犬の姫御前
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――・・**
17歳の誕生日を迎える前月。
彩登美は山本とともに施設から少し離れた神社に来ていた。
長く続く階段を上り切れば、立派な鳥居とその先に本殿が見える。左には高く聳え立つ太い木が鎮座していた。
「彩登美ちゃん、私は神主さんにご挨拶してくるから、ここで待っていて。お話を聞いて貰えそうなら、呼ぶからね」
「はい」
山本は彩登美を参道に残して一人で社務所へ向かった。
いつぞやの心情の吐露のあと、山本と彩登美は二人で様々な事を調べた。
水に関わる話から、都市伝説染みたもの、神隠しや時渡り、他にも妖怪の話や陰陽師、鬼道など、関連しそうなものは全て当たった。
そこで一つ妖怪関連の古文書に記載されていたものに彩登美は覚えがあった。
「…あるのかな、本当に」
数多くある文献の中で、数冊にしか記載がなかった“四魂の玉”。
彩登美は記憶の中、何時ぞやに邸の警護の者が噂していたのを思い出した。
願いを叶える玉。
平安の、自分の生きていた場所との繋がりを見付けた彩登美は、藁にも縋る勢いで四魂の玉について調べると、一件の神社がヒットした。
山本に言えば早速行くとのことで、アポも入れずに彩登美達は代々四魂の玉を受け継ぎ護ってきたという日暮神社に向かったのだった。
鳥居を潜ってわかったのは、ここには清浄な空気が漂っていること。
しかしそれも薄らで、何かの拍子でその均衡はすぐに崩れるのだろうなと彩登美は思った。
水水晶を握ると体内に爽快感が広がって心安らぐのを考えれば、ここはまだ水晶より清廉な空気が劣っているのだろう。
ざわざわと揺れる木には注連縄がつけられ、これが御神木であることがわかった。中心部は少しだけ木の皮が剥げている。
そこにぺたりと掌をつければ、じんわりと懐かしい感覚が広がった。
「…?」
不思議に思った彩登美が顔を近づけたところ、視線の先に小さな小屋があるのを見つけた。
「なんだろう。祠?にしては大きいし、物置小屋かな」
近付けば、立て札がある。
「…骨、喰いの井戸?」
枯れ井戸と書かれてはいるが、その名前にはぞっとする。
立て札から離れて、木製の引き戸の前まで恐る恐る近付く。
「…いっ、た…!」
握り締めていた掛守から、ピリとした痛みが走った。
驚いて中を見れば、水水晶は静かにそこにいる。
宝仙鬼や盈月は「悪いものから守る」と言っていたため、もしかしたら警告なのかもしれないと彩登美は静かに後退った。
「彩登美ちゃーん!」
山本の声で、心臓の早鐘は落ち着いた。
慌てて元の参道に戻れば、山本の隣に神主の服装をした初老の男性がいた。
「彩登美ちゃん、こちら日暮神社の神主さん」
「初めまして。犬江彩登美と申します」
彩登美がさらりと髪の音を立てながら頭を下げると、男性も静かに頭を下げた。
「はじめまして、日暮神社で神主をしております。日暮草一郎と申します」
「日暮さん、お話を聞いてくださるって。四魂の玉についても…」
山本がそう言えば、日暮は待ったをかけて本殿へ案内をした。
ガチャガチャと鍵を外し、本殿に入ると座布団を隅から持ってきて二人分、入口に近い場所に置いてから自分はその前に腰を下ろした。
「座ってくだされ。経緯も含めて、長い話になります」
日暮の言葉に促され、彩登美と山本は素直に座布団の上に座った。
「まずは、そちらのお嬢さんの経緯を」
「はい。…三年前に少し賑わせましたが、平安時代からの神隠し帰りなのです。元々はここで生まれ育ったのですが、幼い頃に平安期に渡りました」
静かに彩登美が語り出す。
自分の渡った時代、その先、家族の事、自分の時渡りは水に関連しているかもしれないこと。
「…様々な文献を当たりました。今回此方へ赴いたのは、私が育った先で四魂の玉の事を耳にしたからです。それが今この世にもあるとの記載を文献に見付けた次第で」
長く話し続けた彩登美が一息ついた折、するりと本殿奥の扉が開いて女性がお茶を持ってきた。
「お茶をどうぞ。階段は疲れたでしょうから」
「ありがとうございます」
「ご丁寧にすみません」
三人の前にお茶を出し、その女性は直ぐに出ていった。日暮はお茶を一口飲むと顎髭を撫でて話す。
「その口振りですと、彩登美さんだったかな。貴方は向こうに戻りたいようですな」
「…はい」
その指摘に、彩登美は俯きつつ返事をする。
大体が皆「こちらに帰れて良かった」というものだったため、彩登美は自分が向こうに戻りたいという意見は反感を買うと思っているからだった。
宥める為か、山本が彩登美の肩を撫で擦る。
「…向こうに此方より大切なものがあるのであれば、戻ることもさもありなん。して、彩登美さん。少し待っていてくれんか」
「え…あ、はい」
日暮の言葉は、彩登美の意見を肯定したような言葉だった。
驚いた彩登美は返事が数舜遅れて返す。
日暮は席を立ち、先程女性が出ていった扉に消えていった。
「…良かったわね、彩登美ちゃん」
「はい、否定されなくて…狂言だと言われなくて、良かったです…」
彩登美は震える声で呟く。
四魂の玉と言った時、僅かながら日暮が眉間に皺を寄せたのが気になっていた。
なにかよくないことだったのだろうか。
不安に思っていると、タンと高い音を立てて扉が開く。日暮の後に続いて、ミニスカートを履いた少女が現れた。
「お待たせいたした。こちらは孫娘のかごめです。彩登美さんのお力になれると思いますぞ」
そう言うと、日暮はかごめを前に出して自分は静かに本殿の外へ出た。
しん、とした空間が広がったのも束の間、山本もすくりと立つ。
「多分、当事者だけのほうが話しやすいわね。彩登美ちゃん、私は日暮さん所にいるから、終わったら外に出てきてね」
「えっ…は、い」
山本は有無を言わさず、彩登美を残し日暮に続いて正面の参道に出る扉に消えていった。
「えっと、こんにちは。私は日暮かごめです。犬江彩登美さんですよね」
「…はい。…あ、の?」
かごめと名乗った少女は、彩登美に近付くと掛守をじっと至近距離で見つめた。
僅かに引きながら彩登美が掛守に手をやって視界から引き離すと、かごめがハッとしたように彩登美の顔を見た。
「ご、ごめんなさい!あの、色々じいちゃんから聞いたんですけど、四魂の玉を探しているんですか?」
「え…探すというか、まあ、そう、ですね」
欲するから探す、とは少し違う。
探している道標の一つになれば、とは思って探していた。
「あと、平安から来た…とか?」
「来た、とは少し…元々、此方の世で産まれたのですが、幼少の頃に川に落ちて、それから平安時代に。あの、…何か、かごめさんは御存知なのですか?」
彩登美が恐る恐る訊ねると、かごめは少し難しい顔をしてから、意を決したようにパンっと手を叩いた。
突然の事に、彩登美が驚いて少し体を仰け反らせる。
「あ…ごめんなさい。驚かせちゃって」
「い、いいえ…」
「私も、秘密の話をします」
そう言うとゴソゴソと胸元を探り、首にかけた紐を引っ張り上げてガラスの小瓶を取り出した。
その中には細長い、透明のような薄紫のような欠片が数個入っている。
「これね、彩登美さんが探している四魂の玉…の欠片なんだけど」
「欠片…?玉ではなかったのですか?」
ぷらりと下げられたガラス瓶に、彩登美は目を奪われる。
かごめは苦笑して、首から外して彩登美に渡した。
「私のミスで、玉を割っちゃって…ああ、そうそう。その前に言わなくちゃ。私も、彩登美さんと同じ様に時渡りをしているんです」
「え!」
急なかごめの発言に、彩登美は思わず掌の中にある瓶を取り落としそうになった。
「彩登美さんと違うのは、私は行き来ができるということかな…彩登美さん、祠の枯れ井戸は見ました?」
「あ…はい、御神木の近くの」
「それです!私、その井戸で行き来をしているんです。ただ…私が行き来をしているのは、平安ではなくて戦国時代なんですけど」
「戦国…室町、ですか」
「ああ、そうですそうです。……ねえ、彩登美さん。彩登美さんがいた平安には、妖怪っていました?」
思わず息を呑んでガラス瓶を握り締めた彩登美に、かごめは笑って「なーんて冗談…」と言いかけたが、すぐに身を乗り出して「いました!」と言った彩登美を見て押し黙った。
「……じゃあ、私が行っている場所は、彩登美さんの時代から時を経た時代かもしれないわ…四魂の玉もあって妖怪もいて…彩登美さんは、帰りたいのよね」
「…そう、なんです…私、帰りたい」
「……彩登美さん、無理かもしれないけれど、一度一緒に井戸に行きましょう」
言うが早いが、かごめは彩登美の手を取って立ち上がらせ、本殿から飛び出した。
(帰る為に)