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「幸せになりたい」
ブランコに乗りながら呟いた言葉は寒空の下消えた。私の独り言とも取れる台詞に、隣で勢いよくブランコを漕いでいたいのはそのままの勢いを生かして高い位置で薄い板から両足を離した。
いのの長い髪と赤のタータンチェックのマフラーが空を横断して、いのの体を追いかけた。見事に地面に着地してから、くるりとこちらを向いた。
「例えばどんな風によ?」
鼻の頭が赤い。私もきっと赤い。
「わかんない。幸せになりたいけど幸せがわかんない」
「はー?」
呆れた、と言うようにいのが溜息とも取れる非難の声を出して肩を竦めた。それと同じにいのの口からは大きな白い塊が現れて消えた。だいぶ気温が低いらしい。
私は地面に足を着けたままブランコを前後に揺らした。錆びた鎖が高い音を出して小さな公園に響く。
空が鈍色で、もうすぐ雪が降りそうだ。
「あのねぇ綾、幸せが解んないだなんてそれ、今幸せって事よー」
「ふーん?」
「少なくともあんたは今不幸じゃないわ。悩みはあるんだろーけど、そんなの誰にだって大なり小なりあんのよ」
いのはまたブランコに乗った。今度はちゃんと座ってブラブラと漕いでいる。それでも随分と勢いはある。
「不幸にも大きさはあるだろうけど、あんた幸せになりたいって言ってんだから現実に悲観はしてないのよー」
「うん、生きてはいたい」
「死にたいって思ってないってことは不幸じゃないわ。私の考えだけどー…」
がちゃん。
いのが飛び跳ねるようにブランコから立ち上がった。隣に繋がる私のブランコにも振動が伝わった。
そのままいのは私の前へ立って、私を見下ろす。
「ね、綾」
「んー?」
「幸せになりたい?」
にんまり、いのが笑う。
鼻につく女の子を言い負かしたときの顔に似ている。見上げた先のいのは、右目が前髪で隠れて少し見え辛い。
「そりゃ、なりたい」
「…幸せにしてあげるわー」
いのが近くなって、その長い前髪が私の左頬横を撫でた。ちゅ、と可愛い音をワザと残して、いのの顔は遠くなった。
私はきっと今真っ赤だろう。
「いの」
「ふふーん。あんた私のこと見過ぎなのよー。すぐ解っちゃったわ」
「いの、いのちゃ」
私、何も言ってない、し、言えてない。
いのは相変わらずにまにましたまま、私を見下ろしている。私だけが顔が熱くて、ブランコの鎖を痛いほど握り込んで、必死にいのを見上げている。
なんか、言わなきゃ。
「好き?」
馬鹿みたい。
やっと言えた言葉がこんな質素な。
「友達にちゅーすると思うー?」
ゆるゆると首を横に振る。
いのは満足そうに笑った。
そして私の、鎖に張り付いていた手を取って握った。いのの手は暖かい。
「隣にいてあげる」
「…いの、ばか」
うるさい、と怒られたけれど、いのの顔は笑っている。
手を引かれて立ち上がり、ベンチに置いてあった鞄を手に取った。
そのまま公園を後にする。
「雪降りそう」
「そうねー」
「いの、いの」
「何よー」
「すき」
「知ってるー。私も好き」
繋いだ手の力が強くなった。
私は抑えられずに笑顔が溢れ出る。
いのが、少し自分の方へ繋いだ手を引いた。私の体もつられていのへ近くなる。
どうしたの、といのを見ると、いのは私を見て目を緩ませた。
「ねぇ、幸せ?」
ふわり。
いのの背後で雪が降りた。
いのから視線を空へ向けて、ちらりちらりと落ちる雪を確認して、もう一度視線をいのへ戻した。
「…しあわせ」
「わたしも」
【君がいる】
了