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長年の体内時計から、今日も自然と目が覚めた。
まだ薄暗い窓の外を半分寝ぼけた頭で確認して、暫くボックスベッドの上でぼーっとしていたが、こうしちゃいられないといきなり目が覚めた。
そこからは素早く顔を洗い、身嗜みを整え、真っ白なコックスーツに身を包む。洒落っけも何もない格好だが、せめてと髪型だけは少し凝ってみる。気付いてくれるかな、と可愛い小振りのコサージュが付いたゴムで、編み込んだ先の髪を縛った。
そして急いで食堂へと駆け込む。
まだ誰もいない薄暗い食堂にランプをつける気にはならなくて、昇りきっていない朝日をランプ代わりに動く。全体のモップ掛けをして、テーブルと椅子を拭いて、キッチンの拭き掃除が終われば、次は今日使う食材の下拵えの開始だ。
玉葱は外皮をむき、朝使う分だけスライスして水にさらしておく。ジャガイモや人参、大根なども皮をむいて変色しないように水で絞めて、冷蔵庫へしまっていく。他にも沢山の野菜の下拵えをして、一段落付けばその掃除と後片付けを始める。
メインで使う食材は見習いの私にはまだ触らせて貰えないのがコック世界のルールだ。この船でも適用する。
黙々と散らばった皮のゴミを箒で掃いて集めていると、ふと背中に気配を感じた。
急いで振り返れば、今まさに私に手を向けて、驚かそうとしているサッチ隊長がいた。
「あー…」
少し気まずい空気が隊長から流れる。
「おはようございます、サッチ隊長」
それに気付かない振りをして、朝の挨拶をすると隊長は爽やかな笑顔を向けて返してくれた。
「おう、おはよーアンナちゃん。今日も早いな」
「いえ、見習いなので当然です。野菜の第一段階は終わってます」
「そして手際もはえー!俺見習いの時そんなんじゃなかったぜ?」
楽しそうに笑いながら、私から目線を外して冷蔵庫の扉を開けた。それを横目で追いながらも手元は動かして、ゴミを袋に詰め込む。生ゴミは後で海に捨てると、魚や海王類の餌になるため、釣りの時まで撒き餌として取っておく。
再びちらりと隊長を見ると、数種類の魚を出して捌き始めていた。その流れるような手際を見ながらも、隊長がこんなことしなくてもいいのになぁ、と思う。
そもそも隊長は私達に指示を出すだけでよくて、後はメインの飾り付けや味の確認だけでよいのだ。と言ってもここは海賊団だから、飾り付けに誰も興味は持たないため、バイキング形式で大皿料理をてんこ盛りにして出す。ナース達には流石に別で出すが、そこにしか繊細な見た目は発揮されていない。
隊長は、料理すんのが好きだからいいんだよと笑っていたが、他のコックも含め私達は毎回どきどきと冷や汗ものだ。レストランで言えば総料理長に下拵えから全てやらせているようなものだからだ。
それにしても、と鼻歌を歌って魚を卸す隊長の顔を気付かれない程度に見つめる。
いつも朝早い段階では、いつもの髪型ではなく、その金髪をオールバックに流し、細めのシンプルなカチューシャでぐいっと止めている。だから顔がよく見えるし、目の近くについている古傷も、まだ整えていない髭も、すっと通った鼻筋も、楽しそうな目元も全てよく確認できる。
私の欲目かもしれないが、やはり隊長は今日も格好いい。そこまで考えて、少し恥ずかしくなっていると、ふと隊長が私に顔を向けた。
「あー、アンナちゃん?何かあった?」
「え」
「すっげー見てくるから、言いたいことあんのかと思ったんだけど。つーかそんなに見られたらサッチ困っちゃう」
えへ、と可愛らしくふざけた隊長に、私の顔は急速に熱くなる。きっと顔赤い。
見ていたのを気付かれていた上に、隊長に気を使われて、空気を和ませて貰うだなんて!
慌てて顔を横に振り、隊長の顔から目線を外し、手元の魚と包丁を見る。
「…え、えと、隊長の、手捌きをなるべく、盗もうと思いまして!」
ああ、ぎこちない。
だめだ、まだ私のこの想いは気付かれてほしくない。
「ふーん?なら手元見とかねーとな」
にかっと笑う隊長は、きっと私の気持ちに気付いてしまっているような、気がする。
気付いていて、あえて何も言わないでいてくれる。
それは少し考えたら脈がないとも言える結果で、嬉しいやら悲しいやら複雑な気分になる。見込み無いことくらい理解していたが、やはり女の子たるもの幸せは掴んでみたい。隊長に恋をしてしまったのが運の尽きなような気もするが。
言われたとおり手元ばかり見ていると、サッチ隊長の手が男独特のゴツゴツした手で、それなのに食材を扱うから繊細な動きをして綺麗、とまた別の考えが浮かんで、私の末期加減に嫌気がさした。
出来ることなら隊長に触られているその死んだ魚になりたい、とまで考え始めた矢先、他のコック達がわらわらと食堂に入ってきて、隊長を見ると我先にと慌てて自分達の持ち場に着いた。
そうなると隊長は一旦自室へ引っ込み、数10分後に現れるときにはいつものリーゼントで顔を出す。
そして、そこからは一気に騒がしくなり戦場のようになったキッチンで、私はひたすら皿洗いに没頭する。
ああ、考えてみれば毎朝あの時間だけは隊長と二人きりなんだ、と小さな幸せだった空間を噛みしめながら、次々と放り込まれる器具を洗っては伏せて、水滴を飛ばしたものから再び運んでの繰り返しをしていく。
そうこうしている内にクルーが朝御飯を食べに来て、もっと喧噪の渦に巻き込まれる。器具だけでなく大きな皿やコップも追加され、私もそこから動けなくなる。ああ、この時だけは隊長を見ることすら叶わない、と泣きたくなる。
そのピークさえ終わってしまえば、他のコック達が食事をとり、一旦休憩だ。
私は一番最後に食事をとり、皿洗いをしてやっと休憩。
食後のレモネードを飲みながら、机に体を預けてだらける。
また数時間後には昼食用に動き始めなければならない。
そしてふと、隊長との時間が少ないつらい、と浮かんだ。そうだ、いつも私が隊長とゆっくり話せるのは朝の時間帯と夜だけだ。
なぜか隊長は夜も、一番遅い私が終わるまで食堂に陣取っている。時にはコーヒーや酒を飲みながら何かの書類と格闘してその目を鋭くさせていたり、とにかく私が終わるまで自分も何かしらの作業をしながら待っていてくれる。
私の至福の時でもある。
しかし、そう言うことをされると少し勘違いしてしまうのも恋する乙女の性。でも私の心に気付いているはずの隊長は何も言わない。
言ってしまって壊れるよりは、このままの距離感でもいいのかもしれない、と少し考えてしまうのも仕方がない。
私と話してくれて、笑ってくれて、構ってくれて、手を伸ばせば触れる距離にいるこの空間は、とても居心地がよい。
私も、隊長を彼氏にしたいのかと自問自答すれば、それはなんだか違う気もする、と返ってくる。
もしかしたら私が好きな隊長が好きって奴なのか、あこがれなのか、恋することに恋をしているのか、と自分があやふやになった。
「…あ、」
からん、と手元のレモネードの氷がグラスにぶつかり高い音を立てた。
レモネードは好き。だって隊長の髪の色だから。
「…そっか、そうかも」
隊長は、私が不安定な恋心なんだと見抜いていたのかもしれない。だから何も言わなかったしからかいもしなかったのか。
そこまで思って、ふと悲しくなる。
レモネードに目をやれば、グラスは汗をかいていた。少し船内の気温が暑いのか。
薄い黄色。グラスと氷できらきら光る黄色は金髪そっくりで、自分の手の中に隊長をみた。
少し口の端が上がって、小さな笑いがこぼれる。
「…しっかりと、ちゃんと、憧れじゃなくて、サッチ隊長を好きになったら、告白しよう」
だから今はまだこの距離でいいのかもしれない。そう考えると少し気が楽になった。
起きあがって、残りのレモネードを飲み干して、洗いに行こうと後ろを向くと、白いコックスーツが目の前にいた。
驚きで固まると、そのコックスーツの主である隊長はゆっくりとした動作で私の頭を撫でてから、手の中のグラスを抜き去った。
「さ、サッチたいちょ」
口の中がやけにカラカラと乾いて、間抜けなひきつった声が出た。
隊長は目尻を下げて、ゆるりと笑みを浮かべ、グラスをシンクへ持って行く。
「あの、隊長」
さっきの、聞いていましたか、いつからいたんですか。
聞きたいことは山程あったが、何も言えない。隊長はやっと口を開いてくれた。
「アンナちゃん、俺、あんま気ぃ長くねーんだわ」
「…え」
「だからさ、まぁ、ちょっとなるべく、早めでお願いします」
俺のために、と笑って言った隊長に、私は全て聞かれていたことを悟り、それと同時に隊長からのありえない嬉しい報告もいただき、何がなんだか解らなくなって、鼻がツンとなる。
一粒も零れないように、目を見開き、鼻を思いっ切り啜り、私は大きな返事を返した。
【まっていてください、すぐにでも熟成させます。】
(あ、そうだ、俺も遠慮しなくなるわー)
(え?)
(アンナちゃん、今日の髪型かわいかったぜー?まー、いっつも可愛いけど)
(!???!!)
了