犬の姫御前
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――・・**
「あ、彩登美様。そこは反対だよ、こっちを持って来て編むんだよ」
「そうなの?ううーん、難しいね…りんちゃんは凄いね」
「本当?!りん凄い??」
「うん。りんちゃんは凄くてとっても可愛い」
「えっへへー、褒められたらうれしくなっちゃう!」
キャッキャと花を飛ばしながら花輪を編む二人は、一見すると母子のようだが、その会話は姉妹の様に仲が良く軽く交わされている。
邪見はその様子を見て、はあ、と溜息をついた。
殺生丸が生き返らせた少女であるりんを旅に同行させてからというものの、なんとも賑やかになってしまった。
彩登美が同行し始めてから然程時間が経っていない状態でりんが入ったため、元々彩登美もお喋りだったのかは邪見には判断が付かず、喧しいと叱り飛ばすのも殺生丸の妹故憚られ、どうも思い通りにいかない。
殺生丸をちらりと伺うと、彩登美達の方には目をくれずにどこか遠くを睨んでいる。
鉄砕牙の事か左腕の事か、何を思案しているのかは邪見にはとんと解らないが殺生丸と彩登美達との賑やかさの差が凄すぎて、ちょうど中間地点の邪見はどうしたものかと考えあぐねていた。
そも、彩登美のみを同行させるのはどちらかといえば賛成だった。
殺生丸の義理とはいえ妹であるし、きちんと殺生丸の両親から英才教育(まあ箱入りで愛でられてはいたようだったが)を受けており、その体は特別な加護を受けているようで、殺生丸が毒で溶かした壁の影響を跳ね除けていた。
いつも付けている髪飾りも、両親の妖気が込められているという代物で、邪見くらいの妖怪が敵意を出せば一瞬で消し飛ぶ結界となっているという。
「(…なんとも、恐ろしいものをお持ちの方だ…)」
そこまでいけば、いざと言うとき自分の身を護るのに時間稼ぎもできるうえに聞けば弓まで扱えるという。
母から身を護れと言われて始めたと言うが、曰くその腕は中々良いほうであるというし、りんを迎え入れた時も殺生丸に弓を調達できないか相談していた。
そのようにあまり手のかからない彩登美であれば同行は頷けるのだが、りんに至っては何もできない。
生活の知恵はあるようだが、それ以外は護るしかない幼い少女を連れていくのはどう考えても足手纏い以外何物でもなかった。
しかしそれを殺生丸は連れていくと言うし、彩登美も大賛成であったし、そのような状況で邪見一人が物申すのも憚られ渋々黙ったのだった。
「(しかも、口がきけなかったというではないか。それなのに二度目の生を受けたら話せるようになったなど…)」
華やかなのは良いことだと一般的には言うのかもしれないが、邪見にとっては慣れるまで時間がかかるものであった。
「(ただでさえ、殺生丸様お一人でも難しいというのに儂はもう)」
「邪見」
「はいいぃい!この邪見、何も思っておりません殺生丸様!!」
急に背後からかけられた声に、邪見は酷く驚いて飛び上がり、そうして自分の邪念を見通されたのかと思った邪見は振り返ると同時に低頭した。
その様子を殺生丸は怪訝に思いながらも追及せず、そうして邪見に指示を出す。
「少し出る」
「は、はい!」
暗に、彼女等を見ていろということであるのは明白だった。
そのまま出ていくというのかと思えば、殺生丸の足は彩登美達の方へ向き、何事か彩登美達に喋った後すぐにその場からふわりと浮き上がって北西へ消えていった。
それを見届け、いそいそと邪見が二人に近付く。
「彩登美様、殺生丸様はお出かけに」
「うん。少し遠くまで行くから、適当に場所を見繕って寝て居ろって言っていたわ」
そんなに話したのか、と邪見は目を丸くする。
自分には一言だけであったのに、彩登美にはそこまで、と違いに肩を落とすが身内との差なのであろうと思い気分を直すことにした。
はあ、と顔を下へ向けていた邪見の烏帽子の周りに、ぽすり、と音を立てて何かが乗る。
「ん?」
さわさわと手で確認すれば冷たく柔い。
烏帽子を取ってその柔いものも確認すれば、それは薄桃や白の花弁を付けた花の輪だった。
乗せたりんはケラケラと笑っている。
「これ、りん!」
「あはは、邪見様可愛い!似合ってるよ」
「馬鹿者似合うか!」
全く、と言いながら花輪を取った邪見に、りんは抗議をする。
すると今度はパラパラと淡い色の花弁が頭上から降って来た。
はたと見れば、にこやかな表情で彩登美が掌から花弁を落としている。
ぽかりと邪見は口を開けて上を見た儘固まった。
「ふふ、邪見さん、お花が似合うよ」
「なっ、彩登美様まで…!」
はらりと花弁を落とす彩登美に、邪見は肩を落とす。
「彩登美様!りんも!りんにもそれやって!」
「いいよ、ちょっと待ってね」
彩登美は笑いながら手元に先程の花弁を拾い集める。
邪見の着物についた花弁も摘み、高く上げてりんの頭上から花弁を降らせる。
「きゃー、きれーい!」
楽しそうに笑って燥ぐりんに、彩登美も楽しくなったようでいつもより大きな声を出して笑う。
邪見はため息をついてから烏帽子をかぶり直し、空を見上げた。
雲は少ないが、太陽は大分西に傾いている。
この分であれば後数刻で夕暮れとなるだろう。
「彩登美様、りん。日が暮れる前に食べ物を調達せねばいけません」
「ああ、そうだった。ありがとう邪見さん。りんちゃん、今日は何が食べたい?」
はしゃぎすぎて疲れたのか、阿吽に凭れたりんに訊ねる様は母親のようだ。
「ううーん…お魚かなぁ…昨日お芋食べたから」
りんと彩登美は妖怪の様に何でも食べられるわけでもなく、かと言って霞や精気を食べるわけでもなく、至って普通の人が食べるものを食す。
しかしそれは各々で調達しなければいけない。
家族を失って一人で生きていたりんは、色々と逞しい。
彩登美は母達に甘やかされて育ったせいか、野を駆けて生きることはとことん疎く頼りない。
しかしりんと手を繋いで連れ立って街中を歩き、旦那を亡くした親子というように話をすれば同情した気のいい人から何かと施しが受けられる。
逞しいりんと強かな彩登美とで、日々の食べる物には何も困っていなかった。
そのうえ時折だが、邪見や殺生丸が猪や野兎を狩ってくるので肉にもさして困っていなかった。
彩登美は阿吽の鞍にぶら下げてある革袋を覗き、干し肉の枚数を確認する。
まだ四枚以上ある。一枚が大きい干し肉は、りんと彩登美の二人で分けて充分だ。
干し肉は少しだけ裂いて、後はりんの要望通り魚を焼けばいい。
魚を捕るのはりんに任せてしまう事になりそうだが、釣りだけは出来る、と彩登美は革袋の口を閉じて考えた。
「よし、りんちゃん。お魚焼いて、干し肉を少しだけ裂いて、後は野草が見つかればそれと一緒に煮ようね」
「うん!阿吽、近くの川まで連れて行ってくれる?」
りんが阿吽の鼻を撫でながら訊ねれば、阿吽は喉を鳴らして返事をする。
言葉として認識はできないものの、それは了承の旨を伝えている唸りだった。
「邪見さん、毎回申し訳ないのだけれど、釣りのお手伝いをしてくれる?」
「勿論です!蚯蚓を突き刺すことくらいこの邪見めにお任せください!」
「わあ、頼もしい。ありがとう」
彩登美とりんが阿吽の背中の鞍に乗り込んでから邪見が鞍の後ろ、阿吽の尻に座れば阿吽はゆっくりと足を動かして見る見るうちに宙をかけた。
はためく裾を抑えながら、彩登美は眼下に広がる森と少しだけ傾いた太陽、そうして少し離れた場所にある村から昇る白い煙を見て、にこにこと笑う。
「ねえ、りんちゃん。今度温泉を捜そうか」
「温泉?入りたい!」
「うん、私もゆっくり浸かりたいな。殺生丸君に言って、温泉があればそこで留まってもらうようにしようか」
「うん!」
楽しそうに笑って打合せをする二人に、後方にいる邪見はふうと息を吐く。
振り回されてはいるが割とこの空間も慣れれば楽なものではないのだろうか、と考え直すことに勤めることにした。
「(そうでも考えねば、儂の心の平穏が保てぬわ…)はあ…」
「最近邪見様、溜息が多いねー?」
りんの言葉に「そうか」としか返せないくらいにぼうっと遠くを見ていた邪見は、阿吽の急降下によって阿吽の尻から落ちる結果となってしまった。
(心の平穏は少し遠いかも知れない)