犬の姫御前
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―――・・**
「ねえ邪見様。彩登美様、最近なんだか前より綺麗になったね」
「そうかあ?儂にはいつも通りにしか見えん…」
阿吽に乗ったりんが殺生丸の後ろを楽しそうに歩く彩登美を見て自分も嬉しそうに笑いながら言うと、邪見は首を傾げる。
邪見にはどうしたって同じに見えた。
りんはむすりと頬を膨らませて、邪見に「同じじゃないよ!」と声を上げた。
それに反応したのは前を歩いていた彩登美で、振り向いて立ち止まり「どうしたの」と言いながらりんの横に並ぶ。
「ううん、何にもないの。彩登美様、最近前よりうんと綺麗になったね。殺生丸様も綺麗だし、いいなあ。りんも殺生丸様達と家族だったら綺麗になれたのかなあ」
おっとうもおっかあも殺生丸様達みたいに綺麗じゃなかったもん、と阿吽の耳に呟いたりんは、そのまま阿吽の鬣に顔を埋めて動かなくなった。
「りんちゃん?」
「んー……」
「彩登美様、お気になさらずともよいですって。こういう時のりんは拗ねておるだけですからなぁ」
邪見が全く、と言いながらため息をつけば、りんがくぐもった声で「拗ねてないもん邪見様の馬鹿」と言い放った。
憤慨する邪見に、今度は彩登美が「まあまあ」と宥める。
「彩登美」
「ん?」
殺生丸が足を止め、彩登美の名前を小さく呼んだそのすぐあと、空気が変わったことに彩登美は気付いた。
殺生丸がじっと暗い茂みを見ているのに気付いた邪見は、すぐに彩登美とりんを乗せた阿吽の前に人頭杖を構えて立った。
「ククク…流石は殺生丸様…お気付きになられるのが早い」
響いた声は低く、男のもの。
顔を埋めていたりんもパッと鬣から顔を離して声の場所を探る様にきょろりとした。
「な、何者だ!姿を現さぬか!」
邪見が叫べば、何処からともなく大きな蜂が一匹、羽音をさせながら現れた。
「きゃあ、おっきい蜂!」
りんが思わず叫ぶと同時に、彩登美が阿吽の鞍から自分の弓を取り出し、矢を緩く番えてじっとその蜂を見た。
蜂が一周くるりと飛ぶと、暗い茂みから音がする。
すぐに彩登美が弓を構えてそちらを狙い、邪見も人頭杖を構えて茂みを睨む。
殺生丸はゆるりと立っているが、視線は茂みのままだ。
「殺生丸様の左腕…犬夜叉のやつに切り落とされたと聞いておりますが」
そう言いながら出てきたのは、白い毛皮を纏った狒々の顔をした生き物。
殺生丸は体ごとのその狒々に向ける。
「貴様!何者だ!殺生丸様に対して無礼な!」
邪見が憤慨しながら殺生丸の足元へ向かい、白い狒々に向かって人頭杖を突き付けた。
「これはこれは申し訳御座いません。我が名は奈落…殺生丸様と同じ、犬夜叉を憎む者」
「……貴様、人ではないな」
殺生丸の言葉に奈落は小さく肩を揺らして反応するが、何も言葉は出さずに懐を漁る。
キリキリと彩登美の引く弦が鳴るのを聞いた奈落が、ちらりと彩登美を見てすぐに左掌を見せた。
「勇猛怜悧な妹君様ですな…しかし御心配には及びません。私は殺生丸様に腕を進呈致したく参りました」
そう言うと懐から左腕を取り出した。
「ひっ、人間の腕…?」
りんが小さく呟くと、殺生丸が奈落を鼻で笑った。
「貴様、この殺生丸に人の腕を差し出すとは」
バキリと指を鳴らして爪を見せた殺生丸に、奈落は腕を高く上げて頭を低くした。
「これは確かに人の腕…ですが繋ぎ目には四魂の欠片を仕込んでおります故、妖怪の殺生丸様にもよく馴染むでしょう…それに、これであれば殺生丸様の欲する鉄砕牙…あれを持つことも可能となるはず…」
奈落の言葉に殺生丸は爪を下ろした。
そうして奈落に近寄ると、その人間の左腕を掴み上げる。
「ええっ!まさかお使いになるのですか?!」
叫んだ邪見は殺生丸によって踏み潰されて黙る。
「貴様、何を企んでいる」
「殺生丸様に対しては私は何も…私も貴方様と同じく、犬夜叉に恨みを持つものでございますれば」
「ほう。貴様、私を使う心算か」
「……」
奈落が黙り込むと、殺生丸は口の端を吊り上げた。
足元にいた邪見が、ヒイと小さく悲鳴を上げる。
途端に空気を裂くように、バシュっと音を立てて一矢が一直線に奈落に向かって飛んだ。
白い狒々の体に矢が突き刺さったと思った瞬間、白い毛皮はバサリと軽い音を立てて地面に落ちる。
「なっ…!」
毛皮が落ち、中の奈落が現れるかと思えばそれはただの土の塊だった。
邪見とりん、彩登美が驚きにきょろきょろと視線を彷徨わせると、声だけが残響した。
「殺生丸様であれば、それを正しくお使いになられると…期待しております」
その声を最後に、奈落の気配は綺麗に霧散した。
すぐにまた静寂で穏やかな森の気配が広がる。
「殺生丸君、それ…使うの?」
弓を片手に持ったまま、彩登美が近寄ってその左腕を見る。
見れば見る程作り物方と思うくらい綺麗な人間の腕だ。
マネキンのようだ、と少しだけ思ったが徐に殺生丸が腕を左の袖の中に入れて、切り口へとあてはめると途端にそれは血が通ったように動き始めた。
「…うーん…相変わらず不思議よね妖怪って…ねえ…あれ、りんちゃん?」
りんに同意を求めようと阿吽のほうに向いた彩登美だったが、そこにりんはおらず、奈落の残骸の近くにいた。
「何してるの?」
「彩登美様が放った矢の近くに木のお人形があるよ」
りんが矢を拾い、その先を指さしたところには髪が巻き付けられた人型の木が転がっていた。
「…傀儡だ」
「これ、りん。触れるでないぞ」
「はーい」
接触させた腕の感触を確かめた殺生丸は、すぐに踵を返して歩き始める。
「…行こうりんちゃん」
「うん。阿吽行くよー」
ちらりと自分が打った奈落の残骸を見つつも、りんを促して阿吽に乗せる。
あの時、矢を放った時。
確かに奈落の方から底知れない視線を感じたというのに、あれが傀儡だったとは思えない。
彩登美の眉間は少しだけ縦皺が深くなる。
何と無く後ろ髪をひかれながらも彩登美は弓を背負い直して、殺生丸の背中をゆっくりと追い掛けた。
(さても気持ちの悪い猿のせいで幸先暗雲立ち込める)