なにもない場合は、マリエになります。
はなのわ 2022了
おなまえ
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𖤣𖥧𖥣。𖤣𖥧𖥣。
前々日に電話予約があった翌日は花の仕入れに行き、来店当日はオープン前からせっせと花束を作っていた。
マリエは久しぶりにこんなに大きなブーケを作るなあと思いつつ、加工してはバランスを見て間引きしたり増やしたりの手を止めない。
如何せん、オーダーのあったものの花それぞれの個性の主張が強く、ひとつひとつが派手だ。なんならそれ単体の主役でブーケが作れる花ばかりを寄せて一つにしているため、バランスがとても難しい。
難注文を電話でオーダーしたのは元ジムリーダーでパンクロックバンドのボーカルでもあるネズだ。
最愛の妹へジム新装、リーダー就任の祝いを込めて花を贈るのだというから微笑ましくなったものの、その後に続いた花のオーダーで思わず普段穏やかなマリエの顔が真顔になった。
妹に見合う花を、似合うカラーイメージで、派手に、けれどけばけばしくなく可愛さもあったもの。それでいてグローブアマランスとアルストロメリアは必ず入れてほしい。それから妹が好きな花でもあるエーデルワイスも。
注文が多すぎて途中でメモを取ったが、花の名前を言われた辺りから真顔になった。
グローブアマランスはまだいい。
よく結婚式やプロポーズ用のブーケにも使うもので、小ぶりなものから大きなものにまで使いやすい。
ただ、アルストロメリアにエーデルワイスは合わないだろう。五十歩譲ってグローブアマランスはアルストロメリアとなんとか馴染ませられる。が、そこに可憐なエーデルワイスを入れるととんでもないことになる。そもそも高さも雰囲気も全然合わない。
真っ当な花屋であれば、いくら客の要望であっても恥ずかしくて店名はださないでくれと願う組み合わせだ。
その要望に何とか頷いたのは受け取りに日にちがあったからだ。
一日で何とか組み合わせを考えてダサい花束を作らないようにデザインをしなければ、と前日のマリエは急遽店を休みにした。
金額に糸目はつけないと太っ腹発言ももらっていたのでそこに頭を悩ませることがなかったのは幸いだった。
迎えた当日、オープン前から前日に練っていたデザイン案を紙に描きおこしてそれを確認しつつ特大ブーケの作業に移っていた。
花を綺麗にして、ワイヤ加工するものは手早く済ませる。
それでも数が多いため、いつの間にか開店時刻になり、開店準備はイエッサン達に任せ、シャッター操作だけ行ってドアを開けておくとまたオーダー品に取り掛かった。
オーダー品であるグローブアマランスに合わせるように一回り大きく見た目も似ているアリウムを重ねる。
一番派手なアルストロメリアは中心に寄せて、一つの大きな淡いピンクの花のように見せる。それでもアルストロメリアの中心に入る黄色と茶色の模様がどうも派手だ。
それを誤魔化す様に、周りに同系色のカランコエを散らす。ブーケ用に品種改良されたカランコエの細長い茎を補強しつつ、カランコエの花の間に入り込むようにプリザーブド加工したエーデルワイスをワイヤで組み込んで加工していく。他の花に合わせられるように一週間は持つよう保水加工も根元に施した。ヒヤップ印の保水液は枯れ知らずだ。
なんとかぼかせるようになったが、どうもエーデルワイスの薄い銀毛が生えたシルバーグリーンが目立つ気がするので、湾曲に加工したミスカンサスを合間に、それからそのまま綺麗に弧を垂らして外側を埋めるアリウム達の間に差し込む。
パッと見た色的にはピンク系統でまとまったのではないだろうか。
ミスカンサスもなるべく白が多いものをより分けて使ったため、グリーンという違和感があまりない。おまけにエーデルワイスとも相性がよく見える。
ふう、と腰に手を当てて一歩後ろに下がり、全体を見るマリエに、手持ちたちが労いの拍手を送る。
「ありがとう~…ちょっとどうかな? いい感じじゃない? 派手過ぎず…けど地味じゃないし、妹さんの感じ出てるかな」
「ひめめ」
「にゃぁん」
「るるん」
三匹から褒められ、マリエはヨシと気合を入れなおす。
長年マリエの店を手伝っている三匹はそれぞれ性格は違うもののこういったことへの感想は素直だ。ダサいと思えば首を振り、素敵だと思えば褒める。
こうやって難解なオーダーが来た時などはとても頼りになっている。
「よし。じゃああとのペーパーやリボン類もお客様に任せっよか」
もしかしたらこれもこだわりがあるかもしれない。
そうこうしているうちに、時刻は10時半になり、カラコロとドアベルが軽い音を立てた。
「いらっしゃいませ」
「どうも、こんにちは。電話をしていました、ネズです」
「はい、お待ちしておりました。先ほど粗方完成いたしましたので一度ご確認ください。手直しがあれば致します。すでに残るはリボンやペーパーを決めるだけにしてはあるんですけど…」
「そうですか」
ホワイトとブラックの髪を纏めたラフな格好のネズは、ステージや音楽番組で見た時よりすっきりした顔をしている。メイクで分かりづらくなってはいるけど、綺麗な顔立ちだとマリエは一人で納得する。
ネズを作業台に案内して、台座に乗せたままの大きなブーケを見せれば、「ジーザス」と小さく呟かれた。
どっちの意味だ、とマリエはネズを窺う。
事実手直しはすると伝えてはいるものの、また一からこの規模のものをやり直すのは骨が折れる。
内心冷や冷やしながらネズの次の言葉を待てば「素晴らしいじゃないですか」と褒められた。
思わず肩の力を抜いてほっと息を吐く。
「そ、れはよかったです」
「オーダー通りです。流石店長ですね」
「ありがとうございます…! そ、それではリボンやペーパーですが」
リボンのかかっている収納棚を掌で示せばネズもそちらを見てすぐに「アレです」と指さす。
幅広の淡いピンク色と一見黒にも見える濃い紫のリバーシブルリボンだ。
頷いてマリエはそれと、アイボリーのレースリボンも手に取り、ワックスペーパーもそれに合わせてクリーム色にする。ちゃっちゃかとペーパーで巻いて処理をして、指定のリボンとレースで可愛くダブル蝶結びにして華やかに仕上げた。
大判の紙袋に直接入れると崩れそうで怖かったので、大きめの透明フィルムで覆ってからしまう。
「本当にありがとうございました。おかげで今日のディナーは素晴らしいものになりますよ」
「それはよかったです。私も今回はかなり力を入れたので、妹様にも喜んでいただけそうで嬉しいです」
「…まあ、結構店長の噂は聞いてましたからね。変な出来にはならないと思ってました。自分でも難しいオーダーだとはわかってましたから、助かりましたよ」
ネズの言葉に、心から嬉しくなる。
そのままスマホロトムで会計をすますと、大きな紙袋をとても慎重に持って決して揺らさぬよう抱え、猫背のまま退店していったネズにマリエは漸く穏やかな気持ちで頭を下げた。
***
その日の夕方前、クローズ準備をしはじめようと箒片手にカウンター周りをうろうろしていれば、カランカランとドアベルがけたたましく揺らされた。
また喧嘩かなにかをして奥様への謝罪の一輪かしら、とのんびり「いらっしゃいませ」と振り返ったマリエは、慌てて駆け込んできた客を見て驚く。
午前中にオーダーされたブーケの贈り相手が立っていたのだ。
膝に手を当てて、ハアと大きく息を吐いてからまた大きく吸ったマリィは鋭くて可愛らしい眼差しをマリエへ向けて、それからすぐに困ったように眉を下げた。
「あの。ごめんなさい、こんなギリギリに…えっと、今からでも花束とか、作れますか」
おどおどしたその様子に、驚いていたマリエははっと我に返り、笑顔で「もちろんです」と返す。
「ただ、店内にある花を使用してになってしまいますが」
「だ、大丈夫です。その、兄にあげたくて…そんな豪華なもんやなくてよくって…今までお疲れ様って意味で…」
「なるほど…、お兄様なら、あまり可愛すぎるのはダメですよね?」
頭に思い浮かべる、午前中来店したネズはラフだった。
思っていたよりも柔らかさがある雰囲気の人で、歌っているときとはやっぱり違うなぁと思ったばかりだった。
今来たマリィもテレビで見るより可愛らしい。
黒のレザージャケットはパンクに引き締めていてかっこいいけれど、その下のクリームカラーのレースワンピースは少女から女性へ一歩踏み出したようにも見える。小ぶりのゴールドと赤のピアスも可愛らしい。
「兄、は…可愛すぎない方がいいです。けど、優しいから、それは出したいかも…あ、あと…アレ、アレ使ってください」
「…わかりました。ちょっとお待ちいただけますか? ミニブーケをおつくりしますね」
マリィが指をさしたケースの中には薄紫とホワイトのバイカラーになった珍しいスターチスだ。
それならば、とマリエはケースの中からドラセナの葉とスターチス、小ぶりなグロリオサ、朝の残りのエーデルワイス、それから優しい色合いのピンクのバラを取り出す。
バラを手に取ったからか、マリィはぎょっとしたように目を見開いたが黙って成り行きを見守るに務めたようで、じっとカウンターから手早い動きで作業をするマリエを見つめる。
マリエはマリィの視線に気づきつつ、ドラセナの葉を丸めてホッチキスで止めて土台を作っていく。
ワイヤーホールに土台をひとまず乗せて、そこへ高さとバランス、色合いを見ながら花を中心に入れて加減を見る。
ピンクのバラを中心に、バイカラーのスターチスをフリルのようにしつつ、ひらひらゆらゆらと燃える炎の様なグロリオサを間にさして全体にシックに纏める。
濃い紫のスターチスも追加して、中心は暖色グラデーション、外側に向かって寒色になるように配置しなおす。それから、午前中使ったエーデルワイスの残りをドラセナとスターチスの間に少々。そこへカラーフラワーの濃いめの紫のカスミソウを少し差し込む。カスミソウがあまり多いと可愛くなりすぎてしまう。色がシックとはいえそれではオーダーから離れてしまう。
ドラセナの葉で縁取られたミニブーケは大人の男性が持つにはやっぱりほんの少し可愛いかもしれない。
けれど、これは最愛の妹から贈られるのだ。可愛い妹から少し可愛らしいミニブーケをもらう。あんなにも妹への愛情がある人なのだからそれはもう目に焼き付けるだろうしハグして喜んでくれるかもしれない。
最後にグレーのワックスペーパーで纏めて、濃いモスグリーンで縁取られたホワイトのカーリングリボンでシンプルに結べば終わりだ。
「…とっても手早く作り上げてしまったのでなんともいえないのですが、いかがでしょうか?」
マリィに見せれば、その顔は一瞬きょとんとしたが、小さく口角を上げた。
「うん…バラ持った時どうしようか思ったけど、すごく素敵。兄には可愛いかもですけど、優しい雰囲気のブーケで、かわいい」
「それはよかったです」
「それに、あたし、このエーデルワイス好きなんです。置いてあるの珍しいですよね」
「あー、たまたま入荷していたので。雰囲気に合ったので入れましたけど、お好きならよかったです」
「ふふ、そっか。あ、時間ないんやった! えっと、あの、これお金」
「はい、すみませんお忙しいのにお話ししちゃって」
「いいえ。あたしが話しひろげた…間に合う…いや、待っとってくれるやろーけど…」
包んで紙袋へ入れて、ぶつぶつ呟くマリィへ手渡す。
「店長さん、遅い時間やったとにありがとうございました!」
スマホロトムから支払われた音を聞くと、マリィは慌てて足を入口の方へ向けてお辞儀をして出て行った。
𖤣𖥧𖥣。𖤣𖥧𖥣。
*アリウム/繁栄
*エーデルワイス/高潔な勇気、大切な思い出
*カランコエ/沢山の小さな思い出、幸福を告げる、あなたを守る、人気
*アルストロメリア/持続、未来への憧れ
*センニチコウ(グローブアマランス)/色褪せぬ愛
*ミスカンサス/変わらぬ思い
*バラ(ピンク)/感謝
*グロリオサ/栄光
*スターチス/途絶えぬ記憶
*ドラセナ/隠しきれぬ幸せ
*エーデルワイス/大切な思い出