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SB

!ついったであったネタ
!未来捏造




ごぼりごぼりと耳の傍で、奥で、音がする。
それはなんだか脳の奥でも聞こえている気がして、もはやどこから聞こえるのかも解らない。もしかしたらお腹の中から聞こえているのかも。

うっすらと目を開けると、青。綺麗な青。
あれだ、海底訓練の時と同じ青さじゃなくて、日の光が綺麗に降り注ぐ青。宇宙からみた地球の青さ。

少しだけ手を動かしたが、水を掻くだけで意味を成さなかった。
足はそもそも動かない。

足掻くことすら出来ず、俺はずんずんと海の底へ沈んでいく。

もう少しだけ見ていたいと思って目蓋を持ち上げた。
暫くゆらゆら動く水と光、水泡が見えていたが、突然じゃばんともどぼん、とも聞こえる音がして、水面から手が現れた。
それからすぐに、見慣れた顔が現れる。その顔は必死で、いつもの端正な顔が歪んでいた。
目を細めて、眼に入る水を極力入れないようにしていて、鼻の穴や口の端から小さな気泡が出ている。
少しそれがおかしくて、ふふっと笑えた。

がぼがぼと、日々人の口から大きな泡が飛び出る。

何かを叫んだんだろう。
水の中なのだから俺にはなにも聞こえなかった。
しかし叫んだあとは先程より泳ぐ速度が増して、俺のところへ簡単にたどり着いた。
ぐいっと俺の腕を掴み、日々人は俺の体を引き上げて自分の肩に俺の腕を回し、日々人の右腕は俺の腰へ回る。
そのまま驚異的な体力と腕力で俺を持ち上げ、水圧なんてものともせずにぐんぐん上昇する。

ざばぁっと水飛沫を飛び散らせて、俺と日々人は同時に水面から顔を出した。

二人して荒い息を繰り返していたが、早くに息を整え終わった日々人はそのまま岸へと泳ぎだし、俺の上半身を岩場へ凭れさせると自分も岩場へ上がり、上から俺を引っ張り上げた。


「…っげほ、げほ、ゴホッ!」


多くの水を飲んだ俺は咳と共に海水と涎を吐き出す。
大人しく見ていた日々人が、急に俺の肩を掴んだ。

反射的に顔を上げて見上げると、額に大きな衝撃。
がつん!と骨が音を鳴らして、俺は日々人に頭突きを食らった。


「~っ!いってぇな !」


文句を言おうと口を開けば、そのまま何故か口を塞がれる。

ちょっと待て。


「んー!んんん!??!」


必死に腕で日々人の喉元を押さえて抵抗すれば、わりとあっさり離れた。
しかし既に咥内は奴の舌で荒らされてしまって、兄としての威厳は今彼方に飛んだ。


「おま、おま、おまえ!」

「…ざけんなよ…」

「はあ?」


日々人の声が小さくて、丁度押し寄せた波が岩にぶつかって何も聞こえなかった。

聞き返せば、泣きそうな目許をした赤い顔の日々人が俺の頬を両手で挟んで目線を合わせる。
少し首がグキリと言った。


「ふざけんなって言ったんだよ!!何やってんだよ!なんで海ん中入ってんだよ!泳げねぇくせに!ムッちゃん死ぬかもしれなかったんだぞ!なのに、なのに何で諦めたように笑ってたんだよ…!ふざけんな…ふざけんなよマジで…」


思わず、瞬きを繰り返した。

諦めたように。
私は決して生きることを諦めていた訳ではなかった。
何故なら弟である日々人が私を助けに来てくれると信じていたからだ。
私は弟を信じていたのだ。
なのに、そうか、先程の笑みが日々人にはそう見えたのか。

思わず、俺は再び笑みが零れる。
それに対して、また日々人が眉間にしわをよせた。俺はそっと両頬にある日々人の手を握る。


「…俺は、諦めてなかったよ。だって日々人、お前が助けにきてくれるって信じてたからなぁ。兄ちゃんを見捨てる奴じゃないって知ってるからな」

「兄ちゃんもだけどムッちゃんは俺の恋人だし…」

「そういう反論今なし!なんか、それ今言うと…色々台無しだからな!」


世間体的に多くの反論を呼び起こすお付き合いなのだから少しくらい大人しく隠せと毎度思うがこの弟、常識なんてクソ喰らえで開き直って公共の場で必要以上にひっついてくる。

俺がケンジや新田といると煩いし、紫さんなんて絶対ダメ。
せりかさんもピコもビンスさんも、ジョーカーズの面々もダメだ。

日々人を無視して彼らと必要以上に談笑すれば、家では地獄が待っている。性的な意味で。
ああ、兄の威厳なんて沈む前から無くなっていたんだ畜生。

そして、俺が月での事故で右足が不随になってしまってから過保護に磨きがかかった。

親の援助なんてそうそうに言いくるめて日本へ帰し、甲斐甲斐しくも日々人が俺の世話をする。
と言っても風呂や段差の歩行を手伝うくらいだが、やたらと日々人は俺に車椅子を使わせたがる。

そしてどこか行こうものなら「足に負担かかるから行っちゃダメ」なんてそれらしいことを言って引き留める。

確実に俺に首輪を着けて飼っているイメージが弟の中にあるはずだ。
またもや、ああ畜生。

はあ、と大きく溜息を吐き出し、日々人の手を頬から剥がした。


「俺は、日々人が必死な顔してるなーとか鼻から水泡出たなーとかでちょっと笑ったんだよ…危機的状況に気分が可笑しくなるのは本当だったんだな」


だから、死ぬのを受け入れた訳でも死ぬ気があったわけでもない。
海に入ったのだってたまたま足を滑らせてしまったからだ。

俺は人影なんて見ていない。
見ていたとしても言うもんか。


「…本当に…?そもそもムッちゃんなんで海に入ったの」

「たまたま足滑ったんだよ」


そう言えば、日々人はむっとする。


「…人一倍足下に気を使ってたムッちゃんが…?」

「立派なお兄様にだって失敗はあるのだよ日々人君」


茶化せば、日々人は勢いよく抱き締めてきた。ぐえ。
少し苦しい、あとお互い服のままだから濡れてて張り付いて凄く気持ち悪い。なんて言ったところでこいつは離れないんだろうが。

誰かに押されたのは事実。
まぁ大凡の見当はついているが、それを言ったら日々人に負担がかかるだけだし。と言っても実際問題なのは言った相手に日々人が何をするか解らないと言うところだ。

割と本気で日々人なら殺してしまいそうで。


「ごめんなー心配かけて。助けてくれてありがとうな、日々人」


そう言いながらゆるゆると日々人の背中を撫でれば、耳の後ろで日々人の声がする。

小さくて低くて何を言っているのかいまいち聞き取れなかったが、きっと「別に」とか「ムッちゃん好き」とかだろう。

やばい、なんか俺凄く恥ずかしい。


「日々人、帰ろう」

「……ん」


頷いた日々人は、俺から離れる瞬間俺の耳たぶを舐めていくというアホみたいなことをしでかしただけで、大人しく立ち上がって俺に手を貸してくれた。


下から見上げた日々人はいつものように穏やかな笑顔だった。




water wrong! No chance!
(後日、日々人のファンが数人重傷を負ったニュースが流れたけれど俺は見て見ぬ振りを決めた)


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