なにもない場合は、マリエになります。
はなのわ 2022了
おなまえ
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𖤣𖥧𖥣。𖤣𖥧𖥣。
―明日のエキシビションマッチ開始までに、できれば届けてほしい。
そうオーダーが入ったのは午前中だった。
メッセージに目を通せば、値段は1万円以下ならいくらでもいいこと、できれば希望を見出すようなメッセージが込められた花であること、それらをホワイトのバスケットもしくはガラスの花器に入れてアレンジしてほしいこと、そして贈る相手は美しいあの青年であることが綴られていた。
「送り主は…O? オー…? イニシャルかな。でもまあできたら写真を撮って送って、それで大丈夫なら振込口座を教えてくださいって書いてあるし、受けようかな」
贈ってから支払います、なら受けなかっただろうし、なによりプレゼント相手があのビートだ。きっとファンかなにかなのだろう。
新進気鋭のチャンピオンと同期で、天然カールの銀髪が美しいフェアリージムの新ジムリーダー。容姿もさることながら佇まいから振る舞いまで洗練されていると聞く。
ジムリーダーやトレーナーのファンと言えば、最大手はもちろんチャンピオンユウリや元チャンピオンのダンデ、そしてキバナ。続いてルリナやマクワが多いがそこにこのビートも食い込んできているという。
ファンからの要望でフラワースタンドを作ることは多かったが、大抵はファン一同と記すか、個人の名前を記入してくれというものばかりだ。イニシャルのみというのは珍しい。
奥手さんなのかな、と思いながらマリエは作業台の下にあるバスケットや花器を漁る。
希望を見出すようなメッセージ。
実現できないと言われていたフェアリージムの新しいジムリーダー就任。あのポプラが見つけた逸材。
ピンクを基調にしているジムだけど、それよりも神秘的なカラーリングのがいいかもしれない。それともフェアリーらしく、パステル調のがいいか。
色々と考えながら、まずはターフ農園花市場へ電話をかけて希望の花があるか聞いてみた。
「あ、ありますか? ではすぐに受け取りに行きます」
見事、花は確保した。
エキシビションマッチは午後からだ。今日作って、夕方までに明日の朝スタジアムへ届くよう郵便局に手配すれば十分だろう。
店の番はイエッサンとニャスパーに任せて、ヒメンカだけボールに入れてタクシーを捕まえるとターフ農園花市場に飛んだ。
目当てのものは青いバラと青紫のカーネーションだ。
市場に滅多に出ない、自然界ではお目にかかれない人工の青い花たち。
遺伝子配合を何とかクリアして作り上げられた奇跡の花。
それをカントー人が成し遂げたときは世界中が沸いたなあとマリエは感慨深く頷く。
バラを5輪、バランスを考えてカーネーションを4輪と紫系統のスターチスを少し、それから青いネモフィラを沢山。グリーンのハランを少々買い求めて、すぐにまた店へとんぼ返りした。
着いて直ぐにネモフィラをプリザーブド加工していき、ガラスの器を探す。
フェアリーの神秘的さと、ビート本人の綺麗さを表すのはバスケットよりガラスの方がしっくり来た。
何個か手に取って思案して、ようやくマリエは一つの太いビーカー型の器を手に取り作業台へ置く。
その間に手順を覚えていたイエッサンがネモフィラの加工をすべて終えてくれていた。
お礼を言って、ガラスの器を綺麗に磨き上げると、一応中に縦長に切ったセックブリックを入れて、そこへワイヤ加工をしながらネモフィラの細長い茎を突き刺して、ガラス瓶の底を青い花で覆いつくすようにぐるりと一周させていく。
ぱっと見る感じ、ネモフィラの詰まったガラス瓶だ。
上から覗いて、ネモフィラを内側から覆うようにハランの葉をくるりと瓶の中へ巻いてから、内側全体にセロファンを敷いてぽっかり空いた中央部分にフローラルフォームを置く。
これで外側から見れば、ネモフィラが茂った中からバラたちが生えているように見えるはず。
ガラス、ネモフィラ、ハランの葉、セロファンの順にガラス瓶の中央に詰めていく様はなんだか家の外構作業をしている気分にでもなってくる。
特性の保水液を浸み込ませたフローラルフォームに、今度は青いバラ、青紫のカーネーション、紫と薄紫のスターチスを差し込み、華やかにする。
茎もそれぞれ高低差を出して切り、少ない量ながらボリュームのある花のおかげでだいぶと豪華だ。
予算的には8000円以下に抑えるつもりだったのでバラもカーネーションも少ない量の購入になったが逆にこれくらいでよかったとマリエはほっと息を吐く。あまりワサワサしてもケバくなる。
青いバラと言っても人間の視覚的には紫のバラなので、同系色の花で揃えたからとても華やかでシックで、それでいてガラスの花器に光が反射すると中のネモフィラが青く光る。
意外とパステル調じゃなくても、フェアリージムのビートらしくできたのではないだろうか。
マリエは何枚か角度を変えて写真を撮ると、それを朝送られてきていたメッセージへ返信する形で送信した。
Oからはすぐに返信が届き、「とても素晴らしいです。きっと彼も喜んでくれるでしょう。振込口座を教えてください。振込が確認でき次第、彼へ、スタジアムへ届くよう手配をお願いします」とある。
マリエはかしこまりましたと打ち返し、口座も教える。
暫くするとネットバンキングからの振り込みを確認したメッセージがピロリと届く。
「…オリーヴ…?」
ネットバンキングの振込人の名前はオリーヴと表示されていた。
なんだか聞いたことがあるような名前だ。イニシャルOはオリーブというのか、と思う間もなく、記憶の引き出しを漁る。
メッセージへ「確認しましたので郵便局へ手配いたします。控室へ直接お贈りするかスタジアムロビーのギフト集約場所へお贈りするか、教えてください」と返信し、ガラスの器のくびれ部分に細幅の深い赤のリボンとゴールドのシースルーリボンを巻き付け、シンプルに結ぶ。
配達用の保護ボックスを用意していると返信があった。
「うんうん、控室へね。うーん、オリーヴ…オリーヴさん……?」
了解した旨を送り、マリエは花器を保護フィルムで覆ってからヒメンカとニャスパーへアロマセラピーとひかりのかべをお願いする。
ヒメンカがアロマセラピーを花全体へかけた瞬間を狙って、今度はニャスパーがひかりのかべを展開してふよふよ漂う蠱惑的な色の技を四角く囲んで閉じ込めてしまう。
これで花は今度ギフトボックスを開けた時までシャンとしているのだ。
ひかりのかべはギフトボックスが開けられるまでの2日程であれば、じわじわと持ってくれるしアロマセラピーの技も同様。
ポケモンの技は日々の日常にうまく使えばとても便利だ。
「あ!! 思い出した! オリーヴさん!」
「にゃっ」
「わあ、ごめんねビックリしたね。痛かったね。大丈夫?」
驚いたニャスパーが飛び上がり、切り取っていた葉に滑って転んだ。
イエッサンがよしよしと宥めるのを横目にマリエは軽く謝ると、頭の中の引き出し漁りを漸くやめた。
オリーヴ、ビートとくれば元委員長のローズだ。
確かローズ元委員長がビートを孤児院から選出してトレーナーとして育てたと聞いている。秘書であり敏腕右腕でもあったオリーヴがそんなビートを知らないわけがない。
ローズ元委員長は逮捕されたが、国家転覆のような思想犯罪にも関わらず、燃え尽きた後のような、殊勝な姿勢が評価されたのか現在は執行猶予付き判決を受け、釈放されている。とはいっても監察付ではあるだろうが。
「今も一緒にいるのかなあ…ニュースじゃそこまで詳しくしないからわからないのよねぇ…」
そもそもマリエには何があったかすら大まかにしかわからない。
元チャンピオンのダンデと現チャンピオンのユウリが深く関わっていること、そこにブラックナイトが不随すること、思想犯罪だったことなどしか報道されなかった。
ネットでは様々な憶測が飛び交っているようだが、そういうものに興味がなかったマリエは見てすらいない。
そんな、渦中の人だった元秘書からのオーダー品。
ビートは、わかるだろうか。
時折流れていたジムチャレンジバトルの様子だと、ビートはかなりローズに陶酔していたようにも思える。
彼に認められるよう頑張らなくてはと躍起になってバトルしていたし、事実実況もそのようなことを述べていた。
カウンターにあるメッセージカードを二枚手に取ると、マリエはすらりとペンを走らせる。
―ジムリーダー就任を誇らしく思います。どうか幸せに。
これはオリーヴから事前にお願いされていたメッセージだ。
その最後に小さくイニシャルO、そして少し考えてからマリエは迷って、それよりもっと小さくand Rと綴る。
二枚目のメッセージカードには「5本の青いバラ、青いカーネーション、ネモフィラ、スターチス、そして中にはハランの葉。 店主」とだけ綴る。
こう書けば、賢そうな彼のことだからきっと調べるだろう。
どうかビートに彼女たちの思いが素直に通りますようにと、マリエは願ってペンを置き、郵便局へ電話をかけた。
𖤣𖥧𖥣。𖤣𖥧𖥣。
*バラ(青)/夢叶う
*カーネーション(青紫)/永遠の幸福
*スターチス/成功
*ネモフィラ/どこでも成功
*ハラン/強い意思
*5本のバラ/あなたに出会えて本当に嬉しい