青鬼(桃組) 未完
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夕暮れの橙が射す人気のないガランとした教室の中、教卓側の前列の机周辺に丸く円を描いて、数人が座る。
桃園君を守るかのように、左右に犬飼君と雪代ちゃんが座り、高猿寺君は一個前の離れた机に座る。
雪代ちゃんから二つ飛んで赤鬼が、その横に宵藍様が座り、悠歌は黒板の前に立つ。
私は教卓の横に横に凭れるようにして立ち、黒板を背にした。
みんな、私を見ている。
視線が私に集まる。
ああ、遥か悠久の既視感。
「…悠歌」
呟くように名前を呼ぶと、悠歌は返事を返した。
そしてチョークで黒板を叩く音がする。
「では私巴が御説明と御紹介をさせていただきます。高子さんの生まれ変わりは藤原高子。その生涯は60…正確には68で終わるのですが、三人、子供を産んでおります。相手は二条様と言われていますが、時期的に考えて一番目は在原業平の子かと。その後お二人の子供は、二条様、若しくは…鬼の子かと」
悠歌の声に、その場にいた全員の顔が強ばる。
猿だけは、口元に笑みを湛え「へえ」と薄く笑った。
少しだけ後ろを見れば、黒板には私の名前と、それから先程出て来た人物の名前が書かれていて、それは全て線で繋がれていた。
そろり、と桃園君が手を挙げる。
「それって…あの、青鬼との…とか?」
相関図を見ていた私は曖昧に笑う。
「さあ…今のように明確な検査があるわけでも無し、時期が重なったからと言って誰の子か迄判りません。一様に噂になったのは確かに業平様ですが、三人とも本当に、二条様の子かも判りませぬよ?」
私が扇で口元を隠して笑えば、悠歌が溜息を、宵藍様が額に手を当てて唸る。
「…はあ、時期を考えてください…逆算すれば貞明様が出来たのは二条様が17歳になったばかりじゃありませんか。その時殆ど逢瀬もしていなかったのに出来るはずがありませんよ」
「何が全員二条の子よ。
二人の言葉に桃園君が大きな声を上げて驚き、雪代ちゃんは「まあ」と小さく驚く。
「あら悠歌、詳しいのね。同じ時代を生きたわけでもないのに」
肩越しに悠歌を見ると、こくりと頷く。
「…高子さんの生まれ変わりのことは、私が史実を調べ尽くしました。幼いときから一緒にいるので、何時高子さんが覚醒なさっても良いように、準備をしておいたんですよ」
覚醒は私の方が早かったのもあり、藤原家は生まれ変わりが産まれやすいと言うのもあって高子さんのお祖母様からお願いされていましたし、と悠歌は真面目な顔で呟く。
そんなことを言われていただなんて、私は知らなかった。
「へー…巴さんすげぇー…てことは、何だ?やっぱ藤原先輩は鬼には友好的な筈、ですよね…でも、紅のことは」
「…高子で宜しいですよ」
桃園君の言葉に返事を返しながら、ちらりと赤鬼を見る。
赤鬼はずっと私を見ていたのか、ばちりと目があった。
しかしそれに慌てるでもなく、赤鬼はやんわりと悲しそうに微笑み、口を開く。
「…さっきも言ったけど、僕が、今代の赤鬼だよ。紅でも、赤鬼でも、好きな方を…で、できるなら名前が…いいんだけど」
言い終わった後、少しだけ口を開いたままだったが結局それも何の音を出すでもなく閉じた。
本当は何か言うつもりだったのだろうが、やめたのだろう。
私は気にせず、暮内紅を見る。
赤く長い綺麗な髪。
切れ長の涼やかな赤目。
整った顔。
赤鬼の暮内紅は、全てが私の記憶を焦がす。
「…それは、仲良く手を取ろうと…そう言う意味でしょうか…?」
「高子、赤鬼は…紅は高子が思っているような」
「宵藍様。少し、…お静かに願えますか」
涼やかな宵藍様の声が頭に残るが、構わず遮ると宵藍様は唇を噛みながらも黙った。
ああ、可愛らしい唇に傷が付いてしまいます。
私の一言に、ぴん、と空気が張った気がする。
「な、なあ、藤…高子先輩。その、紅に武器を向けた意味を…理由を教えてくれることは出来ない、ですか?」
「祐喜お前敬語下手なー」
「咲羽だってそうだろー!」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ桃園君達のせいで、張り詰めた物が少し弛む。
もしかしたら彼等はわざとやったのかもしれない。
風の噂で、赤鬼に人間の友が再びできたと聞いたことがあったが、なるほど彼等は噂通りの人たちで、そしてあまりにも優しい人達だ。
私は、赤鬼に目線をやったまま桃園君に答える。
「私からの目線でよいのでしたら…お話しいたしますが」
「あ、後から紅のも聞くよ!」
「…それでは…私、藤原高子からの視点でお話しいたします」
扇を口元に当てたまま、ゆっくりと私は目を瞑った。
***
その日は、朝からざあざあと雨が降った日だった。
高子は寝殿造りの立派な場所で一人、枕草子を読んでいた。
同じ女がこうも面白い随筆を残すとは、と感心しながらも今日の分を読み終えた高子は細筆を取り、空を見る。
沢山の和歌が頭を過ぎる。
長男も次男も手元を離れてしまい、残るは自分と女官達と警護の者。と言っても、其処にいるのは全てが鬼。
今
鬼の子である次男には父親のことを伝えてあるため、まやかしの母を見ても巧くこなしている。長男の貞明は違和感すら抱かないが。
高子は何を書くでもなく結局細筆を置いて、重い着物を引きずり御簾を引き上げて外を見る。
其処には雨に濡れた紫陽花がこちらを見ていた。
青い紫陽花は蒼鬼の色に似ていて、高子は思わず笑みが零れる。
近くにいた小鬼に紫陽花を一本手折るように伝えれば、小鬼は素直に頷き雨の中庭へ降りた。
「傘を」
「直ぐですから、平気です高子様」
小鬼が一番大きい紫陽花を手折ると、すぐに此方へ駈けてくる。
ふ、と高子の視界に赤が走った。
「…っ!!たったかいこさま!」
高子を見る小鬼の顔が驚愕に目を見開く。
その視線を追って高子が斜め右を振り向けば、そこには緋色の髪を持つ美麗な佳人がいた。
高子と目が合えば、うっすらとその口元に笑みを携える。
「…許可もなく勝手に居に入るとは、無礼では御座いませぬか…?それとも…鬼の世界では常識的なことなのかしら」
高子が目元をきつめて佳人に問えば、軽い笑いを飛ばした。
「私が鬼だと、よく解ったね。他の妖かもしれないのに。…流石は蒼鬼の隠し人と言うべきか」
「…た、高子様、離れて…!」
紫陽花を手にしたまま、従順なる小鬼は高子を守るように濡れたまま、2人の間に躍り出て手を広げた。
「紫苑、良いのです。……貴方は、見目からして赤鬼でよろしかったでしょうか」
震える小鬼の肩をゆるりと押し下げて、高子は小鬼の腕を下げさせる。
赤鬼は興味深そうに高子を見る。
「そう。当たりだ。私は赤鬼。移ろう人に弄ばれた赤鬼だ。…人と離れるように、人と近付かぬように私を監視していた蒼鬼自身が…高子、人間であるきみを匿っていたとはね」
柔らかに笑んで、その陶器のような指を高子に伸ばす。
小鬼は爪で弾こうとしたが、赤鬼の呪力で弾き返され転がってしまった。
高子は凛としたまま、赤鬼を見据える。
「ああ美しい、美しいね、高子。鬼は元来美麗な者をよく好む。蒼鬼が傾いたのも頷けるよ」
するりと、高子の頬に指が滑る。
「蒼鬼と高子の間には、童もいるんだね…羨ましい限りだよ。…それで、其の腹の中は何人目?」
「、赤鬼…貴方」
「高子様!」
赤鬼は撫でていた頬を、その長く赤い爪で裂いた。
愛おしそうに、優しげな顔で高子を見つめる赤鬼は、頬の薄皮膚を裂いてしまったことなど事も無げに赤に塗れる爪先をそのまま顎に指を滑らせた。
「高子様!高子様!…赤鬼、貴様!高子様のお顔に傷を付けて、蒼鬼様が黙っていると思うなよ!!お前は所詮篭の鳥、呪いの一員でしかない存在なのだ!」
呪力で動きを封じられている小鬼は、這い蹲りながら叫ぶことしかできない。
見ては居られない。しかし主留守のこの襲撃。しかと自分が見ておいて、報告をせねばならない。
小鬼は団栗のように目を丸く大きく広げた。
赤鬼は喚く小鬼を一瞥して、右手で高子の顎を掴み、左手は高子の右耳に添えた。
「高子、意趣返しだよ」
「な、にを…」
「是から先も、私は貴方のそばに生まれよう…ずっと傍に」
呪いのように呟いた赤鬼は、そのまま高子に口付けを落として腹の子を傷付けた。
言霊と共につけられたのは腹の子をすり替えてしまうもの。
高子はさあっと血の気が下がる音を聞き、子宮に違和感を覚える。
口づけられた唇を噛みしめ、震える手でゆっくりと、何かを確認するように腹に手を当てる。
赤鬼の愚行と高子の様子を見ていた小鬼は、喉が裂ける程咽び叫んで涙を流す。
「な、にをっ……!」
「高子、きみの子は嘸や美しきかな」
そう言うなり、赤鬼は柔らかく笑んで颶と共に忽然と邸を後にした。
赤鬼がいなくなり、やっと動けるようになった小鬼は急ぎ震える高子へしがみつくように寄り添った。
白魚のような手を腹に当てたままの高子は腰が抜けたように座り込む。その手は震え、頻りに臍の下辺りを強く撫で擦っている。瞳孔が開き、黒翡翠のような瞳は眼震が酷い。
「高子様…!」
小鬼が声をかけると、少しの間震えは止まる。そうしてすぐに、パタパタと大粒の涙が無言で流れ落ち続ける。
その滲む目は、小鬼が落としてしまい、いつのまに踏まれてしまったのか形をくしゃくしゃにされた紫陽花を見詰めていた。
*