なにもない場合は、マリエになります。
はなのわ 2022了
おなまえ
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𖤣𖥧𖥣。𖤣𖥧𖥣。
閉店間際にかかってきた電話はまさかの新チャンピオンだった。
その日一日の仕事を終わらせ、ケースの中の売れ残った花を明日午前中で捌けるよう値段を落として売り出すために一輪ブーケにアレンジしていたところ、店の電話が鳴った。時刻は21時のほんの少し前。閉店ギリギリだった。
作業台へガーベラを置いて電話に出れば、ホッとした声の少女が明日のオーダーを依頼してきた。
要望や受け取り時間を聞いて最後に名前を訊ねれば、連日報道されていたチャンピオンだったのだ。驚きつつも何と無く贈り相手にピンと来たマリエは、閉店ギリギリのオーダーに謝るチャンピオンへ気にしない旨を伝えて電話を切った。
翌日、いつもと同じ時間にターフ農場花市場へ赴いたマリエは時期外れで店頭には用意していなかったハウス栽培のキキョウを沢山買い込んだ。
ターフ農場花市場はあらゆる季節の花を取り扱っているため、こういったオーダーの時にとても助かる。スタンダードな花から一般的に流通していない珍しい品種まで何でもござれで、マイナーな花だがどうしても誕生花を贈りたいという無茶な要望にも今まで沢山お世話になってきた。
他にもいくつかオーダーの品と店頭用の補充を買い込み、タクシーを花籠にして店へ戻ると、ヒメンカとイエッサンに店頭用の花の管理と補充をお願いする。
昨夜の内に作っておいた一輪ブーケは銀のバケツへ枝先を突っ込み、取り寄せておいたヒヤップ印の栄養水を入れて店先へ出す。
バタバタと忙しなくポケモン達と開店準備を済ませつつ、シャッターを開けるだけになれば漸くオーダーされていた物の準備へ取りかかる。
チャンピオンのユウリは午前中に受け取りに来る。相手の都合と自分の都合が午前中しかつかないからだそうだ。就任して数ヵ月とはいえ、かなり忙しそうな年下のチャンピオンの電話の向こうの声は疲れきっていた。
「るるん」
可哀想に、と思いながら仕入れた花を花束用に綺麗にしていればイエッサンが鳴いた。
見れば時計を指していて、時刻は開店時間を示している。
「もうこんな時間! ありがとうイエッサン」
任せてよと言うように胸を張ったイエッサンの頭を撫で、マリエはシャッターを開ける。ニャスパーやイエッサンが店先へ重たい花桶を運び出し、ヒメンカがせいちょうを使って生き生きとさせていく。
その間にマリエは作業台へ戻ってオーダー品を作り上げていく。
いつか沢山使ったアカシアよりもほんの少し花が小振りのパールアカシアをいくつかと、多重咲きのホワイトカラーのキキョウ、絞りカラーのキキョウを色味を見ながら混ぜ合わせていく。
そこへホワイトのカンパニュラを織り交ぜ、全体のボリュームを出していく。
葉で整えようかと少し考えていれば、店先に出してあった一輪ブーケを持った近所の主婦が三人、連なって店内へ会計をしに来たため一旦作業をやめる。
ガーベラ一輪はやはり買い求めやすいのか、その後もわりと訪れ、開店一時間で全てはけた。
作業台へ戻ったマリエは緑の葉をとるのを止め、シルバーの毛がふわふわと生えたネコヤナギを取る。
少し銀の葉を残したアカシアと相性もよく、綺麗に馴染んでくれた。
以前オーダーされたチャンピンオンへの花束よりは小振りだが、男性相手ならあまり大きくても困るのでちょうどよいサイズだ。きっと助手の彼も自分の髪色や瞳の色が入った花束に喜んでくれるはず。
チャンピンオンユウリの花束を贈りたい相手が以前店でオーダーしていった前チャンピオンの弟さんなのは、電話で気付いた。
彼からもらった花束と同じ、アカシアを使ってほしいと言われたことで思い至ったのだが、外れではないだろう。
時計を見れば10時半をすぎている。もうそろそろだろうかと手際よくラッピングをしていれば、予想通りドアベルを鳴らしてユウリが来店した。
「こんにちはー! お願いしていたユウリですけど」
「いらっしゃいませ。オーダーありがとうございます。今しがた出来上がりましたのでご確認下さい」
少し息を切らせて来たユウリは店主に促されて出来上がった花束を見る。途端に目尻を下げ、はにかむ。
花束に相手が映っただろうか、店主はほんの少し胸を張って紙袋を用意する。
「とっても素敵です。喜んでくれるといいなぁ」
「ふふ、ホップさんならユウリさんからのものならなんだって喜んでくれますよ」
「あれ、知ってました?」
目を丸くして贈り相手を知っていたことに驚いたユウリに「勘です」と店主は答える。
「勘かぁ。凄いですね。大当たり。…いつも私ばかり応援してもらってるから、私からもなにかできないかなって。…研究頑張ってほしくて」
カウンターにある紙袋に包まれた花束を見ながら微笑んで呟くチャンピオンは、テレビや雑誌で見る好戦的な様子は全くない。どこにでもいる、可憐な少女だ。
その小さな双肩にガラルトップという圧力がかかっていることを思えば、ほんの少し痛ましい。マリエは少しだけ目を伏せてしまった。
時間があまりないと言っていたので紙袋をユウリに渡して、手早く会計も済ませる。
その間にも何度もスマホロトムが鳴っていて本当に時間の合間を縫ってきたのだと感心半分、心配半分でマリエはレジ近くのかごから透明な袋をひとつ掴むとユウリへ渡した。
「え、これ」
ユウリの手の中でかさりと音を立てる透明なラッピング袋の中には砂糖漬けされたバーベナが数輪咲いている。
砂糖でコーティングされたバーベナはキラキラと白い粒が輝き、まるで凍っているかのようだ。
「チャンピオンはお疲れのようですので、糖分をとって頑張ってください。サービスですので」
「…、ありがとうございます!」
ほんのすこし、ユウリの目が潤んだ気がしたがそれもすぐに瞬きの奥に隠れる。
頭を下げると、急かすスマホロトムに「わかったってば!」と文句を言いながら紙袋を揺らして走って出ていくと、店先に停めっぱなしでお願いしていたタクシーへ急いで乗り込んだ。
𖤣𖥧𖥣。𖤣𖥧𖥣。
*アカシア/友情
*キキョウ/友の帰りを願う、永遠の愛、正直、誠実
*カンパニュラ/感謝
*ネコヤナギ/努力が報われる
*バーベナ/魅力