犬の姫御前
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*原作と展開が違います。
――・・**
歪んだ空間に吸い込まれた彩登美は、一瞬浮遊感に目を瞑ったが殺生丸によって抱えられゆっくりと目を開いた。
いつもの殺生丸の顔の向こう、そこには空の様な空間が果て無く広がり、そうして骨の鳥が悠々と飛び交っていた。
「ここは…」
「あの世だ」
「え?そ、それって私死んでしまうのでは」
自分と殺生丸とでは全然違う。
何せ人と妖怪だ。
妖怪には平気な場所でも人の自分には平気ではないのでは、と慌てた彩登美に殺生丸の長く浮遊する尾に掴まっていた邪見が声を大きくする。
「ここはあの世とこの世の境、長くいては危のうございますが、短時間であれば無害でございます!」
「そう…なの…」
ふう、と息を抜く彩登美を殺生丸はちらりと見たが、すぐに視線をその先にやり急降下した。
見えたのは大きな骸。
腹には朽ちた胴鎧を付けており、頭は大きな動物の骨だった。
「大きい」
呟いた彩登美は、髪飾りがキンと鳴ったのに気付く。
殺生丸も聊か目を開いて彩登美の髪飾りを見た。
銀の羽はいつものように光っているが、根元の玉飾りが白く光る燐に覆われている。その光は彩登美には見えないが、暖かい温度は感じ取っていた。
「これは、…」
「どうなっているの?殺生丸君、髪飾り壊れていないの?」
不安がる彩登美に一先ず頷き、その空いた胴鎧の中へ降り立った。
「ここは父上の腹の中…髪飾りが父上の残った妖力と共鳴しているのかも知れぬ」
「え、ここ…父上様のお腹の中なの?!」
「左様に御座います!いやしかし御父上様は立派な妖怪ですな…死しても骸から威厳を感じ入ります!さすがは殺生丸様の御父上様!」
ガラガラと腹に溜まる骸骨の上でやんやと騒ぐ邪見を尻目に、殺生丸は腹の奥に目を向けた。
そこにはぽつりと台座があり、そこへ錆びた一振りの刀が突き刺さっている。
「刀…?」
「鉄砕牙だ」
殺生丸はバキリバキリと骨を踏み砕きながら突き進み、刀へ手を伸ばす。
しかしそれはバチリという鋭い音で阻まれた。
「きゃっ…なに、殺生丸君大丈夫?」
慌てて近寄る彩登美は、掌からジュウと煙が出る殺生丸を見て余計に慌てる。
しかし痛そうに爛れた掌は、見る見るうちに治っていく。
「…大丈夫?」
「ああ…しかし、結界とは用心な事だ」
「殺生丸君、これが欲しいの?でも錆びているよ?」
彩登美は首を傾げてその錆刀を見る。
台座に突き立てられて神話のように厳かには見えるが、その刀身は錆び付きそうして刃毀れも見てとれる。
どうして殺生丸がこの刀を欲しがるのか、彩登美には理解が出来なかった。
それに殺生丸にはもう刀があるではないか、と殺生丸の腰に下がる鞘を見る。
しかし、次の殺生丸の言葉で刀に対する認識は変わった。
「父上の残した刀だ」
その一言で、彩登美はこの刀が特別大事なものに思えた。
「父上様の…」
もう少し近くに、そう思って刀に近付いた瞬間「殺生丸!」という叫びと共に彩登美のすぐ後ろで爆発したのかと思うような音と爆風が起こった。
思わず風に煽られた彩登美は膝をつき、台座にしがみ付く。
「なんだ犬夜叉、自分の墓穴でも掘りに来たのか?」
攻撃を交わすと同時に台座の飾りに腰掛けた殺生丸は、嘲笑う様に犬夜叉へ問い掛ける。
犬夜叉はそれに声を荒げようとしたが、出ることはなく先に彩登美の声が響いた。
「…もう!殺生丸君いい加減にしなさいな!なんだってそんなにツンケンするの!兄弟でしょう、仲良くしてよ!犬夜叉君だってそうよ。殺生丸君が吹っ掛けてはいるけれど、犬夜叉君も一々反応しないで!優しい父上様のお腹の中でまで、そのようにくだらない喧嘩をしないで!」
邪見は驚いて口がポカリと開いたまま彩登美を見つめる。
しかし他の面々もかなり面食らっていた。
あまり大きな声を出さない彩登美が良く通る叱りの声を上げ、そうしてあの殺生丸に意見をし、初めて会った犬夜叉にも説教をしたのだ。
殺生丸はフンと鼻を鳴らして視線を下に下げ、犬夜叉は「し、知らねぇ奴に怒鳴られた…」とブツブツ呟く。
そんななか、唯一かごめだけが疑問の声を上げた。
「ね、ねぇ彩登美ちゃん…い、今、優しい父上様って…」
恐々、そんなまさかと言う様にかごめが声を出せば、それに彩登美が返事をする前に冥加がピンと犬夜叉から飛び、彩登美の肩へ着地する。
「姫様!!御久しゅうございます姫様!!まさか生きていらっしゃったとは!この冥加、感涙でございます!!」
「冥加さん!お久しぶりですね!ああ、懐かしい…」
彩登美と冥加の会話に、犬夜叉とかごめは開いた口が塞がらない。
かごめはずっと「うそうそ、まさかそんな、うそ」と呟き、目をくるりと回す。
「お…お前…なんだ?」
犬夜叉がよろけ乍らも問えば、彩登美はぴたりと動きを止める。そうして今更ながら着物を直し、小さくお辞儀をした。
「名乗りが遅れて申し訳ありませんでした。私、彩登美と申します。今までお会いすることはなかったですが、一応順番的にいけばあなたの姉ということになります。なので、殺生丸君の妹です」
にこやかに告げた彩登美と、石のように固まる犬夜叉。
そうして「やっぱりー!」と頭を抱えたかごめと三者三様だった。
「で、も…お前…人間、だろ?ていうか、妙な感じだなお前。巫女みたいな感じと、親父達の妖気とが混ざってやがる」
「見抜けぬ程衰えているのか貴様の鼻は」
「んだと殺生丸!」
再び吹っ掛けた殺生丸は、犬夜叉の叫びを無視して静かに彩登美の横に降り立つ。
そうして再び刀を見て、何かを思案する。
彩登美の肩にいた冥加はピンと跳ねた。
「姫様、若しや殺生丸様はあの刀を取りに?」
「え?ああ、うん、そうよ。けれど結界が張られていて」
「なんと!」
冥加はピンピンとその場で飛び跳ねてから、すぐに大きく跳躍して犬夜叉の肩へ飛び移った。
「犬夜叉様、あの刀は大きな力を得ることができます!御父上様が我が子にと御残しになられた遺作刀…!殺生丸様に抜くことが出来なかったのであれば、あれは犬夜叉様への刀と言うことになります!!」
「うっせぇな!いるかあんなボロ刀!俺はそんなことよりあのすかした面に一発入れねぇと気が済まねぇ!お袋の代わりまで立てやがって胸糞悪ィ!」
叫ぶなり、犬夜叉はそのまま殺生丸の所へ突っ込んだ。
大きく右を振りかぶり殺生丸に狙いを定めて殴りかかる。
しかしそれをするりと交わした殺生丸は、伸ばされた犬夜叉の右腕を掴み、台座から離れた場所へ簡単に投げ飛ばした。
「要らぬと申せど、抑々あの刀に貴様は相応しくない。貴様は地べたを這うが似合う」
そう言うと、殺生丸は犬夜叉のいる場所へ鋭い突きを繰り出す。
再び始まった壮絶な兄弟喧嘩に、彩登美は泣きそうになった。
優しい父の腹の中で醜い身内の争いなど、見たくないのだ。
「犬夜叉ー!抜いちゃいなさいよ!殺生丸に抜けなかったものをあんたが抜いちゃえばプライドズタズタよ!」
かごめの叫びは、煽る言葉。
なんだってそんなことを、と彩登美は思うがそれに見事に煽られた犬夜叉は台座に飛び込むと刀の柄を握った。
邪見が「嘘!」と叫ぶ。
結界に弾かれた殺生丸とは違い、犬夜叉が普通に握れたのには彩登美も驚いた。
犬夜叉の唸りと共に刀は一瞬動いた、かのように見えたが結局数寸も抜けることはなかった。
冥加を責める犬夜叉に、殺生丸は毒爪を光らせて飛び上がり、振り下ろす。
素早く逃げた犬夜叉に追撃した殺生丸は今までの比ではないくらいに攻撃を仕掛け、ついには犬夜叉の顔を掠めて目に毒を浴びせた。
動きが止まった犬夜叉に、殺生丸が追い打ちの様に爪を振りかざす瞬間、彩登美の声とかごめの声がそれぞれの名前を呼び躯の中で反響した。
そうして犬夜叉に駆け寄ろうとしたかごめが思わずだろうか、刀に手をかけて走り出した瞬間、コッという軽い音と共に何とも簡単に刀が抜け、かごめの手に収まっていた。
その事実に全員の時が止まり静かな空間の中、かごめの「抜けちゃった」という声が酷く浮ついて消えた。
すぐに殺生丸が反応し、視認できない速さでかごめの前に降り立つとかごめに「何をした」と問う。
毒で霞む視界の中で、犬夜叉が手を出すなと叫んだ。
「そうもいかぬ。貴様の連れであれば猶更見過ごせまい」
そういうと気丈にも刀を構えたかごめに向かって、毒爪を向ける。
「ダメよ殺生丸君!かごめちゃんは人間なの!私の友人なの!」
叫んだ彩登美の声に小さく反応した殺生丸だったが、止まることはなく何故か更に速度を上げて毒爪をかごめへむかって放った。
どろりと溶けた壁とともに、かごめの姿もない。
刀だけが、残骸の中から顔を出していた。
「そ…んな…なんてこと、どうして…殺生丸君…どうして…!」
愕然とした彩登美は、力が抜けたのかへなりと座り込んだ。
犬夜叉が直ぐ様溶けた壁へ向かってかごめがいるであろう場所へ手を突き刺したが毒が皮膚を焼く音がして手を引いた。
「…か、ごめ…。…殺生丸…!!テメェ!!!」
目を見開いて突き出た刀を見ていた犬夜叉だったが、すぐに殺生丸へ爪を向けて飛び掛かる。
その先は見事に殺生丸の頬を掠めた。
「…女を殺されて頭に血が上ったか。なぜ父上が、貴様にあの刀をと言ったのか、解らぬ。このように女一人守れぬ弱い貴様に」
「うるせぇ!!」
言い争う兄弟だったが、その視界に動く彩登美の姿が見えたことに二人とも動きを止めた。
彩登美は座り込むのを止め、かごめのいた場所へと走り寄ると先程犬夜叉が同じことをして手が焼かれたというのに、溶け崩れた壁に手を伸ばす。
「い、いけませぬ彩登美様!犬夜叉の手が焼けていたでしょう!」
止める邪見を無視して手を入れようとした彩登美の前に、今度は殺生丸が立ちふさがった。
「どいて殺生丸君」
「お前は人だ。半妖ですら焼けたのだ。溶けて消えるぞ」
「結構よ。私はあっちでの唯一の友人を助けたいの」
「もう遅い」
「…っ」
押し問答をしていたが、彩登美が痺れを切らして殺生丸の脇から抜け、そのままの勢いで崩れた壁に手を突っ込んだ。
思わず邪見は目をふさいだが、彩登美の叫び声は聞こえず、代わりにぐちゃりという音が聞こえる。
恐る恐る目を開けると、そこには溶けた残骸に手を突っ込み、必死に掻き出す彩登美がいた。
殺生丸は驚いて目を見開いたが、無事な理由は直ぐに解った。
うっすらと彩登美の体に水晶の気が纏われ、その清浄な気を包むかのようによく知る妖気が覆っていたのだ。
必死に掻く彩登美の手が、刀の柄にあたる。ぎゅっと握ればそれはすぐに反応し、切っ先が動いたかと思えば勢いよくかごめが残骸の中から飛び出した。
「ぷはぁ!死ぬかと思った!」
「だ、大丈夫だったのかごめちゃん!」
「うん、なんか平気みたい!ありがとう心配してくれて。この刀凄いのね」
そう言うとかごめはすたすたと呆けた犬夜叉の元へ歩み寄り、刀を手渡す。
「…刀の結界に護られたか」
「え…?」
殺生丸の呟きはよく聞き取れず、彩登美は聞き返すが、それを返されることもなく殺生丸は刀を持った犬夜叉の元へ一歩踏み出すと、顔を変化させる。
「…何処までも私を虚仮にする気概。よいだろう食い殺してくれる」
そう言うと殺生丸は徐々にすべてを変化させていき、とうとう真っ白の大きな犬になった。
その姿は、彩登美が昔に見た大きさよりもかなり成長しており、見上げなければいけない程になっている。
「正体表しやがったか」
犬夜叉が揚々と刀を振りかざして殺生丸に切りつけたが、それは簡単に弾かれ、犬夜叉は殺生丸の前足の一降ろしで辺りとともに吹き飛ぶ。
その残骸が運悪くかごめへ向かうと、すぐさまかごめを護るために盾となった犬夜叉。そして何かをかごめと言いあうと、今度殺生丸に向き直った時にはその刀は大きく変化し、まるで牙のような刀身をしていた。
「刀が…変わった?」
「彩登美様、危のうございます!殺生丸様の後ろへどうぞご避難を!」
脹脛を押されて彩登美は渋々動き、殺生丸の後ろ脚の向こうへ落ち着いた。
「犬夜叉様!丁度良い、その真の姿の鉄砕牙で殺生丸様を試し切り致しませ!」
「…抜かせ。面白いことを!」
殺生丸は唸り声を上げて犬夜叉へ太い足を振り下ろす。
しかし一瞬、犬夜叉の方が早く動いてその足へ一太刀を浴びせた。
それは大きく鋭く、しかし綺麗な半円を描いて殺生丸の足を切断した。
夥しい量の血が溢れ出て、辺りに鉄さびの匂いが溢れた。斬られた勢いのまま殺生丸は骸の外へ落ちていく。
それに彩登美は何を思ったか、その殺生丸の後を追うかのように骸の縁に立つと、素早く飛び降りたのだった。
彩登美は後ろに、かごめの叫び声を聞いた気がした。
(骨肉の争い)
――・・**
歪んだ空間に吸い込まれた彩登美は、一瞬浮遊感に目を瞑ったが殺生丸によって抱えられゆっくりと目を開いた。
いつもの殺生丸の顔の向こう、そこには空の様な空間が果て無く広がり、そうして骨の鳥が悠々と飛び交っていた。
「ここは…」
「あの世だ」
「え?そ、それって私死んでしまうのでは」
自分と殺生丸とでは全然違う。
何せ人と妖怪だ。
妖怪には平気な場所でも人の自分には平気ではないのでは、と慌てた彩登美に殺生丸の長く浮遊する尾に掴まっていた邪見が声を大きくする。
「ここはあの世とこの世の境、長くいては危のうございますが、短時間であれば無害でございます!」
「そう…なの…」
ふう、と息を抜く彩登美を殺生丸はちらりと見たが、すぐに視線をその先にやり急降下した。
見えたのは大きな骸。
腹には朽ちた胴鎧を付けており、頭は大きな動物の骨だった。
「大きい」
呟いた彩登美は、髪飾りがキンと鳴ったのに気付く。
殺生丸も聊か目を開いて彩登美の髪飾りを見た。
銀の羽はいつものように光っているが、根元の玉飾りが白く光る燐に覆われている。その光は彩登美には見えないが、暖かい温度は感じ取っていた。
「これは、…」
「どうなっているの?殺生丸君、髪飾り壊れていないの?」
不安がる彩登美に一先ず頷き、その空いた胴鎧の中へ降り立った。
「ここは父上の腹の中…髪飾りが父上の残った妖力と共鳴しているのかも知れぬ」
「え、ここ…父上様のお腹の中なの?!」
「左様に御座います!いやしかし御父上様は立派な妖怪ですな…死しても骸から威厳を感じ入ります!さすがは殺生丸様の御父上様!」
ガラガラと腹に溜まる骸骨の上でやんやと騒ぐ邪見を尻目に、殺生丸は腹の奥に目を向けた。
そこにはぽつりと台座があり、そこへ錆びた一振りの刀が突き刺さっている。
「刀…?」
「鉄砕牙だ」
殺生丸はバキリバキリと骨を踏み砕きながら突き進み、刀へ手を伸ばす。
しかしそれはバチリという鋭い音で阻まれた。
「きゃっ…なに、殺生丸君大丈夫?」
慌てて近寄る彩登美は、掌からジュウと煙が出る殺生丸を見て余計に慌てる。
しかし痛そうに爛れた掌は、見る見るうちに治っていく。
「…大丈夫?」
「ああ…しかし、結界とは用心な事だ」
「殺生丸君、これが欲しいの?でも錆びているよ?」
彩登美は首を傾げてその錆刀を見る。
台座に突き立てられて神話のように厳かには見えるが、その刀身は錆び付きそうして刃毀れも見てとれる。
どうして殺生丸がこの刀を欲しがるのか、彩登美には理解が出来なかった。
それに殺生丸にはもう刀があるではないか、と殺生丸の腰に下がる鞘を見る。
しかし、次の殺生丸の言葉で刀に対する認識は変わった。
「父上の残した刀だ」
その一言で、彩登美はこの刀が特別大事なものに思えた。
「父上様の…」
もう少し近くに、そう思って刀に近付いた瞬間「殺生丸!」という叫びと共に彩登美のすぐ後ろで爆発したのかと思うような音と爆風が起こった。
思わず風に煽られた彩登美は膝をつき、台座にしがみ付く。
「なんだ犬夜叉、自分の墓穴でも掘りに来たのか?」
攻撃を交わすと同時に台座の飾りに腰掛けた殺生丸は、嘲笑う様に犬夜叉へ問い掛ける。
犬夜叉はそれに声を荒げようとしたが、出ることはなく先に彩登美の声が響いた。
「…もう!殺生丸君いい加減にしなさいな!なんだってそんなにツンケンするの!兄弟でしょう、仲良くしてよ!犬夜叉君だってそうよ。殺生丸君が吹っ掛けてはいるけれど、犬夜叉君も一々反応しないで!優しい父上様のお腹の中でまで、そのようにくだらない喧嘩をしないで!」
邪見は驚いて口がポカリと開いたまま彩登美を見つめる。
しかし他の面々もかなり面食らっていた。
あまり大きな声を出さない彩登美が良く通る叱りの声を上げ、そうしてあの殺生丸に意見をし、初めて会った犬夜叉にも説教をしたのだ。
殺生丸はフンと鼻を鳴らして視線を下に下げ、犬夜叉は「し、知らねぇ奴に怒鳴られた…」とブツブツ呟く。
そんななか、唯一かごめだけが疑問の声を上げた。
「ね、ねぇ彩登美ちゃん…い、今、優しい父上様って…」
恐々、そんなまさかと言う様にかごめが声を出せば、それに彩登美が返事をする前に冥加がピンと犬夜叉から飛び、彩登美の肩へ着地する。
「姫様!!御久しゅうございます姫様!!まさか生きていらっしゃったとは!この冥加、感涙でございます!!」
「冥加さん!お久しぶりですね!ああ、懐かしい…」
彩登美と冥加の会話に、犬夜叉とかごめは開いた口が塞がらない。
かごめはずっと「うそうそ、まさかそんな、うそ」と呟き、目をくるりと回す。
「お…お前…なんだ?」
犬夜叉がよろけ乍らも問えば、彩登美はぴたりと動きを止める。そうして今更ながら着物を直し、小さくお辞儀をした。
「名乗りが遅れて申し訳ありませんでした。私、彩登美と申します。今までお会いすることはなかったですが、一応順番的にいけばあなたの姉ということになります。なので、殺生丸君の妹です」
にこやかに告げた彩登美と、石のように固まる犬夜叉。
そうして「やっぱりー!」と頭を抱えたかごめと三者三様だった。
「で、も…お前…人間、だろ?ていうか、妙な感じだなお前。巫女みたいな感じと、親父達の妖気とが混ざってやがる」
「見抜けぬ程衰えているのか貴様の鼻は」
「んだと殺生丸!」
再び吹っ掛けた殺生丸は、犬夜叉の叫びを無視して静かに彩登美の横に降り立つ。
そうして再び刀を見て、何かを思案する。
彩登美の肩にいた冥加はピンと跳ねた。
「姫様、若しや殺生丸様はあの刀を取りに?」
「え?ああ、うん、そうよ。けれど結界が張られていて」
「なんと!」
冥加はピンピンとその場で飛び跳ねてから、すぐに大きく跳躍して犬夜叉の肩へ飛び移った。
「犬夜叉様、あの刀は大きな力を得ることができます!御父上様が我が子にと御残しになられた遺作刀…!殺生丸様に抜くことが出来なかったのであれば、あれは犬夜叉様への刀と言うことになります!!」
「うっせぇな!いるかあんなボロ刀!俺はそんなことよりあのすかした面に一発入れねぇと気が済まねぇ!お袋の代わりまで立てやがって胸糞悪ィ!」
叫ぶなり、犬夜叉はそのまま殺生丸の所へ突っ込んだ。
大きく右を振りかぶり殺生丸に狙いを定めて殴りかかる。
しかしそれをするりと交わした殺生丸は、伸ばされた犬夜叉の右腕を掴み、台座から離れた場所へ簡単に投げ飛ばした。
「要らぬと申せど、抑々あの刀に貴様は相応しくない。貴様は地べたを這うが似合う」
そう言うと、殺生丸は犬夜叉のいる場所へ鋭い突きを繰り出す。
再び始まった壮絶な兄弟喧嘩に、彩登美は泣きそうになった。
優しい父の腹の中で醜い身内の争いなど、見たくないのだ。
「犬夜叉ー!抜いちゃいなさいよ!殺生丸に抜けなかったものをあんたが抜いちゃえばプライドズタズタよ!」
かごめの叫びは、煽る言葉。
なんだってそんなことを、と彩登美は思うがそれに見事に煽られた犬夜叉は台座に飛び込むと刀の柄を握った。
邪見が「嘘!」と叫ぶ。
結界に弾かれた殺生丸とは違い、犬夜叉が普通に握れたのには彩登美も驚いた。
犬夜叉の唸りと共に刀は一瞬動いた、かのように見えたが結局数寸も抜けることはなかった。
冥加を責める犬夜叉に、殺生丸は毒爪を光らせて飛び上がり、振り下ろす。
素早く逃げた犬夜叉に追撃した殺生丸は今までの比ではないくらいに攻撃を仕掛け、ついには犬夜叉の顔を掠めて目に毒を浴びせた。
動きが止まった犬夜叉に、殺生丸が追い打ちの様に爪を振りかざす瞬間、彩登美の声とかごめの声がそれぞれの名前を呼び躯の中で反響した。
そうして犬夜叉に駆け寄ろうとしたかごめが思わずだろうか、刀に手をかけて走り出した瞬間、コッという軽い音と共に何とも簡単に刀が抜け、かごめの手に収まっていた。
その事実に全員の時が止まり静かな空間の中、かごめの「抜けちゃった」という声が酷く浮ついて消えた。
すぐに殺生丸が反応し、視認できない速さでかごめの前に降り立つとかごめに「何をした」と問う。
毒で霞む視界の中で、犬夜叉が手を出すなと叫んだ。
「そうもいかぬ。貴様の連れであれば猶更見過ごせまい」
そういうと気丈にも刀を構えたかごめに向かって、毒爪を向ける。
「ダメよ殺生丸君!かごめちゃんは人間なの!私の友人なの!」
叫んだ彩登美の声に小さく反応した殺生丸だったが、止まることはなく何故か更に速度を上げて毒爪をかごめへむかって放った。
どろりと溶けた壁とともに、かごめの姿もない。
刀だけが、残骸の中から顔を出していた。
「そ…んな…なんてこと、どうして…殺生丸君…どうして…!」
愕然とした彩登美は、力が抜けたのかへなりと座り込んだ。
犬夜叉が直ぐ様溶けた壁へ向かってかごめがいるであろう場所へ手を突き刺したが毒が皮膚を焼く音がして手を引いた。
「…か、ごめ…。…殺生丸…!!テメェ!!!」
目を見開いて突き出た刀を見ていた犬夜叉だったが、すぐに殺生丸へ爪を向けて飛び掛かる。
その先は見事に殺生丸の頬を掠めた。
「…女を殺されて頭に血が上ったか。なぜ父上が、貴様にあの刀をと言ったのか、解らぬ。このように女一人守れぬ弱い貴様に」
「うるせぇ!!」
言い争う兄弟だったが、その視界に動く彩登美の姿が見えたことに二人とも動きを止めた。
彩登美は座り込むのを止め、かごめのいた場所へと走り寄ると先程犬夜叉が同じことをして手が焼かれたというのに、溶け崩れた壁に手を伸ばす。
「い、いけませぬ彩登美様!犬夜叉の手が焼けていたでしょう!」
止める邪見を無視して手を入れようとした彩登美の前に、今度は殺生丸が立ちふさがった。
「どいて殺生丸君」
「お前は人だ。半妖ですら焼けたのだ。溶けて消えるぞ」
「結構よ。私はあっちでの唯一の友人を助けたいの」
「もう遅い」
「…っ」
押し問答をしていたが、彩登美が痺れを切らして殺生丸の脇から抜け、そのままの勢いで崩れた壁に手を突っ込んだ。
思わず邪見は目をふさいだが、彩登美の叫び声は聞こえず、代わりにぐちゃりという音が聞こえる。
恐る恐る目を開けると、そこには溶けた残骸に手を突っ込み、必死に掻き出す彩登美がいた。
殺生丸は驚いて目を見開いたが、無事な理由は直ぐに解った。
うっすらと彩登美の体に水晶の気が纏われ、その清浄な気を包むかのようによく知る妖気が覆っていたのだ。
必死に掻く彩登美の手が、刀の柄にあたる。ぎゅっと握ればそれはすぐに反応し、切っ先が動いたかと思えば勢いよくかごめが残骸の中から飛び出した。
「ぷはぁ!死ぬかと思った!」
「だ、大丈夫だったのかごめちゃん!」
「うん、なんか平気みたい!ありがとう心配してくれて。この刀凄いのね」
そう言うとかごめはすたすたと呆けた犬夜叉の元へ歩み寄り、刀を手渡す。
「…刀の結界に護られたか」
「え…?」
殺生丸の呟きはよく聞き取れず、彩登美は聞き返すが、それを返されることもなく殺生丸は刀を持った犬夜叉の元へ一歩踏み出すと、顔を変化させる。
「…何処までも私を虚仮にする気概。よいだろう食い殺してくれる」
そう言うと殺生丸は徐々にすべてを変化させていき、とうとう真っ白の大きな犬になった。
その姿は、彩登美が昔に見た大きさよりもかなり成長しており、見上げなければいけない程になっている。
「正体表しやがったか」
犬夜叉が揚々と刀を振りかざして殺生丸に切りつけたが、それは簡単に弾かれ、犬夜叉は殺生丸の前足の一降ろしで辺りとともに吹き飛ぶ。
その残骸が運悪くかごめへ向かうと、すぐさまかごめを護るために盾となった犬夜叉。そして何かをかごめと言いあうと、今度殺生丸に向き直った時にはその刀は大きく変化し、まるで牙のような刀身をしていた。
「刀が…変わった?」
「彩登美様、危のうございます!殺生丸様の後ろへどうぞご避難を!」
脹脛を押されて彩登美は渋々動き、殺生丸の後ろ脚の向こうへ落ち着いた。
「犬夜叉様!丁度良い、その真の姿の鉄砕牙で殺生丸様を試し切り致しませ!」
「…抜かせ。面白いことを!」
殺生丸は唸り声を上げて犬夜叉へ太い足を振り下ろす。
しかし一瞬、犬夜叉の方が早く動いてその足へ一太刀を浴びせた。
それは大きく鋭く、しかし綺麗な半円を描いて殺生丸の足を切断した。
夥しい量の血が溢れ出て、辺りに鉄さびの匂いが溢れた。斬られた勢いのまま殺生丸は骸の外へ落ちていく。
それに彩登美は何を思ったか、その殺生丸の後を追うかのように骸の縁に立つと、素早く飛び降りたのだった。
彩登美は後ろに、かごめの叫び声を聞いた気がした。
(骨肉の争い)