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飽きたなら飽きたって、言えばいいのに。
そうしたら、さっさと楽になれるのに。
惰性のように一緒にいるのは、疲れないのかと思う。それとも、まだ少しでも私のことを愛してくれているの?
今日だって他の人の匂いを纏わせて私に会いに来る。それに気付かない振りをして、いつだって私は貴方のために笑顔を作る。
それに貴方は気付かない。
ああ、もう、でもそれも。
「ねえ、キッドさん」
「あ?」
彼が私をこの船へ乗せたのは約三ヶ月前。
当時小さな島に住んでいた私を気に入ったの一言で浚った人。燃えるような赤い髪に鋭い赤い瞳、にぃいっとつり上がった口に差した赤は彼にとても似合っていて、大きなコートも全部彼のために誂えたかのようなもの。その出で立ちに驚いたけれど、それより何より私自身が一目惚れのような感覚に陥ったのをよく覚えている。
彼に浚われても文句一つ言わず、彼の部屋へ軟禁されても涙一つ零さなかった。
だって全てはそうなるべきのような、私の運命はこうなるべきとでも言うような、それほど迄にしっくりときた出来事だったから。
彼と初めてセックスしたのだって、呻きの一つも上げなかったし、初めてなりにその大きな質量を頑張って受け止めた。泣き言一つでも漏らせば、忽ち彼は萎えてしまうだろうと思ったから。
私が性処理のためだけに乗せられたのはよく理解していたから、彼の言いつけをきちんと守っていた。トイレもシャワーも食事も、全て彼の部屋で。勝手に外へ出ることは許されない。
全部上手くやってきたはずだった。
彼は半月前から私を抱かなくなった。
船がどこかの島へ着岸したのは解っていたから、ああ、島の人で補っているのだな、と朧気に理解した。それでも何も思わなかったのは、よくあることだったから。
それに、私は彼のやることに口出しは出来ない。だって恋人じゃない、ただの体のいい玩具だから。そこもよく理解していた。
私の一方的な恋も、彼からの気に入ったの一言で報われていたようなものだったから、それでよかったのだ。
でもそれは、終わりの予兆だったのかも知れない。
彼は島で誰かと寝ても、私のところへ戻ってくる時は、必ずシャワーを浴びていて、何の痕跡も残さず帰ってきていた。
それなのに、半月前のあの日から、彼の体からは女物の柔らかい香水と、その惜しげもなく曝された肉体の隅の方へ、二つ三つ確認できる鬱血の痕を残して現れるようになった。
それを見た私は「ああ、終わるんだな」とこれまた漠然と理解した。
「今、楽しい?」
「…ああ?何だソレ」
唐突な私の質問へ、彼は眉を顰めた。
しかしすぐに元に戻り、ベッドに腰掛けながらにんまりと笑う。
「楽しいぜ?でなきゃ何のために海賊やってるかわかんねぇからな」
「そっか。うん、海賊は自由だからね」
楽しいことは自由じゃなきゃ出来ない。
海賊は自由。彼も自由。飽いたら次へ行くのだって自由。
言葉で言わず、私にその香りと痕だけで判断させるのはどうかと思うけれど。
もしかしたら口で言えないから、私から言わせるつもりなのだろうか。
私がヒステリックに泣いて叫んで問い詰めたら、彼はさも面倒だと言った顔で私のこめかみへ銃を突きつけて終わりにするのだろうか。
「ねぇ、キッドさん、ちょっと面倒な質問してもいい?」
木で出来た簡単な椅子へ座ったまま、膝を抱えて正面にいる彼を見つめる。
相変わらず怖い顔だけれど、どこかバランスが取れたその顔はかっこいいとも言える。そりゃそうだ、私はこの顔に一目惚れしたんだから、かっこいいと言えるのは当たり前だった。
彼は無言で促す。
「私のこと、好きでしたか?」
きっと、もっと、別な質問を投げかけられると思っていたのだろう。彼は少し目を大きくしたけれど、直ぐに鼻で笑った。
「最初に、気に入ったと言って連れてきたつもりだが?」
違ったか?と笑って訊ねる彼に、私はゆるりと頷く。
彼の気に入ったは、私の好きとは少し違うと思うけれど、彼なりの好きの言葉なのだろう。
と言うことは、私は気に入られていた。今はこの島の新しい人が気に入った。
彼はきっと待っている。
私がヒステリックになるのを。でも残念。
私だって自由が好きだったりするの。
「うん、ありがとう。今日はもう寝る?私ね、何だか疲れちゃって。キッドさんもそうでしょう?」
「…ああ」
どこか附が落ちない顔をしていたが、彼は香水の香りもそのままに、ベッドへ潜り込んだ。
私はシャワーを浴びてから寝ると伝え、シャワー室へ。
ぱたりと扉で彼との空間を隔絶して、シャワーのコックを捻る。水が流れ落ちて、排水溝へ流れていく。
それを暫く見てから、シャワーはそのままに、繋がっているトイレへ向かう。トイレの窓は少し大きい。そこへ体をねじ込ませて、部屋から脱出した。
右も左も解らない。初めてあの部屋から出た船の上はとても大きく広く感じた。
そう言えば、外に出るのもとても久し振りな気がする。すぅ、と深呼吸をすれば潮の匂い。月明かりに照らされた波間は暗く底無しだ。
はやく、と足を動かして、船縁へたどり着く。クルーに見られると厄介だ。
はやく、はやく。
隠し持っていた(きっと彼は気付いていた)、ナイフを取り出し、自分の腹へあてがう。
船縁へ立ち、その細い壁を越えた。
足は宙をかく。
体は反転して、暗い紺から美しい金色の月が視界に溢れる。反転したときに、ナイフはお腹へ突き立てた。
痛い痛い綺麗。
視界が滲み、金の月は溶けたようになる。
ばしゃん!
耳が大きな音を聞いた。
【サヨナラマーメイド】
了