なまえ

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おなまえ




「ねえ、祐喜君、今日も教えて?」


私はそう言ってわざとらしく首を傾げた。
自分より少し背が高い桃太郎に、小首を傾げれば自然上目遣いになる。
そして桃太郎は今まで友達という友達がいなかったから、対等な立場で頼られることが嬉しい。
桃太郎より背が低い私は、必要以上に女を武器にして、桃太郎に媚びを売る。

そうして私は、今日も桃太郎に彼女のお話を聞く。
見上げた桃太郎は、嬉しそうに顔を上気させ、そして楽しそうに語り出す。

青い青い、綺麗な髪の少女のお話。

桃太郎のすぐそばに、いつも控えている青い翼の彼女は、私の憧れ。
ああなりたい、あんな風な女になりたい。

そう思っていたはずが、それはいつの間にかに消えてしまって、今は、あの子が欲しい。

純粋に。


「って、訳なんだよー!あ、そうそう、前雪代がさー、お菓子を作るって話になったんだけどさ」

「わぁ、雪代ちゃんが?いいなぁ、私も手作り食べたい!」

「今度作ってもらえよ。雪代は料理うまいぞ!あれ、でももうまいよな?前作ってなかった?お弁当」


純粋に。


「うん、でも雪代ちゃんには負けるよー。いいなぁ、いいなぁ…祐喜君は」

「そうかな」


純粋に、あのこがほしい。


「うん。祐喜君が、羨ましい」


私が笑えば、桃太郎は少しだけ身を引いた。
どうしてだろう。
何か私、不備でもしたかしら、と無垢な顔を装って首を傾げる。

桃太郎の表情は、先程と変わって少しだけ哀しげな顔。


「…はさ、俺が羨ましいの?」

「…」

「それとも、雪代が傅く“桃太郎”が、羨ましいの?」


ざ、と体の血の気が引いた。
桃太郎は私の機微に気がつき、ごめんなと甘い声で呟く。
その言葉からも桃の香りがしていて、私はぞわぞわと腹の底を抉られる。
これが退鬼師の勘、という奴なのだろうか。
すぐに、私の心に巣喰う悪鬼に気がつく。


「…どうして、そんなことを、聞くの?」


声は震えた。
一歩下がり、私は中庭のベンチに落ちるように座り込む。


「え、…えー、…どうしてって…何となく、かなぁ…はさ、俺の話を聞いてくれるけど、“俺の話は”、聞いてくれないだろ?」

「…なに」


桃太郎が、ベンチに座る私の前にしゃがむ。
地面に膝を着いて、私を見上げてくる。

その大きく凛とした目は、揺らがない。


「雪代のことを話す俺の話を、聞いてくれる。まぁ、さ、俺はそれでも楽しいんだよ。だって友達が俺の友達の話を笑って聞いてくれるんだもんな」

「…て」


やめて。


「でもさ、なんか、…このままじゃ、が壊れそうって言うか…うまく言えないけど、最近の、俺の話聞いてるは、前のように素直に笑ってないから」

「……め…」


やめて、言わないで。


は、雪代が、…好きなんだろ?」


ぷつり、と線が切れた。


「………だったら…なに?」


私を見上げてくる桃太郎の顔を、両手で優しく包み込む。


「好きだって、気付いて。桃太郎、あんたは…私に、それをくれるの?」

「…な、何言ってんだよ、?お前」


揺らがなかったはずの、桃太郎の瞳は酷く不安定になる。
私はにんまりと笑う。


「あのこがほしい。…相談したらくれるんでしょう?ねぇ、桃太郎、私に、あの子をちょうだい」


ず、ず、と無意識に私の額から力の象徴である角が出てくる。

それを見た桃太郎の顔が、恐怖に染まる。

顔を包んでいる私の腕にその手がかけられ、外そうともがくが何も痛くもかゆくもない。


「…お、まえ…鬼…!」

「私はね、人間。でもね、恋に焦がれてその身を堕とし、私はかわってしまった。人鬼とでも言えばいいのかな。桃太郎、一族の出だけが鬼じゃない。人はいつだって、傲慢な鬼に成れる」


桃太郎の呪いには関わっていないから、攻略の対象ではないけれど。
人鬼なんてこの学園だけじゃなく、そこら中に散らばっている。
人間がどれだけ業に塗れているか、よくわかるでしょう?どうして般若面があるか、わかるでしょう?

私は笑い、顔を包んだまま、桃太郎の唇に親指をはわす。


、なんで…どうして…」

「だから、言ったじゃない。雪代ちゃんが欲しいって。あんたを羨んで恨んで、私は鬼になったの。…あんたのせいよ、桃太郎」


そう告げると、桃太郎の顔は愕然とする。


「くれないの?くれるの?ねぇ、桃太郎」


あの子をくれるなら、私は人間に戻れるかもしれないの。
桃太郎の顔に生気が戻る。


「…じゃあ」

「私にくれたら、もうあんたのところに、二度と、あの子は戻らないけれど」


再び、底に突き落とす。

私はあの子と一つになるの。
大好きな大好きな、愛おしいあの子を食らって、私は人間に戻るの。


「…それ、は…愛じゃない…、それは違う…!」

「ずっと一緒にいたい、なんて誰が言った。それが愛だと誰が説いた。千差万別でしょう?…私はもう、あの子と一緒にいられないほど、あの子を愛してしまったの」


殺してしまいたいほどに、愛してしまったの。





【なにも、知らないくせに】



お題Aコース


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