犬の姫御前
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殺生丸の左腕にあった人間の腕は、早々に捨てられた。
肘から下がなければ使い物にならないので捨てられるのは勿論だったが、接続している付け根の部分から触手が伸びてきたのが一番の理由だった。
彩登美は勿論、りんも気味悪がって遠巻きに見ていると、殺生丸はその腕を捥ぎ、その辺りに投げ捨てた。
すぐに百足の様な頭の無い妖怪がその腕を持ち去り、四魂の欠片が入った人間の左腕だったものは消え去った。
左腕がきつく結合していたからか、じわりと血が滲む腕の切断場所を彩登美がたまたま見つけて摘んで綺麗に保管していた木綿で拭う。
それが終われば殺生丸は綺麗に着物を着直して小さく礼を呟いた。
一晩をりんが待っていたあの花畑で明かし、明朝陽が昇るか昇らないかの薄暗さで出発をした。
聞けば一先ず北を目指すという。
彩登美は阿吽にりんを乗せて、鞍に括り付けてある弓筒に弓を仕舞い、阿吽の手綱を引いて朝靄の中を慎重に進んでいた。
後ろの方で邪見が石に躓いたのか「あいてっ!」と叫んだ。
暫くは眠気と戦っていたのか大人しかったりんだったが、段々と太陽が高くなるにつれて意識がしっかりとしてきて、しまいには「おなかへったああ…」と背中で項垂れている。
「殺生丸君、朝ご飯にしない?川か何かあるかなあ…」
食料袋を確認した彩登美は、その中に糒が五つと干し肉が四つ、干し柿と梅干が数個。
昼か夜用に魚を確保したいと思った彩登美は前を歩く殺生丸に訊ねた。
「…この先に水の音がする」
「じゃあ川が近いね。りんちゃん、川に着いたら朝ご飯にしようね」
彩登美の言葉に、項垂れていたりんが勢いよく起き上がる。
「本当?!りんね、お鍋綺麗に洗うから、雑炊がいいなー」
目が輝いたりんの様子に、彩登美は笑顔になり、嬉々とした様子のりんを後方で見ていた邪見は「食い意地が張っておる」とぼやく。
「ふふ、いいよ。まだ味噌玉もあるし、味噌雑炊にしようか」
「やったー!じゃあじゃあ、何か山菜もあるといいなー」
りんが阿吽の背でキラキラと楽しそうに朝食について考えを巡らせる。
見ていれば此方が楽しくなるような幸せ全開のりんに、彩登美は顔が何処までも緩む。
「だらしない顔をしているぞ」
振り向いてわざわざ指摘した殺生丸に、彩登美はにまにましながら殺生丸の横に並んだ。
パっと放された手綱は邪見が慌てて拾い上げたが、りんに「阿吽は逃げないよ」などと言われて憤慨している。
「殺生丸君も、優しい顔してますよー」
隣に並んで殺生丸を覗き込めば、その口角は確かに緩く上がっている。
「……しておらぬ」
「してたのに」
すぐに殺生丸は口角を意図的に下げて隣の彩登美を見下ろした。
金色の目が彩登美をじっと見つめれば、彩登美の鳶色の目がそれを見返す。
「やっぱり殺生丸君は、母様に似ているのね。父上様はもう少し…そう、犬夜叉君寄り。抑々、犬夜叉君大丈夫かな…かごめちゃんいるし大丈夫か…」
目尻を下げて伝えた彩登美に、ピクリと殺生丸が反応する。
後ろで「邪見様も山菜採り手伝ってね」「なぁんでワシが手伝わにゃならんのだ!」「彩登美様も食べるんだよ」「……ぐ、ううう」などという会話が聞こえ、思わず彩登美がそんなの気にしなくていいのよ、という意味も込めて手をひらひらさせる。
「…私が父上に似ておらぬということか」
「そういう事じゃないよ。殺生丸君も勿論父上様にそっくりだよ。けど、目の辺りとかは母様。父上様って、ほら、男っぽいというか男性!って雰囲気だけれど、殺生丸君は涼しい綺麗な目元だもの。母様もそうでしょ。でも犬夜叉君は男って感じの目元だったから」
思い出す様に彩登美が顎に手を当てて視線を空に向けながら説明をすれば、殺生丸はフイと顔を正面に戻した。
「…いいなあ…殺生丸君達は」
しかし彩登美の小さな呟きで再び隣を見る。
先程までの楽しそうな顔ではなく、彩登美は寂しげな表情を浮かべている。
「何がだ」
「だって、母様とも父上様ともちゃんと血が繋がっている。面影を其処に見ることができるでしょう?私は、養子だから…だから、いいなあって」
彩登美がそんなことを呟けば、後頭部の髪飾りがきらりと光る。
「…目に見えぬ所で、随所に父上や母の影が見え隠れしているがな」
ふん、と鼻を鳴らした殺生丸に、彩登美は驚いた顔をする。
しかし何処だとせがんでも殺生丸が教えてくれない事は充分理解していたため、彩登美は静かに目を丸くするだけにとどまった。
「…そうね、いいか。母様にも父上様にも守られているし、殺生丸君が一緒にいてくれるから。似ていなくても、私それだけで幸せ」
彩登美はへらりと笑顔になり、髪飾りを少しだけ触って、まだ騒ぎ続けるりん達の元へと戻っていった。
川はもうすぐそこだ。
(血脈は薄くなる)