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寒い寒い冬の朝に、日課の散歩に出かけた。
窓には霜が降りて真っ白になっていたし、室内との温度差で露が硝子を伝っていた。コートを着て厚手の長いマフラーをぐるぐる巻いて、ふわふわの手袋をしてブーツを履いて外に出た。はあ、と息を吐けば真っ白な塊がふわりと浮かび、すぐに溶けて消えてしまった。
砂の国は比較的冬も暖かい方だから、まだ雪は降らないかもしれない。降っても積もらないし。でも夜と早朝はアホみたいに寒くなる。氷点下なんてザラだ。砂漠め。
心の中で毒づきながら、ザクザクと小さな霜のついた砂地を踏み鳴らして歩く。早朝だからか誰にも会わない。砂の鳴く音と、建物の間で音を立てる冬の凩、鴉の声が聞こえる。
深呼吸を一度すると、冬の冷たい空気が肺に入り込んで少し噎せた。
ああ、ひんやりとする気持ち悪い。
第三演習場を抜けた先には木立と小川の流れる広場がある。砂漠のオアシスだ。
足を伸ばせば小さな丸い背中が見えた。
川縁にしゃがんだその白くもこもこした背中とくすんだ赤い髪は私のよく知る人物だろう。
こっそりと近付けば、流石は忍の端くれと言うべきか、その子供は恐る恐る私を振り返った。深い隈が刻み込まれたそのおどおどした表情を浮かべる顔はやはり我愛羅だ。にん、と私の頬が緩む。
少しだけ小走りになって我愛羅に駆け寄る。
「がーら、おはよん。なにしてんの?」
「…お、おはよう綾」
我愛羅はぱしゃ、と水の音をさせてわたわたと立ち上がった。
左手はこんなに寒いのに白い肌が肘まで見えている。 その手首から下は濡れていて、その小さな指は白より青白くなっている。
「…水、冷たくない?」
「つ、めたいよ」
「だよね。指青白いよ。どうしてそんなことしてんの我愛羅くん」
ふらりふらりと近付いて、我愛羅の震える冷たい指を握ってみた。
ぴく、と我愛羅は動いたけど、何も言わずに少し悲しい顔をした。
「がーらくん」
「…冷たい、と、痛いでしょ?砂が、邪魔しなくて痛みを感じるの、これだけで…ボク、心は痛いけど、傷は出来ない、から」
これでやっと、体の痛みがわかるんだ、と我愛羅が俯きながら呟いた。
冷たすぎて私のふわふわの手袋越しにもわかる程で、私は手袋を外して我愛羅の手にはめてあげた。
片方だけの私の白い手袋は、我愛羅には少し大きいみたいで手の先が余っている。
可愛くて少し笑えた。でも今我愛羅が考えていることは全然可愛くない。
だって要するに、我愛羅のしていることは血の出ない自傷じゃないか。それはとても悲しい。
この子は心の痛みが規定値を越えようとしてるから、体に傷を付けてやり過ごそうとしてるんだ。
そうでもしないと壊れてしまって、中の狸さんがこれ幸いと暴れ出すし、そうなったら器の我愛羅が痛い思いをしてしまう。下手すりゃ死ぬ。
きっと我愛羅はそんな痛さは望んでない。
生きたいから、皆と笑っていたいから、こうやって死なない程度の痛さを自ら探して、こんなことやっているんだろう。
ああ、なんてカワイソウな子供なんだろう。私より10程も下なのに。
我愛羅は潤むその目をさ迷わせて、私の手袋を取って自分の手の中で数回握ってから、私に返してきた。
素直に受け取って、私はその手袋と、もう片方の手袋を抜き取って、纏めて川に放り投げた。
「あ」
ぱしゃん、と軽い音がして、白い手袋は見る見る流されていった。
我愛羅が顔だけでそれを追い掛けてから、掠れた声で「どうして」と呟いた。
「もういらないからね」
「……な、なんで。…ボクが、使ったから?」
ぺしり、と軽い軽いでこぴんをお見舞いした。あまり強くすると砂が邪魔するから。
「我愛羅はアホだね。そこが可愛くてムカつくよ。好きだけど」
「…ぅ」
まだ冷たい我愛羅の手を取って、指を絡めて握ってやる。小さい指はやわやわと添えるように私の手の甲に落ち着いた。
私は痕がつくほど握って、我愛羅を引っ張る。よろけた我愛羅は私の脚にぼすりと当たり、そのまま私は手を離して素早く抱き上げた。
いつもよりもこもこな我愛羅はいつもよりひんやりしてる。
腕の中で慌てるでもなく、我愛羅は硬直していて、目を見開いて私を見る。
「我愛羅、帰ろう。私のお家であったかいココア飲もう。そんで一緒にソファで毛布にくるまって寝よう。私二度寝したい」
「え、」
「痛みが欲しいなら私が痛いくらい抱きしめてあげるよ。我愛羅が潰れるくらいなら余裕だね」
「ぁ、綾」
我愛羅はやっと私の肩に手を置いて、ぎゅっとコートを握ってきた。それを見てお尻の下へ手をやり抱え直して歩き出す。
行きと違って重くなったけれど、暖かさは二倍だ。
この可愛くてカワイソウな我愛羅が馬鹿な勘違いを出来ないほどに、今から数時間は目一杯構い倒して甘やかしてやろう。
ザクザクと踏み締めてきた自分の足跡をもう一度踏み直して、2人分の重みを残していく。
鴉の声は聞こえなくなった。代わりに雀が囁きだしていた。
腕の中の小さな我愛羅は、私の鎖骨の横に頭を埋めて泣いていた。
ザクリ、ザクリと霜が鳴る。
【「キミが必要だ」と使い古された言葉を言うつもりはないけれど】
(いなくなると心に穴があくって言ってみようか?)
(さむいね)
(うん、やっぱりそれもさむいね。寒いねぇ)
了