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好きだなあ、と椅子の背にかけられて揺れたコートの袖を見ながら思った。
ベッドに腰掛ける私に近付いて、キッドは私をみる。私は背の高いキッドを見上げ、その傷の付いた胸板を見る。
ねぇ好きだよ、と呟いてみた。
「ああ」
低い声。
小さく小さく本当に聞こえるか聞こえないか程の音で、好きだと返ってきた。
嘘吐き、あなたは夢しか見てないくせに。
「ねぇ、ここ座って」
床を指さして言えば、キッドは顔を歪ませたが不承不承にどかりとベッドの前の床に座り込んだ。船長なのに床に座ってくれるなんて優しいのか、私が甘やかされているのか。
先程より随分顔が近くなった。その赤い目には私が映っているけれど、本当に私を見ているのかそして本当に私のことを好きなのか、わからなくなる。
面倒くさい女だと、自分でもよくわかっている。
胡座をして腕を組んだキッドは、私に言葉を促す。
「ねぇ、私ダメだ。面倒だ」
「今更だろ」
「キッド、私のこと、本当に好き?」
「好きだ」
さっきよりしっかりと伝わって、背筋がざわっとした。
「じゃあ」
ベッドから乗り出して、キッドの胡座の上に座り、腰に足を回して挟み込む。キッドは組んでいた腕を解いて、私の腰を大きな手で支えてくれた。
私の腕はゆっくりとキッドの首に伸びて、両手の親指を鎖骨の窪みに添える。
「死んで」
「ああ?」
「私のために死ぬか、夢のために生きるか。教えてよ」
私の声は酷く高く震えていた。けれど涙腺は熱くないし、視界もぼやけていない。鼻だって通っている。
「俺を殺せんのか」
「やってみないと解らないよ」
するすると鎖骨にかけていた親指を喉へ持ち上げる。
「手ェ震えてんぞ」
「嘘。嬉しいのかも」
殺せるかもしれない高揚感かな。好きな人を私の手で殺せる喜びかも。
そう言ってみると、キッドは鼻で笑う。
「おら、絞めてみろよ」
そう言われて、手を完璧に喉へと回す。親指はぼこりと浮く喉仏へ。
「手、回りきらないとか、あんたなんなの。本当やだ」
殺せないじゃない。
ふるふると、自分でも確認できる程手が震えている。私の腰に回った手の力が、強くなる。
「泣くか殺すかどっちかにしろよ」
頬が暖かいのは、そのせいか。理解した途端にまた大粒が落ちた。
「…好きだよ、バカ」
「それでいいじゃねェの」
にやり、と悪人面でキッドは笑う。
腰にある指がさわりと上から下へ撫でた。思わず反応して、指に力が入る。親指の腹に、喉仏の骨が押し付けられた。
「でも、見てくれないくせに」
「当たり前だろ。夢が第一だ」
信じらんない、言いやがった。
余計鼻の奥が重くなる。額をキッドの胸にぶつけるようにして預ける。少し痛い。心も痛い。
「ふざけんな」
「ふん…解っててついて来てんだろ」
喉から手を離して、するりと首を抱き込んだ。手は首の後ろを包むようにして、指先には髪が触る。ずり、と押し付けたままの額を、鎖骨へと移動させた。
「死んでよ、すきだから」
「話が噛み合わねェな。ああ、いつもか。なァ、アンナ」
「何」
「お前の手、冷てェな」
「あんたが熱すぎるの」
くつくつと笑うキッドの肩が揺れる。
何よ、と胸の古傷に前歯を立てて力を入れてみた。少し、キッドの指がぴくりと動く。
「只でさえ興奮してんだ。煽るんじゃねぇよ」
「喉押されてたのに?変態」
「知ってんだろ。なァアンナ」
「だから、何」
腰にあった手が、背中に回った。背中を押されて、さっきより密着する。素肌の上半身が熱い。
「お前、どんだけ俺の事知ってんだ」
「何、いきなり。それより苦しい」
「俺はお前をよく知っているつもりだ。例えば、あれがアンナの愛情表現って奴で、お前は俺を自分が死ぬくらい好きでいるから俺を殺せるはずがねェし…ああ、お前、構って欲しいんだなァ?」
「だまれ」
首から手を解き、押し付けられた体を、突っぱねるようにして胸に手を置いた。背中にあった手の片方は、私の顎に添えられ、上を無理矢理向かせられる。
数分ぶりに、目つきの悪い赤い瞳とぶつかる。
「お前、知らねェのか」
「だまって、うるさい」
「なァ、実は死ぬ程愛されてんだぜ、お前」
他の女に刺されるかもな、贅沢な女だって。
そう言って笑ったキッドは、私の腰と背中に腕を回し、後ろのベッドへ持ち上げて私を仰向けに転がした。天井の木目とキッドのバカみたいに赤い髪が見える。
キッドは私のさらけ出された首へ片手を置き、もう左手は、私の顔の横にある私の左手に上から絡ませた。大きすぎて、私の手が見えなくなる。
「なァ、アンナ。愛してやろうか」
死ね、と呟いた音は、キッドの口の中へ飲み込まれてしまった。
【喉の下にある全て】
了