なにもない場合は、マリエになります。
はなのわ 2022了
おなまえ
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𖤣𖥧𖥣。𖤣𖥧𖥣。
午後の日差しが店内に注ぎ、ヒメンカの頭の花が一層綺麗に輝いて花粉をポコポコと出し始める。イエッサンがその花粉を透明な瓶に綺麗に集めると、5cm程度の小瓶2つが満タンになった。
1つは自宅用に、もう1つは店に置く用に可愛く赤い麻紐とオレンジの麻紐でリボンをつける。
ヒメンカの花粉には治癒効果があるため、ヒメンカをパートナーにしている花屋などではよく店頭にヒメンカの花粉が置かれる。
子供が風邪などを引けば大概この花粉を煮出して甘い蜜と混ぜて飲ませれば次の日には元気になる優れもの。
民間療法だとバカにはできず、実際病院にかかっても医者から「ヒメンカの蜜漬け花粉を飲めば治る」などと追い出されることもあったりする。カロスやイッシュでは薬局で処方されることもあるらしい。
事実マリエの店先に置いてブラックボードに「花粉あります」と出すだけで情報を聞きつけた一時間で売れてしまう。その内ヒメンカの花粉専門店とかも出てきそうだなあと思いながら、小瓶をひとつ、レジ前においてみた。
今日は来店したお客様にのみ、買うかどうか判断してもらおうと思い店先にボードは出さなかった。
ラジオは午後のリラックスソングを流し始めた。
カラコロとドアベルを鳴らして入ってきたのはバウタウンのジムリーダーだ。
相変わらず綺麗な深海の瞳をしていて、颯爽と歩く姿は様になっている。
今日は長い髪を1つに緩くシニヨンにしていて、カジュアルな服装をしていた。キラリと輝く細身のゴールドブレスレットがお洒落だ。
「いらっしゃいませ」
昨夜マリエの店のSNSにメッセージを送信されていたため、来店することはわかっていた。
フラワーアレンジメントを贈りたいけど、相手にどのようなのがいいのか全く見当がつかないから相談もしたい、ということだったので、今回は何にも用意はしていない。
ただ、今朝はある程度の種類と量をいつもより多めに入荷しておいたため、備えは十分だ。
「あの、メッセージを…」
「はい、ルリナ様ですね。お待ちしておりました」
ほっと息をついたルリナはカウンターにいるヒメンカを見てふにゃりと目じりを下げる。
ヒメンカの定位置となっているレジ前のサボテンは今日もヒメンカによって一回り大きく成長し、花まで咲かせていた。
「どうぞおかけになってください」
相談、と聞いていたため木製スツールを用意していたマリエは、カウンターの向こうにいるルリナの近くへ軽い音を立てて置いた。
おずおずとそこへお礼を言いながら腰かけたルリナにイエッサンがカタログを渡す。
「その…友人から、花を贈るのならここの店長さんが優しく相談に乗ってくれるから聞いてみたらって教えていただいて…」
「あら、それは嬉しいですね。ふふ、ありがとうございます。ご期待に沿えるかはわかりませんが精一杯頑張ります」
ルリナの言葉からマリエの頭の片隅にふわりと跳ねる薄いキャロットカラーの髪が揺れる。
ルリナは深海の瞳をカタログのページから逸らし、目の前のカウンターで穏やかに微笑む店主を見る。
「……あの、店長さんは、男性に花を贈ることってどう思いますか」
「男性ですか…。職業的には全く問題ないですよ! と言いたいところですけど、未だに花は女性に、なんて風潮があるもの事実ですよね。実際花が好きなのは女性のが多いのもあるかもですけど…極端に言ってしまえば、そのお相手による、ですね」
「相手に…」
暫く黙り込んでしまったルリナを見て、マリエは「やっぱり」と言い出すかどうか眺めることに徹した。
いざ店に来てみたものの、「やっぱりいいです」と去っていく客はそう少なくない。大抵は花束やアレンジの金額が1,000円程度で豪華なものが買えると思い込んだ客だったり、飛び込みで来店して探している花がなかったりだ。
さあどうかな、とマリエはにこにこ穏やかに微笑みながら、眉を寄せて考えるルリナを見る。
暫く悩んでいたルリナが、すっと涼やかな視線をマリエに戻し困ったように眉尻を下げて笑った。
「相手、ターフタウンのヤローさんなんです。植物がお好きなのは知っていますけど、貰っても嬉しいのかな…」
へら、と困ったように、そしてほんの少しの悲哀と照れが混じった笑顔。
ヤローと言えば、マリエも随分世話になっている。花市場でよく顔を合わせる人間の一人だ。
とても優しく大らかな彼であれば、ルリナのような女性から何をプレゼントされてもとても喜ぶはずだろうけど、とマリエは思う。
「ヤローさんですか。それなら絶対に喜んでくれますよ」
「そうですか…? でも、いつも周りに何かしらの植物があるのに…」
ちらりとルリナの視線がカウンターで微睡むヒメンカに向く。
事実ヒメンカはヤローの手持ちにもいるしターフタウン全体にもよくフワフワと遊んでいる。
それよりも。
「ふふ。普段植物を扱っている人って、なかなか自分にはそういったプレゼントって貰えないんです。別の職業で植物が好きならプレゼントしてもらえるのに、植物が好きで植物を扱っている職業の人にはなぜか皆さん贈られませんよね。とても好きなのに」
「好き…」
「はい。ヤローさんはもちろん、私もですけど、植物が好きで始めた仕事です。どんなものであっても他人から自分の好きなものを贈られたらとても嬉しいです」
「…店長さんも嬉しいですか? 例えば、花束とかもらっても」
「もちろん! 綺麗な花束だなーとか、あ、この花うちにも置いてある! とか、仕入れてない花なら今度仕入れてみようかなとか、楽しく考えることはたくさん出てきます」
「…そっか…」
マリエの言葉に、ルリナはとても安心した顔をする。
そしてウンと頷くとペラペラとカタログを捲り、コレと指をさした。
「私、花束とか贈るのはちょっと気恥ずかしくって。だからこういうバスケットタイプがいいなって思ってたんですけど」
ルリナの指し示したところには花籠が載っている。バスケットだと花瓶に生ける手間もないし、花束をもらうよりも気安くていい代物だ。
「とてもいいと思います。フラワーバスケットも色々種類がありますけど、どれにしましょう?」
マリエが作業台の下からいくつかバスケットの種類を見せると、ルリナは平坦な、それでいて持ち手部分がオーソドックスなカントリー調のバスケットを指さした。
それを持ってカウンターに置き、今度は挿し入れる花を訊ねる。
「お好きな花、必ず入れたい花、それと、お相手が好きな花なども御存知でしたらお入れします。ただ、本日のお渡しだと今店内にあるものだけ、になってしまいますが」
くるりとルリナが横を見てその花の種類の多さに目を丸くする。
店内にあるものだけと言っても、こんなに種類があるとは思わなかったと呟いたルリナにマリエは「ちょっと普段より多めに仕入れました」と笑う。
「うーん。植物が好きな人って、ある程度その贈られた花の意味とか分かったりします?」
「そうですねえ…私はそれも含めて生業にしているのでわかっちゃいますけど…ヤローさんならある程度の知識はありそうですね。深くはわかりませんけど」
「そっか…じゃあ、日ごろの感謝を込めたいんです。いつもおいしいお野菜くれるからありがとうって。あと…いつもバトル、手を抜かず真剣に相手してもらってるから、それも嬉しくて…」
相性が良い相手だから、多少手加減したところでヤローの勝ち目のが高いというのに、いつも真剣勝負をしてくれる。ルリナが手加減が嫌いだというのを解っているからこその優しい暖かさのあるヤローの真剣勝負。それがルリナは嬉しくて、いつも助かっていた。
ジムもモデルも頑張ると決めたからにはどちらだって真剣にやり抜きたい。相手に同情もされたくないし手加減だっていやだ。見下されたようで短気なルリナはすぐに腹が立ってしまう。
それを見抜いているヤローとのヒリヒリするバトルはとてもありがたかった。
「…わかりました!」
優しい顔で穏やかに、少し照れを混ぜながら話すルリナに心を打たれたマリエはいそいそとはりきってケースから花を出す。
ルリナのように美しい日差しで輝く薄い深海色のリナム、そしてルリナが選んだカントリー調のバスケットに会う色味で緑のラインが美しい白緑のチューリップ、白や黄色のガーベラ、そしてスポンジを隠すためでもあるディスキディア。
次々出す花をイエッサンがしっかりと抱えて、それが溢れそうになる前に作業台に座っていたニャスパーがエスパーでふよふよと作業台へ移動させる。
ケースを閉めたマリエは作業台へ戻ると次々とグリーンのディスキディアをワイヤ加工していく。
「向こうに休憩スペースがありますので、よろしければお待ちになってください。もちろん、出来上がりましたらご連絡しますので店外に出ていてもいいですよ」
「あ、いえ。待ちます」
「かしこまりました。イエッサン、案内を」
楽し気に鳴いたイエッサンは座るルリナの手を引いて休憩スペースへ案内する。
素直にイエッサンについて行ったルリナの背中を見送り、マリエはバスケットを作業台に置くと、中にスポンジを置いてワイヤ加工したグリーンを周りに差し込んでいく。
横からスポンジが見えないように差し込めば、中心に花を差し込む。花はマリエがルリナと話している間にニャスパーが綺麗にしてくれていた。
ヤローの雰囲気をイメージして、豪華なものではなくバスケットに見合うシャンペトル風に。
それぞれの花を種類ごとに寄せて、合間にリナムをカバーグリーンのように差し込む。綺麗にできたか全体を見てバランスを考えて差し込みなおしたり増やしたり。
そういえば金額について聞いていなかったと思ったが、今回はオマケすることにした。もし提示した金額が高いという雰囲気があれば、値下げしてしまおう。
ヤローには日ごろお世話になっているためそれくらい安いものだとマリエは頷く。
こんなものかなと思ったときにちょうどよくイエッサンがルリナを連れてきたくれた。
「お待たせしています。このような形でどうでしょうか? ご意見有ればおっしゃってください。手直しも花の入れ替えもさせていただきます」
ルリナはカウンターに置かれたフラワーバスケットを見て大きく首を横に振る。
「めちゃくちゃいい! です! わ、わあ…可愛い…でもちゃんとヤローさんっぽい…」
「ふふ、全体を緑と、優しい色合いでまとめました。よかったです。お気に召していただけて」
「本当にありがとう! 店長さんに相談してよかった…ソニ、ごほん。友人にも感謝しないと」
「こちらこそ、ありがとうございます」
喜ぶルリナに、仕上げのラッピングを施して紙袋に入れながらマリエは金額を伝える。ルリナは喜んだ表情のまま素直に頷いてスマホロトムを翳した。
高いと言われなかったことにほっと安心すると同時にルリナの素直さに少しだけ心配になる。
「ありがとうございました。あ、あの青いお花はなんですか? 他は見たことあるし解るんですけど」
紙袋を手にしたルリナが不思議そうに尋ねる。
「リナムと言います。ルリナさんのお気持ちがその花に詰まっていますよ」
「?」
「あなたの親切に感謝します、これがその花の花言葉です」
伝えた言葉に、ルリナは照れたように破顔して小さく手を振りながら退店していった。
𖤣𖥧𖥣。𖤣𖥧𖥣。
*リナム/あなたの親切に感謝します
*チューリップ(緑)/美しい瞳
*ガーベラ/律儀(白)、日光(黄)、暖かさ(黄)
*ディスキディア/平和