユーカリを取り出す。
メインはフリージアで、その縁取られたような紫が目を引く。
わさわさと花付がいいものを沢山寄せてボリューミーにしつつ、その周りにバラを、正面から見たときに後ろが高くなるようにストックを奥に配置し、その周りにシルバーグリーンのユーカリを配置するためワイヤでピンと伸びるよう加工する。
大きなブーケだと花との間に差して動きを固定できるが、ミニブーケだとそうもいかないため、くるりと目立たないように細く小さなワイヤで茎を固定するのだ。
紫とピンクの神秘的な花束からシルバーグリーンの色が映え、そこに白のピンポンマムを散らすととても可愛らしい。
それになんだかアラベスクタウンのような神秘さも出たような気がする。
ワックスペーパーをピンクと、シルバーミストのホロタイプを使用してキラキラさせ、その上からホワイトゴールドの不織布で覆って紫とシルバーグリッターのリボンでふわりと結ぶ。
「お客様」
「ああ、できましたか」
人から見れば真顔のままニャスパーを散々にモフモフしていたビートは、呼びかけに応じてニャスパーを抱き上げたままカウンターへ近付く。
ビートの手の中のニャスパーがどことなく不遜な態度だ。
「いかがでしょうか? ポプラさんらしさ、出ていますかね」
「…素晴らしいです! とてもポプラさんですよ、これは! オリーヴさんから頂いたフラワーギフトもとても素敵でしたから、間違いはないと思っていましたがやはり素晴らしいです!」
「わあ、ありがとうございます」
興奮のあまり、ビートは秘密の贈り主のことを口走っているが、マリエはあえて聞こえなかったふりで務めて穏やかにお礼を述べる。
ニャスパーが「にゃにゃっ」と不機嫌になりながらビートの手から脱出すると、マリエは代わりに綺麗に包んだミニブーケを入れた紙袋をビートに渡す。
すぐに丁寧に受け取り、スマホロトムで支払いを済ませると、これまた来た時とは違い丁寧に頭を下げてからキャスケットを被り、店を退店した。
その背中を見送り、マリエはすぐにSNSのメッセージを開き、まだ残っていた前回の古いやり取りから彼女達の連絡先へ新しいメッセージを打ち込んだ。
𖤣𖥧𖥣。𖤣𖥧𖥣。
*バラ(ピンク)/感謝
*ピンポンマム/高貴、私を信じて
*フリージア(紫)/憧れ
*ストック/永遠の美
*ユーカリ/新生、思い出