犬の姫御前
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――・・**
その日は朝から殺生丸が何処と無くソワソワしているように見えた。勿論、そう見えるのは彩登美だけであって邪見やりんには全くもっていつも通りの殺生丸にしか見えない。
いつもならば好きなときに好きな場所へふらりと飛んでいく殺生丸が、今日に限っては彩登美の周りをうろうろとしあまり離れたがらないのだ。
かと思えば急にどこかへ消え、そうして帰って来たその腕には綿が入った着物を数枚と頭のもがれた猪を携えている。猪に関しては有り難く邪見が解体して、りんと一緒に本日食べる新鮮な部分と干し肉にできる部分を選り分けたが、綿入りの着物には首をかしげる。夏は終わりかけていると言え、まだ充分動けば汗ばむ季節なのに早くはないだろうか。
流石にりん達も不思議そうな目で殺生丸を見つめていた。
太陽が真上を越えて少し西へ下がった時刻、彩登美はとうとう本人へ聞くことにした。
あまり聞かれたくない理由だといけないからと気を利かせ、りん達から離れた場所に殺生丸を呼び向かい合って座る。ゴロゴロと白く大きな石が広がる河原は少しだけ尻の座りが悪い。
「殺生丸君、今日はどうしたの?」
「なんのことだ」
「ええー……あの、気付いてないの?」
対面する殺生丸は訝しげに少しだけ片眉を引き上げる。
そのまま素直に伝えても拗ねないだろうかと思案したものの、やはり聞かなければ殺生丸の行動の意味がなにがなんだかわからないので、彩登美は意を決して口を開く。
「あの、私の周りを……ううん、えっと…今日はずっと一緒にいてくれているでしょう?とっても嬉しいのだけど、やっぱり何かあったのか気になるし、あのお着物のことも…だから何かあったのなら教えて、ほしくて…」
自分の周りをうろうろしている、などとは言えずに幾分か柔らかく伝えたが彩登美の胸中はヒヤヒヤしている。機嫌を損ねられれば今日はこれから口をきいてもらえなくなるかもしれないからだった。
暫く二人の間には静寂が流れ、辺りには大きな川の流れる音と鳥の声だけが響く。
やはり聞かなければよかったか、と彩登美が思い出した時、ようやっと殺生丸の口が小さく小さく開いた。
「……彩登美、お前の匂いが少し変わったのだ」
「え?」
小さな声だったけれど、近い正面に座る彩登美の耳にはきちんと届いた。
匂いとはなんのことだろうか、と思わず自分の着物の袖を鼻先に持ってくる。
それをじっと見ていた殺生丸は、金色の瞳を一度伏せてなにかを考えるように顎に右手をやる。今度は彩登美が訝しむ番だった。
綺麗なひとの考える姿はとても絵になるなぁ、などと呑気なことを思いつつ、低い声が聞こえるのを待った。
「…そうだ。あの時と同じ」
漸く聞こえた声は納得した色を乗せて彩登美へ届く。
相変わらず言葉が足りないし対話をする気があるのか全く不明だがそれが殺生丸なのだ。彩登美は根気よく聞き出す姿勢を取る。
「なんのこと?あの時って?」
「お前が強い香を焚いていた時と同じ匂いがする」
「香を……え、…あっ、え…!!?」
その言葉で一気に彩登美の顔は赤くなる。強い香を焚いていた時とは即ち穢れ、現代的に言えば生理の時だった。つまりそのときと同じ匂いがするということは、彩登美が穢れの期間だということだ。
向こうにいる間は環境の変化や精神的なもののせいか一切穢れは訪れなかった。彩登美自身全くそこの辺りを気にしなかったので明確に覚えてはいないが、やはりなかったように記憶している。
こちらに来てからも数ヶ月、何もなかったのでてっきりそういった事柄も全てあの神によって持っていかれたのかもしれないと思っていた矢先だった。
赤くなる頬を押さえつつ、けれど彩登美は首をかしげる。
殺生丸に指摘をされたけれども、今現在彩登美の腹には何の違和感もないのだ。まさか彼の鼻が間違えるはずはないのだがどういうことなのだろうと羞恥を潜めた視線を殺生丸に送る。
「正確に言えば、あの香を焚く前日辺りからお前の匂いは少し変わっていっていた。今がそのときと同じ匂いと言うことは、明日か今夜にも穢れになるのだろう」
「けっ…!そ…、あ…あの、あの…!」
「なんだ」
殺生丸の口から穢れなどという単語が出るとは思わなかった彩登美は火が出るのではと思う程顔を赤くして目を回す。
そんなこと、一緒にいたときはひとつも言わなかったのに。
「けが…れ…って、殺生丸君、……知ってる、の」
ボソボソと出した声に殺生丸は静かに頷く。
彩登美がいなくなる前から実は盈月や侍女から聞いて教わっていた。
目的としてはあの煩わしい香を何とかして無くせないものかと思って訊ねた訳なのだが、彩登美から毎月あると教えられて以降、そもそもややを産むためとは言え毎月血を流す必要性が理解できなかった幼い殺生丸はその事由を引っ括めて訊ねたのだった。
それを盈月が面倒そうに、けれど愉しそうに揚々と教えたのが始まりだ。その後侍医にも詳しく訊ねたので粗方は理解していた。
しかし殺生丸には彩登美が恥ずかしがる理由はよくわからない。
侍医から聞いて理解をした殺生丸からすれば喜ばしいことの一つだったからだ。それがあるということは、彩登美は健康的な女人の証拠の一つであり、そうしてややが産める。胸を張ることはあれどなにを恥ずかしがる必要があるのだろうか。
「知ってたの……はあー…なんだか、とても恥ずかしい…」
「恥じ入ることはないだろう」
「ぅ、…うーん……まあ、いいや…あの、えっとなんだっけ…そうだ、匂いが変わって、だっけ」
羞恥で火を吹きそうになりつつ彩登美は殺生丸の言葉を反芻する。
以前から穢れ前日から匂いが変わっていて、それが今日ということは殺生丸の言う通り今夜か明日にはあるのだろう。
だとすれば。
「あの、ね。殺生丸君」
今来られたら、どう処理をすればよいのかわからない。
邸にいるときはしづおが朝昼晩と三回、綺麗な布を持ってきてくれていたのでそれを当て布にして巻いていたが現在は旅の途中。そんな便利なものがあるでもなく、当て布を作れたとしてもそれをどう捨てればいいのかもわからなかった。
彩登美の頭に同年代の女の子がよぎる。
名前を出すと不機嫌になるだろうなぁ、と思いつつも頼れるものがそこしかない。彩登美は下唇を少しだけ舐めると下がっていた視線を殺生丸に向ける。
「あの…かごめちゃんに、会いたいんだけど…ダメ?」
ピクリ、眉が上がり、すぐに潜められた。
言葉不足で不機嫌になると察した彩登美は慌てて理由を述べる。
「た、ただ会いたいってわけじゃなくてね。かごめちゃん、私より先に戦国乱世を行き来しているって言っていたから、もしかしたら何かその…アレの知恵があるかなって思って…」
「……今まで通りでは」
「そうできたら一番いいんだけど、今は昔と勝手が違うの。御邸でもないし、もし必要なものが揃ってもそれをどうしたらいいのか…私、殆ど全てしづおに任せきりであまり知らなくて」
理由を話せば、黙ってしまった。
彩登美は途端に不安になり顔を下げて足元の白い岩場を見つめる。
我儘だと思われただろうか。それとも腕を切り捨てた弟を頼るなどと言語道断だと憤慨するだろうか。殺生丸に嫌われてしまえば、私は生きていけない、などと憂鬱な気分になりつつ返事を待つ彩登美の頭に何か柔らかいものが乗せられた。
目を瞬かせ、そろそろと頭を上げれば殺生丸の腕が前から伸びていて、その先は彩登美の頭の上にある。
やわり、硝子細工にでも触れるかのような優しさで殺生丸は彩登美の頭を撫でると、静かに立ち上がった。
「…ぇ…、え?」
「…行くのではないのか」
パッと彩登美は立ち上がり嬉しさが込み上げて思わず幼いときのように殺生丸の右腕に抱きついた。
「ありがとう!ありがとう殺生丸君!」
抱き付かれた殺生丸は一瞬、頭一つ分小さい彩登美の姿が幼い姿にぶれた。あのときはまだ、彩登美は十二単を纏い、髪も今のように肩の下辺りで揺れてはいなかった。
少しだけあの広く穏やかな空気が流れていた邸を追慕した殺生丸は牙が抜けそうになる感覚を引き締め、しっかりと今を視認し直した。
「…すぐに行く。掴まれ」
「うん!」
促された彩登美は右腕に絡めていた手をきちんと殺生丸の腰へ回し、ひそりと引っ付く。
殺生丸は寄り添うように立つ彩登美を自分の重厚な尾で囲む。少し驚きつつもとても幸せそうに笑った彩登美を見ていると腹の奥が何やら蠢くのであまり見ないようにしつつ、鼻を動かして犬夜叉の匂いを辿ると、ふわりと妖力で浮き上がりそのまま南下した。
(こちらに来て初めてゆっくり友達と話せるかもしれない)
その日は朝から殺生丸が何処と無くソワソワしているように見えた。勿論、そう見えるのは彩登美だけであって邪見やりんには全くもっていつも通りの殺生丸にしか見えない。
いつもならば好きなときに好きな場所へふらりと飛んでいく殺生丸が、今日に限っては彩登美の周りをうろうろとしあまり離れたがらないのだ。
かと思えば急にどこかへ消え、そうして帰って来たその腕には綿が入った着物を数枚と頭のもがれた猪を携えている。猪に関しては有り難く邪見が解体して、りんと一緒に本日食べる新鮮な部分と干し肉にできる部分を選り分けたが、綿入りの着物には首をかしげる。夏は終わりかけていると言え、まだ充分動けば汗ばむ季節なのに早くはないだろうか。
流石にりん達も不思議そうな目で殺生丸を見つめていた。
太陽が真上を越えて少し西へ下がった時刻、彩登美はとうとう本人へ聞くことにした。
あまり聞かれたくない理由だといけないからと気を利かせ、りん達から離れた場所に殺生丸を呼び向かい合って座る。ゴロゴロと白く大きな石が広がる河原は少しだけ尻の座りが悪い。
「殺生丸君、今日はどうしたの?」
「なんのことだ」
「ええー……あの、気付いてないの?」
対面する殺生丸は訝しげに少しだけ片眉を引き上げる。
そのまま素直に伝えても拗ねないだろうかと思案したものの、やはり聞かなければ殺生丸の行動の意味がなにがなんだかわからないので、彩登美は意を決して口を開く。
「あの、私の周りを……ううん、えっと…今日はずっと一緒にいてくれているでしょう?とっても嬉しいのだけど、やっぱり何かあったのか気になるし、あのお着物のことも…だから何かあったのなら教えて、ほしくて…」
自分の周りをうろうろしている、などとは言えずに幾分か柔らかく伝えたが彩登美の胸中はヒヤヒヤしている。機嫌を損ねられれば今日はこれから口をきいてもらえなくなるかもしれないからだった。
暫く二人の間には静寂が流れ、辺りには大きな川の流れる音と鳥の声だけが響く。
やはり聞かなければよかったか、と彩登美が思い出した時、ようやっと殺生丸の口が小さく小さく開いた。
「……彩登美、お前の匂いが少し変わったのだ」
「え?」
小さな声だったけれど、近い正面に座る彩登美の耳にはきちんと届いた。
匂いとはなんのことだろうか、と思わず自分の着物の袖を鼻先に持ってくる。
それをじっと見ていた殺生丸は、金色の瞳を一度伏せてなにかを考えるように顎に右手をやる。今度は彩登美が訝しむ番だった。
綺麗なひとの考える姿はとても絵になるなぁ、などと呑気なことを思いつつ、低い声が聞こえるのを待った。
「…そうだ。あの時と同じ」
漸く聞こえた声は納得した色を乗せて彩登美へ届く。
相変わらず言葉が足りないし対話をする気があるのか全く不明だがそれが殺生丸なのだ。彩登美は根気よく聞き出す姿勢を取る。
「なんのこと?あの時って?」
「お前が強い香を焚いていた時と同じ匂いがする」
「香を……え、…あっ、え…!!?」
その言葉で一気に彩登美の顔は赤くなる。強い香を焚いていた時とは即ち穢れ、現代的に言えば生理の時だった。つまりそのときと同じ匂いがするということは、彩登美が穢れの期間だということだ。
向こうにいる間は環境の変化や精神的なもののせいか一切穢れは訪れなかった。彩登美自身全くそこの辺りを気にしなかったので明確に覚えてはいないが、やはりなかったように記憶している。
こちらに来てからも数ヶ月、何もなかったのでてっきりそういった事柄も全てあの神によって持っていかれたのかもしれないと思っていた矢先だった。
赤くなる頬を押さえつつ、けれど彩登美は首をかしげる。
殺生丸に指摘をされたけれども、今現在彩登美の腹には何の違和感もないのだ。まさか彼の鼻が間違えるはずはないのだがどういうことなのだろうと羞恥を潜めた視線を殺生丸に送る。
「正確に言えば、あの香を焚く前日辺りからお前の匂いは少し変わっていっていた。今がそのときと同じ匂いと言うことは、明日か今夜にも穢れになるのだろう」
「けっ…!そ…、あ…あの、あの…!」
「なんだ」
殺生丸の口から穢れなどという単語が出るとは思わなかった彩登美は火が出るのではと思う程顔を赤くして目を回す。
そんなこと、一緒にいたときはひとつも言わなかったのに。
「けが…れ…って、殺生丸君、……知ってる、の」
ボソボソと出した声に殺生丸は静かに頷く。
彩登美がいなくなる前から実は盈月や侍女から聞いて教わっていた。
目的としてはあの煩わしい香を何とかして無くせないものかと思って訊ねた訳なのだが、彩登美から毎月あると教えられて以降、そもそもややを産むためとは言え毎月血を流す必要性が理解できなかった幼い殺生丸はその事由を引っ括めて訊ねたのだった。
それを盈月が面倒そうに、けれど愉しそうに揚々と教えたのが始まりだ。その後侍医にも詳しく訊ねたので粗方は理解していた。
しかし殺生丸には彩登美が恥ずかしがる理由はよくわからない。
侍医から聞いて理解をした殺生丸からすれば喜ばしいことの一つだったからだ。それがあるということは、彩登美は健康的な女人の証拠の一つであり、そうしてややが産める。胸を張ることはあれどなにを恥ずかしがる必要があるのだろうか。
「知ってたの……はあー…なんだか、とても恥ずかしい…」
「恥じ入ることはないだろう」
「ぅ、…うーん……まあ、いいや…あの、えっとなんだっけ…そうだ、匂いが変わって、だっけ」
羞恥で火を吹きそうになりつつ彩登美は殺生丸の言葉を反芻する。
以前から穢れ前日から匂いが変わっていて、それが今日ということは殺生丸の言う通り今夜か明日にはあるのだろう。
だとすれば。
「あの、ね。殺生丸君」
今来られたら、どう処理をすればよいのかわからない。
邸にいるときはしづおが朝昼晩と三回、綺麗な布を持ってきてくれていたのでそれを当て布にして巻いていたが現在は旅の途中。そんな便利なものがあるでもなく、当て布を作れたとしてもそれをどう捨てればいいのかもわからなかった。
彩登美の頭に同年代の女の子がよぎる。
名前を出すと不機嫌になるだろうなぁ、と思いつつも頼れるものがそこしかない。彩登美は下唇を少しだけ舐めると下がっていた視線を殺生丸に向ける。
「あの…かごめちゃんに、会いたいんだけど…ダメ?」
ピクリ、眉が上がり、すぐに潜められた。
言葉不足で不機嫌になると察した彩登美は慌てて理由を述べる。
「た、ただ会いたいってわけじゃなくてね。かごめちゃん、私より先に戦国乱世を行き来しているって言っていたから、もしかしたら何かその…アレの知恵があるかなって思って…」
「……今まで通りでは」
「そうできたら一番いいんだけど、今は昔と勝手が違うの。御邸でもないし、もし必要なものが揃ってもそれをどうしたらいいのか…私、殆ど全てしづおに任せきりであまり知らなくて」
理由を話せば、黙ってしまった。
彩登美は途端に不安になり顔を下げて足元の白い岩場を見つめる。
我儘だと思われただろうか。それとも腕を切り捨てた弟を頼るなどと言語道断だと憤慨するだろうか。殺生丸に嫌われてしまえば、私は生きていけない、などと憂鬱な気分になりつつ返事を待つ彩登美の頭に何か柔らかいものが乗せられた。
目を瞬かせ、そろそろと頭を上げれば殺生丸の腕が前から伸びていて、その先は彩登美の頭の上にある。
やわり、硝子細工にでも触れるかのような優しさで殺生丸は彩登美の頭を撫でると、静かに立ち上がった。
「…ぇ…、え?」
「…行くのではないのか」
パッと彩登美は立ち上がり嬉しさが込み上げて思わず幼いときのように殺生丸の右腕に抱きついた。
「ありがとう!ありがとう殺生丸君!」
抱き付かれた殺生丸は一瞬、頭一つ分小さい彩登美の姿が幼い姿にぶれた。あのときはまだ、彩登美は十二単を纏い、髪も今のように肩の下辺りで揺れてはいなかった。
少しだけあの広く穏やかな空気が流れていた邸を追慕した殺生丸は牙が抜けそうになる感覚を引き締め、しっかりと今を視認し直した。
「…すぐに行く。掴まれ」
「うん!」
促された彩登美は右腕に絡めていた手をきちんと殺生丸の腰へ回し、ひそりと引っ付く。
殺生丸は寄り添うように立つ彩登美を自分の重厚な尾で囲む。少し驚きつつもとても幸せそうに笑った彩登美を見ていると腹の奥が何やら蠢くのであまり見ないようにしつつ、鼻を動かして犬夜叉の匂いを辿ると、ふわりと妖力で浮き上がりそのまま南下した。
(こちらに来て初めてゆっくり友達と話せるかもしれない)
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