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ウソップは数日、開発をすると言う名目で工場に引き籠もった。

本音はゾロに会い辛かったからであるが、事実新世界に入ってから強敵が増えたのもあり、カブトの手入れも星の新調もしたかった。

初めのうちは静かだったためか、ルフィやチョッパー、ナミまでもが覗きに来ていた。
ルフィ達は単純にウソップと話したかっただけだが、ナミはウソップの様子が気になったから来ていた。しかしそれも見事に交わされ、かつ次の日から時折爆発音や不発音が聞こえてくるようになったためにナミは仕方がないとウソップ工場から遠退いた。

ゾロは一日目は何やら機嫌がよかったが、二日目以降むすりとまた普段のゾロに戻っていた。と言うのも、ルフィ達は入れたのにゾロがウソップ工場へ近付くと、その扉の前に「入るな危険!」と書かれた板がいつの間にかに貼りつけられるし、それを無視してドアノブを掴もうとするとニョキリとロビンの手が生えてゾロの手に関節技を決めようとしてくるのだ。

いつどこでゾロが来ていると判断できるのかは解らないが、きっとそれもロビンの手や目がウソップに知らせているのだろうとゾロは考えた。

ドアを切り捨てる事も出来るが、私情で船を壊すのは気が引けるし、そう言うことをしようものならまず船大工が黙っていないだろう。
ついでに船長からも一発頂くことになる。
そんな面倒は避けたいと、ゾロは刀を握る手を何度も抑えた。

ゾロが自分の気持ちを確認して、それをぶつけたらウソップはそれから逃げる。
確かに半分無理矢理のようにキスをしたが、明確に嫌がられた訳ではない。
最初に「クルーに感情は向けない」と伝えられていたが、それはセクシュアルを告げたことによって避けられないために付いたウソップの嘘だとゾロは考えていた。
そして自分がまさかウソップに避けられることなんてことは毛頭考えがなかった。だってそうだろう。四つの海にいるときから、ウソップはゾロを嫌っても苦手にも考えてなかったと思うし、何度もウソップは「俺に触れたらゾロが黙ってねェぞ!」や「喧嘩なら買うぞ、やっちまえゾロ!」やら、ゾロを頼っていた節が何度も見られた。

それらはいつものウソップのハッタリだとしても、頼られてイヤな気分は勿論しなかった。
ナミのように金を無心するでもなく、脅しかけて喧嘩腰に「私を助けなさい、出来ないって言う訳ないわよね!」と言う訳でもなく、ただ単純に頼られ助けを乞われるのはゾロの男の部分を素直に撃ち抜いてきた。
狙撃手なだけあるか、とその時ゾロは密かに笑ったのを覚えている。

そのウソップが、少し前までは必ず自分を気にかけていたウソップが、今は離れて引き籠もっている。

ウソップにはウソップなりの理由があって引き籠もっているのだが、ゾロにはソレが理解できなかった。

そして自分の守る相手が自分から逃げ、かつ、ロビンに守られているというのがゾロの苛立ちを大きくさせていた。


***


「……っはー…」


ウソップはマスク代わりにしていたバンダナを口元から引き下ろし、手を休めた。

鉛玉や緑星の材料、ポップグリーンや果実が散らばっている。
もう少しだけ緑星デビルや竹ジャベ林の改良がしたかったが、落ち着いて出来ない。

ぺらり。ウソップだけではない空間に本をめくる音が響き、その人物は声を上げた。


「…ウソップ」


ロビンの穏やかな声がウソップ工場へ落ち、ウソップは溜息を吐く。


「ええ~…またかよォ…諦め悪ィな…」

「ふふ」


どっこいしょ、と掛け声を出してウソップは立ち上がり、扉近くに立てかけてあった板を持つ。

扉を慎重に開けて、顔だけ出して素早く板を扉の前へ置き、しっかりと扉を閉めた。
また自分の居た場所へ座り直し、背を伸ばしてそのままぱたりと後ろへ倒れる。

ロビンは読んでいた本から視線を上げて、仰向けに寝っ転がるウソップを見下ろした。

ウソップは左手を天井へ伸ばし、何度かその掌をグッグッと開閉し、ライトへ翳してぼうっと見る。
自分の掌がオレンジに見え、ウソップはそれを口元へやり、唇に手の甲を押し当てた。


「…根を詰めてやると、いい物が出来ないって言ってなかったかしら?」


ロビンは本を閉じてテーブルへ起き、頬杖をしてウソップを見た。

ウソップは小さく唸る。


「んー…そうなんだけどよ…閉じこもってねェと…」

「怖い?」

「それ」


ちらり、とウソップは目線だけでロビンを見た。
相変わらず穏やかに微笑みながら、ロビンは足を組み替えた。
と、同時に、扉の前から小さな舌打ちが聞こえた。


「!」


ウソップは飛び起きて両足の裏を合わせて座り、扉を見つめた。


「…ふふ」

「!、しー!」


ロビンが思わず小さく笑いを零せば、慌ててウソップは口に人差し指を当ててロビンを諫めた。

奥にいるとは言え、人並み外れたゾロにはもしかしたら聞こえるかも知れない、とウソップは慌てているのだ。

何もロビンはコソコソと隠れているわけではないし、扉の前にはロビンの手が沢山生えていると言う処でウソップの引き籠もりにはロビンが荷担しているということは当然バレているはずなのに、ウソップはロビンが一緒にいることを隠そうとする。

ロビンはソレがおかしくて仕方がなかった。

まるで浮気がバレないように隠す人みたいね、とロビンは口の中で呟いた。
そして目を閉じ、暫く黙ったロビンは数秒後にまたその全てを見透かすような目を開き、ウソップの隣へ座った。


「ロビン?」


小さな小さな声で囁くウソップ。


「…もう扉の前にはいないわ」


ロビンがそう言えば、ウソップは強張っていた肩をストンと落として、大きな息を吐き出した。


「けれど、今日は何時にも増して怖い顔をしてたわよ」

「……もう、限界かなァ」


扉を見ながら、独り言のように呟いたウソップはやけに寂しげで痛々しかった。

ロビンにはソレがどこか小さな時の自分に重なり、歯噛みする。
ソッとウソップの頭を撫でれば、肩を大きく震わせて驚いた顔でロビンを見た。

きちんと向かい合わせに座り直し、それから一回二回、大きく優しく撫でれば、見る見るうちにウソップは目元をくしゃりとさせ、口を震わせる。


「そろそろ、何があったか…私に教えてくれないかしら?ウソップの味方が出来るか判断をしないといけないの。…もし私が聞いて、それがウソップの我が侭だと思えば私は叱るけれど」

「…っ」


ウソップの左目から、ぼろりと一粒だけ涙が零れ落ちる。
ロビンは優しくそれを指で拭った。

ウソップには、ロビンが時折母親に見えるときがある。
幼くして亡くした母は当然美化されてしまうが、それを差し引いても、ウソップの記憶の中の母はロビンのように優しく、それでいてきちんとウソップと向き合ってくれていた。

それだから、ウソップはロビンには素直に感情を晒す事が出来る。
何も取り繕わなくてもロビンは気にしないし、ロビンの機嫌を伺うことも必要とせず、泣き言を言っても迷惑な顔一つしない。
ナミやルフィ達とは違う包容力があるのだ。

時折怖いことや天然ともとれる発言をするが、それは愛嬌だ。

勿論ナミ達だって迷惑そうな顔をするわけではない。
だが如何せん歳が近いからか、同調したり時には悩み事に対して持論を通したりと、相談事を持ちかける相手とは少し違う。
一緒に悩んだり頼んだりするなら別だ。
ルフィに至ってはそもそも見方が常人とは違うのでノーカンだ。


「…っ、グス…っ、…泣きたくは、なかった」


これ以上涙を落とすまい、と唇を噛み締めるウソップが無理矢理出した声は聞き取り辛かった。

しかしロビンは優しく頷く。


「…おれが、泣いたら…ッ…!アイツが悪いみたいになるッ…!!」

「………私の勘だけれど、ウソップあなた、この船の上の何人かに自分の秘密を話したのかしら?」


こくり、とウソップは頷く。


「そう…ナミが知ってるわね?そして今回のことで解ったけれど、ゾロも…」

「ああ…でも、二人ともおれが、…おれから言ったんだ…ゾロの場合はバレて仕方がなく…だったけど…でもそれでも、結局おれから言ったことに変わりはねェんだ」


ウソップが足を動かし、膝を抱える体勢になるとロビンはウソップの膝に手を添えた。
ズボン越しにゆるゆると撫で、時折ポンポンと叩くその仕草は、ウソップの涙腺を緩くする。


「それで…暫くは引っ付いていたわね、あなた達二人。それがいつの間にかまた離れた。それも以前より遠くに。と言うよりウソップ、あなたが避けているのかしら」


ウソップの指は強く自分の抱えた肘を押した。
指先は白くなる。


「避ける理由があるのかしら?」

「……だ……て…れ」


小さすぎたウソップの声は、ロビンには聞こえなかった。
ロビンは優しく組まれた腕をさすり、聞き返した。
ウソップは目をロビンへ合わせ、今度はしっかりと口に出した。


「…ゾロが、おれを好きだって……ゾロに言われた」

「…!…それは、…」


ロビンは目を丸くして、ウソップを見た。
ウソップは目元をぐしゃりと歪ませて、必死に涙を堪える。

その表情にロビンは気付き、ゆっくりゆっくりと手を伸ばして優しくウソップの頭に手を置いた。
大きく震えるウソップは、小さく高い嗚咽を一度だけ口の端から洩らした。


「…怖いのね……大丈夫、大丈夫よ。ウソップ、あなたの…心の整理が落ち着くまで、私がゾロを止めてあげるわ」

「……っく……ぅ」


ロビンの優しい言葉に、ウソップはゆるりと首を横に振った。





かたいカブトムシ


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