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「お前、ふざけてんのか」
久し振りに逢った俺の恋人は、会うなり開口一番に悪態をついてきた。
久々にあった恋人に何て事を言うのだ、喧嘩を売っているのかと思うようなその台詞も、俺からすれば言われ慣れてしまっているため、素直に受け止めることが出来た。だからと言って、素直に謝るなんて事はしないひねくれた俺はベッドの上で笑ってみせた。
余計に眉間のしわが増えたオジサマは、ベッドルームの扉を壊れてしまう勢いで後ろ手に閉めた。
そのままズカズカと俺の前へ大股で近付き、笑ったまま見上げる俺の顔へ一発、彼にしてみればかなり力を抑えた平手を打った。
パン。
乾いた音がして、じんわりと俺の頬が熱く痺れる。殴られた反動で斜め横を向いたまま、俺は口を開く。
「久し振り、ベック」
髪が顔にかかってしまい、黒い暖簾の向こう側に彼の足が見える。
彼はまだ直立不動のまま、俺の頭へ視線を向けているのだろう。
「お前には、悪気ってモンがねェのか」
ごそごそと彼の右手が動いて、かちりと高い音がした。瞬間、紫煙が漂い煙の匂いが広がった。
ああ、少し怒っている。
俺の前では彼は煙草を極力吸わない。
それに手を伸ばすときは、今みたいに機嫌が悪いときか、聞いて欲しくないことを聞かれたとき。
ゆるりと、頭を元に戻して彼を見上げた。
「ごめん…って謝って欲しいのなら謝ろうか」
その、眉のない目の上がピクリと動いた。
深く吸い込んで二秒、たっぷりと肺を煙で満たしてから、ふぅと俺の顔めがけて吹き出した。
燻ゆる煙草の先から出る煙より、薄い白が俺の顔に纏わりつく。
「ちょっと、これ好きじゃないっていつも言ってるだろ」
「ふざけんな。立場解ってんのか」
へらりと口を緩ませて手を伸ばせば、いとも簡単にはたき落とされた。
指先が痛い。
「今回のは随分デカい奴だったな。前のはお前より若かったが」
忌々しそうに目元を歪めてを見る、というより、俺の後ろのぐちゃぐちゃのベッドを見た。
「若いの懲りた。今回のはベックに似てたよ」
「…お前、俺が来ると解ってんのに引きずり込むか、普通」
深い深いため息を、紫煙とともに吐き出して、ベックは俺の横へ腰を乱暴に落とした。スプリングがギシリと鳴り、俺の体が少し跳ねる。
先ほどはたき落とされたのはもう忘れて、俺はベックの垂れ下がった左腕へ手を伸ばす。
今度ははたき落とされもせず、腕を避けられたりもせずに、その筋肉だらけの腕に手を回せた。
筋がピクリと動いたのが、掌に伝わる。
「俺さびしーのよ。ベックはさぁ、船乗ってみんなと一緒じゃん。俺はこの島で一人な訳。しかもベックが用意したこの殺風景なお家に閉じ込められてんの」
わかる?と首を傾げつつ、その太い腕を撫でる。
さっきの男より腕の太さは太く逞しい。
俺はその腕へ絡み付くように体を擦り寄せた。
「閉じ込めていると理解していたのか」
「あっれ?マジだったの。俺、勘だった」
目をぱちくりさせながら、肩の向こうに見える、髭をきちんと剃り込んだ渋い顔を見上げる。
ベックは煙草をもみ消して、俺の顔に手を添えた。
最低、床が黒ずんだ。
撫でられる頬は無視して俺の視線は床に向く。
「…閉じ込めてるっつーのに、ケイは自由だな。いっそ鎖で繋ぐか?」
そう言われてから、俺の顔に影がかかる。
視線が床から目の前の灰色の目へ向ける。
唇が生暖かい。
それに煙草臭い。
「やめてくんない。俺は繋がれる趣味はない。つーかそれなら、俺を連れてってくれたらいいんじゃねーの?赤髪だってそこまで心狭くねーでしょ」
「お前、船に乗ってクルーにケツ出してみろ。それこそ俺はお前を犯し殺すぞ」
そういう危険性を孕んでるケイをわざわざ乗せると思うか?と、ベックは再び俺の唇に噛みついた。
食われるんじゃないかと思うほど口を開いて、俺の唇全体を覆ったその熱い口内は、唇に柔く噛みついてからぬるりと舌先で舐めてくる。
しかし俺は口を開かずに、そのままベックの左肩を押し退けた。
それに舌打ちをしたベックは、素直に離れて膝に肘を乗せて額を支えてうなだれるように座り直した。
「ごめん。風呂入ってくる」
「…ああ。くそ」
俺は再び謝って立ち上がり、頭を下げたままのベックの頭をぽんぽん、と軽く叩いて撫でる。髪は少し潮風のせいか傷んで軋んでいた。
俺は下のスエットだけを履いて、少しベタつく背中にハンドタオルをかけた。
口の中には未ださっきの男の味が残っている。下半身だって微妙に違和感。ゴムは付けたけれど、やはり少しの異物感だ。
そのままの体の状態で、ベックに触られるのはまた違う気がする。
寝室のドアを開ける時、ぱしりと腕をとられた。
何、と後ろを振り向けば、ベックが上の服を脱いだ状態で立っていた。
いつのまに、と思う中、そのままベックが先に寝室のドアを開けて廊下へ出た。それに引きずられる形で俺は部屋を出る。
「ちょ、なに。何だよ」
「俺も一緒に入る。待つのが面倒だ」
そう言ったベックからは煙草の煙の他に微かな香りがした。錆くさい。何となく察してああ、と頭が重くなる。
「…いーよ。背中流してやるよ。でも風呂でヤるのなしな。のぼせっから」
「……お前がどこかに彼奴の痕を残していなかったら我慢してやる」
「ねーよ」
残すのはあんたしか許可してねーもん、と前を歩く嫉妬深いオジサマへ呟いてやる。
少しだけ、肩胛骨の緊張が緩んだのが見えた。きっと顔も緩んでいるのだろう。
「照れてる?」
「黙れ」
「照れてるな」
おっさん可愛いな。さすが俺の彼氏じゃん、と腕を絡ませてやる。
捕まれたままの俺の手首が少し軋んだ。
「お前、誰彼構わずヤんのやめろや」
「おー、ずっと隣にベックがいてくれるならやめてやんよ」
「…ちっ」
けたけたと笑った俺は、ベックにバスルームへ押し入れられた。
正面に向き合った俺は今更ながらに、ベックの右手の指の節に少しの腫れを見つけた。かわって俺の頬はもう大分赤みが引いている。きっと、物凄く物凄く緩く叩かれたんだな。
で、彼奴はご愁傷様って奴だ。
俺のせいだけど。
「おっさんなのに嫉妬深いってどーよ」
「普通だろ」
「そんで、俺みたいなんに執着すんのもどうよ。俺めっちゃ普通。ベックならもっと上狙えるのに」
それに俺要するにヤリマンだし。
その赤い右手を手にとって、さする。
ぴくりと指が動いた。
「顔じゃねェだろう。多気なのは許せねェが、それ以外ならお前が一番落ち着くんだ。離す気はねェさ」
「わーお、おっとこまえー。俺は惚れ直したね。で、すっげー幸せ者だって痛感したね」
ベックの手をぽいっと捨て、さっさと自分のスエットを脱ぎ捨てて、バスルームの内ドアを開く。
ひんやりとした空気が体を包んだ。
まだ立ったままのベックは、何故か小さく唸っている。
俺は遠慮なくドアを閉めた。
磨り硝子越しにベックのデカい体が見える。
シャワーコックを捻り、温めのお湯が飛び出して俺の冷たい体を温めていく。視界が白い湯気でいっぱいだ。
俺は流れていく足下の排水溝を見つめて、一粒だけ、涙を落とした。
【I know, know no.】
了