青鬼(桃組) 未完
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「藤原先輩」
背後から聞こえた低い声に足を止めて後ろを振り向けば、そこには先日顔を知った赤鬼の姿。
涼しい印象を受ける切れ長の目元なはずなのに、瞳が大きいせいか可愛げのある顔立ちになっている。
記憶の中にある昔の赤鬼とは顔が違い過ぎて、本当にこいつが今代の赤鬼なのか疑わしい。
「…なんでしょう」
中庭で話しかけるだなんて、こいつはほとほと嫌な奴だ。
ここで私が無視をすれば嫌な噂が立つし、そうでなくても現代の赤鬼は人間たちに酷く好かれている対象。
そんな人に話し掛けられればやはり何か言葉は増える。
私が渋々ながらも返答をしたことに赤鬼は気付いたようで、周りに聞こえないように口をぱくつかせた。
「お く じょ う」
そう言うと私に背を向けて歩き始める。
何の話があるというの。
私は腕の中の縦譜を抱え直し、仕方がなく一歩遅れて歩き出した。
***
ゆっくりと歩いていた私は、だいぶと遅れて屋上に着いた。
扉の先には、赤鬼が長い髪を風に遊ばせて私を待っていた。
鬼族というのは綺麗な見た目が多い。故にどんなに憎い相手であっても絵になると思ってしまうのは仕方がない。
その見た目で、人間を騙すのだと蒼鬼様が悪戯に笑っていたのを思い出す。
一歩一歩ゆっくりと近付けば、赤鬼はやんわりと笑う。
「…ごめんね、呼び出して。ちゃんと藤原先輩とお話ししたくて」
「私は何も話すことは御座いませんし、あなたに先輩と呼ばれる義理は御座いません」
「…うん、わかってる。それでも来てくれて、ありがとう。やっぱり藤原さんは優しいね」
「…私が優しいのは、打算です。あのような場で声をかけられれば行かざるを得ません。解っていてそうされたのでしょう」
「…うん。ごめんね」
何度も謝る赤鬼に、いい加減苛立ちが募る。
早く終わらせて、私は琴の練習に向かいたい。
赤鬼だって、仕事があるのではないのか。
「僕が話したいのはね、…先代の赤鬼の気持ち。きっと藤原さん、誤解したままだから…」
「誤解もなにも、私の…高子の身に起きたことが全てでしょう」
くだらないと吐き捨て、私は踵を返そうとした。
しかしそれは赤鬼の手によって阻まれる。
肩を掴まれ「待って」と叫んだ赤鬼は必死だ。
手に力を入れ過ぎで私の肩が悲鳴を上げそうになり、思わず振り向いてその手を叩き落した。
「あ、ごめん…痛かったよね」
「…早く話せばいいでしょう」
私が赤鬼の顔を見ずに呟けば、赤鬼は手を少しだけ彷徨わせてから、すとんとその手を体の横に落としてすぐ話し始めた。
「…本当に、悪いことをしたと思ってるんだ。赤ちゃんをすり替えたこと…本当は、あの時、子供が流れる様に呪いをかけるつもりだった。自分だけ人間と仲良くしていた先代の青鬼への…意趣返しだったから。…けれど、赤鬼は、そのつもりで行ったのに、高子の美貌に落ちてしまった。…それで」
「…殺さずに、子を生かして、けれど復讐のために、挿げ替えた…そう言いたいの…」
思わず声が震える。
断片的に記憶が現れては、私の脳の奥に沈んでいく。
赤鬼は、私に惚れていた?
そんなことは知るもんですか。
だからと言って私の子供を自分の子に代えるだなんてよくもそんなことを。
私は縦譜に皺が寄れるのも気にせず、ぐしゃりと握り締める。
「…ごめん…けれど、本当に、赤鬼の気持ちは純粋だったんだ…」
今代の赤鬼が呟く言葉は私には棘にしかならない。
純粋な気持ちなら、人の子を殺していいのか。ふざけるな。
熱くなる頭を感じながら、私は赤鬼を睨み付ける。
「貴方の子を産むくらいなら…っ、あの時私と蒼鬼様との子を殺してくれていたほうが…いくらかよかった!っ私は、…赤鬼の面影の残るあの子を…あの娘を…っ」
記憶に現れる赤みのかかった黒髪の少女は、私に笑いかけては必死に私の機嫌を取ろうとしている。
私はあの少女を次男のように深く愛することはできなかった。
愛情を向けてやれなかった。
後悔は何度もした。
代が代わる毎に全く同じことを繰り返す。
青鬼は一代飛ばしで生まれ変わることが多いなか、赤鬼だけは毎代欠かさず産まれ、そうして毎代私の子供の挿げ替えをした。
結婚をしていた私に迫り、孕ませる。
運よく赤鬼に見つからなかった高子は三番目の娘を大事に大事に育て上げた。
記憶だけが、降りかかる。
私の中に、後悔と憎悪の感情が溢れる。
「…ごめんね。きみを苦しませたことは理解しているし、僕達だって後悔をしている。もっときちんと向き合っていれば、キミに嫌われることもなかったはずなのに…それを先代がしなかったせいで…、いつまで経っても高子から許しがもらえない…。僕は…僕らは…」
気持ち悪さに震えが止まらず、涙が溢れそうになる中、赤鬼が私に近付き手を伸ばす。
「触らないで…っ!」
触れられる前に後退って叫べば、赤鬼は悲しそうな顔をする。
けれどそれも一瞬で、何故か赤鬼はにまにまと口角を上げた。
「…ああ、ごめんね…ごめん。君はどうしたって僕らを惹き付けるんだ…。泣いていてもいとおしく感じるほどに。ねえ、僕、高子の事が本当に好きだよ。……今代こそ、宜しくね…」
そう言って笑いかける赤鬼は、酷く歪に見えて、不気味だった。
*