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あれ、此処は何処だろう。

いつもの部屋じゃないことは確かだ。
さっきまで、体は怠いし吐き気はするし、気持ちが悪くて、寒かったり暑かったり息がしにくかったりと、色々忙しかったけれど、なんだか今はとても調子がいい。

でも、どことなくふわふわするような。
さわさわと風が流れて、僕の毛を撫でて通り過ぎた。
鼻を少し動かせば、前の方から変わった匂いがする。

うっすらと目を開けて見れば、先には茶色い家が建っている。その家へ向かって歩き出した時、僕は自分がふらついて歩いていないことに驚いた。
思わず立ち止まって地面を見る。
不思議だな、お家ではフラフラしていたのに。
だって歩くのも大変なくらい体が重かったんだよ。体の片方を地面に引っ張られてるような、そんな感じだったんだ。
だというのに、今はちっとも重くないしふらつかない。
僕は再び揚々と歩き出して、その茶色い家へ辿り着いた。


「おや、見ない顔だ。今まで御苦労様だったね」

「喜八郎、失礼だろう。ゴホン、さて仕事だ。おい帳簿係!」

「ああ、煩いな。言われなくともわかっている!お前、名前はなんだ?」


中にはわいわいと三人が騒いでいたけれど、僕の顔を見た途端にぴたりと動きを止めた。
菫色の人はぼんやりとした顔のまま僕に手を振る。
それを「やめなさい」と言いながら黒色の人が止めて、茶色の人が僕に向かって名前を聞いた。

わかるかな、わかるんだろうか。
母さんですら、なんとなくしか僕の言葉を理解していなかったけれど。

一応、と思って口を開いて初めて、自分の口の中が痛くないことに気付いた。

あれ、あんなに痛くて、水も飲めないくらいだったのに!
口を開けるのが億劫じゃないし、痛くもない!

驚いた僕は何度も口を開け閉めしていたら、茶色の人がしゃがんでから、筆を持った手を僕に差し出した。


「…すまないな、声が出ないのか?」


嗚呼。違うんだよ。
ちょっと待ってね。

一応伝えてみるからさ。

僕は恐る恐る喉を震わせて声を出した。


「……五月だよ。僕の名前は五月。わかる?」

「ああ、そうか。五月と言うのか。性別は…」


え、今なんて?

僕は目を丸くして目の前の茶色の赤目の人を見上げる。
すると横から菫色の人がにゅる、と顔を突き出してきた。
驚いて固まる僕を見て、菫色の人が「ふうん」と呟く。


「言葉が通じるの、吃驚した?」


こくりと頷くと、にんまりと茶色の人が笑った。


「通じるさ。私をなんだと思っている!秀才天才でナンバーワンアイドルだぞ!なんだってわかる!」

「煩いぞ三木ヱ門。それくらい私にだってわかる!でなければ仕事が勤まらん!さあ、此処まで疲れただろう。白湯でまず喉を潤すといい」


一度引っ込んでいた黒色の人がお茶碗にぬるい水を入れて現れた。

僕は一先ず出されたものをフンフンと確かめてから、一舐め。
そうしてやっと何度も何度も飲み下した。
喉、乾いていたんだ。
だってほら、口が痛くて飲めなかったから。
飲んだら飲んだで吐き出してしまっていたから。

やっとすっきりした気がする。

満足そうな顔になったのだろう。
飲み終わった僕を見て黒色の人が笑顔になっていた。

ずっとその横で筆を動かして紙に何かを書いていた茶色赤目の人が、ビリとその紙を破ると、破った紙を一枚持って奥へ消えていった。


「ねえ五月。僕は喜八郎だよ。暫くの間宜しくね」


きょときょとと周りを見渡していたら、急に体を抱えられて菫色の、喜八郎が僕を頭上に掲げてのほほんと言う。
急なことに慌てたけれど、母さんの妹で慣れていたから僕は少しだけ心臓をどきどきさせただけで顔には出さなかった。


「喜八郎、怖がらせただろう。きちんと許可を取ってから抱きかかえろ。…私は滝夜叉丸。お前は暫くの間、この狭間で寝泊まりすることになるから、その間宜しく頼むぞ」


滝夜叉丸が僕に言った言葉は、僕からすれば謎だらけだった。
喜八郎に抱えられたまま、手をばたつかせる。

この人たちには、母さん以上にきちんと僕の言葉が伝わるから、話してみよう。


「寝泊りはできないよ。僕帰らないと。此処は何処?家への帰り道を教えてほしい。僕、こんなに元気なんだ。母さんきっと喜ぶし、僕が帰らないと母さんはずっと泣いているんだ」


すると喜八郎は僕をぎゅうっと抱き締めた。
少し苦しいけれど、これはたまに母さんにされるから、これも平気。
でも母さん以外にされるのはちょっとやだなあ。
母さん、きっと泣いてるんだよ。はやく、帰ってあげないと。


「…五月


滝夜叉丸が、僕の頭に手を伸ばして優しく撫でてきた。
僕、実は男の人は母さんのおとうさん以外嫌いなんだけど、この人たちは平気だ。不思議だな。

ゆっくりゆっくり頭を撫でられて、僕は段々目を閉じる。

滝夜叉丸は悲しい顔をしている。
それは最近毎日見ていた母さんの顔に似ている。
それはねえ、僕も悲しくなるからやめてほしいんだ。
母さんが悲しいと僕も悲しいから。


五月、よく聞くんだ。お前はもう母さんの所には帰れない。あの家には戻れないんだ」


滝夜叉丸は僕の頭を撫でるのを止めて、悲しい顔のまま低い声で呟いた。


「何を言っているの。僕こんなに元気なんだから、帰らないと。母さんがね、もう大丈夫だから楽になってね無理しないでってずっと言うんだ。何が大丈夫なのかわからないけど、僕はもう楽だよ。無理もしてない。体が重くないんだ。だから母さんの所に帰らないと」

「あのね、五月


滝夜叉丸に反論していると、喜八郎がぼそりと声を出す。
けれどそれより先に消えていった茶色赤目が帰って来た。
金色の人と髪が跳ねた黒色の人も一緒にいる。


「待たせたな。…どうやら状況が解っていないようだ。五月、お前はもう現世から解き放たれ、あの世へ来たんだ。ここは第一関門。此処から人と動物に分かれるんだ、五月、お前は動物側…守一郎について行く。人間だとタカ丸さんだ」


赤目がぽん、と隣の黒色の肩を叩くと、黒色、守一郎が頭を軽く下げた。
金色の人は、ひらひらーと掌を見せる。


「初めまして、守一郎だ。俺の所へお前達が来たら、今度は待機組と転生組に分かれる」

「…もう母さんには会えないの?」


僕が鳴けば、喜八郎がそっと僕を床に下ろした。
滝夜叉丸が呟く。


「そうだ。辛いが、暫くは会えない」

「だめだよ。だって母さん、僕がいないとずっと泣いているんだよ!僕がいないと母さんだめなんだって!よく言ってたもん!僕が喜ぶのが母さんの喜びで、僕の幸せが母さんの幸せだって!一緒にいるだけでそれが満たされるんだって!だから、だから僕は帰らないと!」


必死で叫べば、脳裏には母さんの泣き顔ばかり浮かぶ。
僕がゼイゼイしてたら、涙でぐちゃぐちゃになりながら、僕の体を撫で続けていた。
母さんは、代わってやりたい、どうしてこの子が、私が苦しめばいい、私に移しなさいってずっと言い続けていた。

今度は守一郎が僕を抱え上げた。


「お前がいなくなって悲しむのは当たり前だ。とても愛していたからな。お前も母さんの事を愛していただろう。だから、お前は待機組になる。母さんをここで待つんだ。暫くは会えないが、母さんをここで見守ることができるし、そのうち母さんがお前を迎えに来る。その時までは、ずっと俺の宿舎でいればいい」

「…母さんを待つの?」


母さんからずっと「待っててね」と言われていたのを今思い出した。
あれはお家で留守番の意味だと思っていたけど、そうか、此処で少しの間、母さんを待てばいいんだ。


「母さんを見ていられる?」


守一郎が僕を撫でながら笑顔で頷いた。


「勿論だ。俺のとこには大きな鏡があるんだが、そこから母さんを見守ることができる。泣き過ぎてたら叱ることもできるからな、任せろ!」

「撫でてもらうことは?」

「…暫くは無理だな。大丈夫、俺が目いっぱい撫でてやる!」


声が大きい守一郎は少し苦手かもしれない。僕は少しだけ耳がしおれた。
けれどまあ、母さんをちゃんと見ていられるなら、母さんとまたいつか会えるなら、それでいいや。

よし、じゃあ充分待って、母さんが来たらめいいっぱい甘えよう。

僕こんなに元気だよ、とっても待ったよ、さあ撫でてって。

泣き虫だから、母さんまた泣くかもしれないけれど、その時は喉を鳴らしたら喜ぶでしょう。

僕は今からその時を考えて、ぐりぐりと守一郎の手に頭を擦り付けて笑った。

母さん、もう泣かないでいいんだよ。
僕は苦しんでいないからね。
僕は、ずっと母さんをここで待っているからね。
ゆっくり、ゆっくり迎えに来てね。








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