姉上御楼上 2017/04了
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足音を極力立てずに、五月は忍たま敷地へ向かう。
特に奇襲をかけるわけでもないが、足音を消して歩くのは既に癖のようなものになっているため、五月は無意識下で行っている。
弟の滝夜叉丸も同じような感じであり、そのため姉弟に用事がある場合は、移動する気配を追わなければ会えないという実はそこはかとなく会いづらい、または追いかけにくい二人なのだ。
五月はそんなことは露知らず、忍たま敷地へ向かう。
その足は図書室へ向かっており、今日借りる本のジャンルを思い浮かべながら、序でに誰の当番だったかもぼんやりと考えながら歩く。
すると見知った気配が三の辻で此方へ向かってくるのを感じ、其方を見れば、案の定、五月の後輩であり、くのたま二年生の六月が歩いてきた。
途端に五月は緩んだ表情になる。
六月が気付き、五月へ軽く駆け寄った。
「こんにちは、五月せんぱい。どちらへ行くんですか?」
きょとり、と首を傾げた六月は可愛らしい行動と裏腹に、無表情だ。
そんな事は無視して五月は頬を両手で覆う。
「ろくちゃん。可愛い…」
「会話をして下さいせんぱい」
六月は最上級生の五月へ心底冷えた目を向けるが、五月は気にせずに「だって可愛いもの…」と呟く。
「五月せんぱいウザイですよ」
ここに常識人がいれば、「先輩に対してその態度」と云々言うのだろうが、此処には残念な姉と一見常識的な二年生しかいない。
突っ込みは不在だ。
「…足が此方の方角と言うことは、忍たま敷地ですか」
まともな考察をした六月に、五月はさっと我に返り、こくりと頷く。
「ええ。図書室よ。本を借りにね」
「ご一緒して良いですか」
またもや無表情で言った六月。
対照的に五月はぱあっと顔を綻ばせ、自分のより幾分か小さい六月の手を取って歩き出した。
「行きましょう!ああ、もう、ろくちゃんなら滝ちゃんの隣に幸せそうに並んでいても文句言わないわ…きっとそれは宗教画のように素敵な光景なのよ」
「それ、他のくのたまや忍たまの一、二年生にも前言っているの見ました」
「ろくちゃん嫉妬?」
「会話をして下さいせんぱい」
とたとた、と六月の幼い足音だけが響く廊下。
相変わらずぶっ飛んでいる五月へ、淡々と返す六月。
入学したときはまだ尊敬していたのに、と六月はぼんやりと心中で思うが、ふ、と自分の委員会の先輩の顔が浮かぶと、ふるりと首を振る。
やはり上級生は全般的に頭可笑しい、と考えを改め、やはりみんな見た目詐欺だ、と頷いた。
そんな六月の横で、五月はにこにこと図書室への道程を進む。なんともしあわせな姉である。
「ろくちゃんは、図書室で何か借りるの?物語?参考書?」
「いえ、委員会で今度古城に行くので、周辺の地図を把握しに」
その言葉に、楽しそうだった五月の顔が一変、不機嫌に眉を寄せた。
「…どうしてろくちゃんがやるの?五年生がいたでしょう」
五月は六月が所属する委員会の顔を思い浮かべて、やはり一層眉を寄せた。
六月はくのたま二年の学級委員長であるため、珍しく忍たまと共同の委員会に所属しているのだ。
同じく二年生の学級委員長のトモミもいるが、じゃんけんをした結果、負けた六月が基本的に共同活動という運びになった。
行儀見習いが多いくのたまは、責任の出る委員会には所属しないし作らないのであるが、学級委員長だけは別だ。
くのたま一年にも学級委員長はいるが、行儀見習いメインなのか、中々顔は出さない。
三年生からは各々の道へ進むのに分かれるため、学級委員長という制度すら消える。
こういう理由で、共同と言っても六月しか参加していない。
六月は行儀見習いではなく、五月と同じように戦忍の、しかも諜報方志望のため、負けた結果とはいえ、きっちりと忍たまとの共同作業も文句を言わず行っている。
自分と同じ目的であると言うところと、きちんと忍たまを相手にしている、と言うところで、五月は六月をとても目にかけて可愛がっているのだ。
そんな六月が、しかも二年生の六月が、委員会の雑務。
五月は頭の中で五年生の顔に大きくバツをつけた。
「今、心の中で“クズ尾浜共ろくちゃんに押し付けたのか”とか思いませんでしたか」
「っ、凄い…!ろくちゃんインサイト使えるの!?」
「ジャンル越えは流石に止めませんか」
五月は繋いでいない方の手で顔を覆うポーズを取ろうとしたが、咄嗟に六月が突っ込んだため、ゆっくりと手を下ろした。
それを呆れた視線で見てから、六月は小さく溜息をつく。
「…せんぱい達のフォローをするのはしゃくですが、鉢屋せんぱい達は五六年生合同の実習でいらっしゃらないのです。残るのは私と一年生な訳で、でも一年生に任せるのは憚られます…と言うより、彦四郎はおつかいですし、庄左ヱ門は補習です」
ハキハキと淡々と、説明をする六月に、五月は乾いた笑いをこぼす。
「ああ、そういうことなのね。…庄左ヱ門君また補習なのねえ…は組は補習と言うことは、今日はきり丸君いないのかしらね」
「多分。六年生は五年生との合同ですから、図書委員長もいらっしゃらないでしょうね」
いつの間にか図書室前へと到着した二人。
五月はぱっと顔が華やぐ。
理由が判ってしまった六月はげんなりする。顔は無表情のままだが。
「今図書室は怪士丸君と久作君しかいないということね…!」
「まあ、そうなるでしょうね」
「まあ…!下級生二人だけなんて、桃源郷は此処ね!」
気持ちの悪い言葉と共に、すぱんっと図書室の扉を開いた五月。
五月に手を繋がれたままだった六月は嫌そうな態度でなるべく気持ち悪い先輩から距離をとろうとしたが、なぜかギュッと強く握られてしまった。
五月と六月が図書室へ入ると、勢い良く開けられた扉に驚いて目を丸くし、行動が止まってしまった能勢と二ノ坪が二人を見ていた。
五月の顔は勿論緩み、六月の手を引いたまま足早に二人に近づき、両手を自由にすると二ノ坪の頬をぐりぐりと押し撫でる。
「や、やめてくださいー五月せんぱぁい…!」
「はぁああ怪士丸君可愛い…!頬骨加減可愛い…!」
「五月先輩!怪士丸の顔色がいつもより悪くなってきています!そろそろやめてあげてください!」
「こんにちは久作君。今日も可愛いわ」
「会話をしろって言っているでしょうせんぱい」
もうてんやわんやである。
普段は静かな図書室も、五月のおかげで賑やかだ。中在家がいれば五月はもう少し大人しくなるのだが、ストッパーがいない今日は思う存分二人を愛でる。
六月は突っ込みはすれど巻き込まれるのは面倒なのか、さっさと地図探しをしていた。
能勢の必死の提案で押し撫でるのはやめ、心なしかいつもよりげっそりした二ノ坪を抱き上げて、五月は自分も本探しを始める。
「せんぱぁい…今日は何をお探しですかあ?」
「甲賀の経済史。あとは特に決めていないから、怪士丸君おすすめを一冊よろしくね」
「はぁあい。とっておきのこわぁぁあいのおすすめしますぅ…うふふ」
五月の肩に手を置いて怪しげに笑う二ノ坪に、近くで聞いていた能勢は少し顔をひきつらせた。
「能勢」
「っ、あ、久し振りだな、む、六月!」
「委員会には顔出してるからほぼ毎日忍たま敷地来てるけど」
「そ…そうだな…ええ、と何だ!?借りるのか!?」
「…相変わらず変に勢いがあるね能勢。この地図貸し出し手続き」
「そ、そうか…わかった!待ってて」
能勢と六月のやりとりを見ていた五月はにんまりと笑む。
喋るのに必死な能勢と、さして変わり映えのしない六月。
何かが二人の間にあるのは一目瞭然で、五月は愉しい下級生ににやにやする。
同じく抱えられていたため側で見ていた二ノ坪は、こっそりと五月へ耳打ちをする。
「能勢久作先輩は、むつき先輩が来るといつもこんな感じなんですよぅ」
「へえ…愉しいわねぇ」
「うふふ…僕にだって判っちゃいますからね」
声を殺して顔を近付けて笑い合う二人に気付いた六月は、きょとりとした顔で笑い声を聞いていたが、能勢が手続きを終えて急ぎ足で戻ってきたためすぐに視線を外す。
振り向いた六月に対して必要以上に反応した能勢を見て、二ノ坪と五月はまたケラケラと笑う。
人の恋路というのはいつでも楽しいものである。五月は自分がからかわれたら精神的攻撃を一ヶ月繰り返すのだが。とんだ棚上げ女である。
「脈はありそうかしら?怪士丸君」
「微妙ですねえ…なんせむつき先輩が全くわかんないですから」
「そうね…ろくちゃん、本当に楽しい嬉しい時じゃないと顔動かしてくれないからね…」
笑いから一転、二人で心底能勢に同情していると、手続きが終わった二人が近寄ってくる。
五月の最後の言葉だけ聞こえたのだろう、六月は首を傾げながら口を開いた。
「…?私、久々知先輩見てると楽しいですよ。久々知先輩を見てると顔緩んでると思います」
一瞬、図書室が静かになる。
いや、正しい図書室に戻ったと言うべきか。
「えっ」
「えっ」
「ちょっとろくちゃん、それって久々知が好きってこと…かしら?」
とんでもないお言葉を繰り出してきた六月に、五月が恐る恐る訊ねる。
その視線は能勢をちらりと気にしながら。
「ええ、はい。初恋泥棒は久々知先輩です」
「「ええーっ!!!!」」
しかし無情にも六月は核爆弾を投下した。
大打撃の能勢は瀕死だ。
「ぐ、ぐはぁぁ…!!」
「久作せんぱぁい!しっかりしてくださぁぁい!」
「落ち着くのよ久作君!衛生兵!衛生兵はどこなの!」
「…なんなんですか?この三文芝居」
心底げんなり、と六月は地図を抱え直して「もういいですか」と図書室を去ろうとする。
そして出際にそう言えば、と一言。
「でも最近は竹谷先輩と久々知先輩が一緒にインフレームしてるとそれだけで幸せかもしれません」
では、と言うだけ言って去った六月に取り残された三人は再び静まり返る。
そして震える小さな声で五月が呟いた。
「それって…つまり……五年生が悪ということで最終答弁ね」
「え、違いますよぅ五月先輩、論点ズレてると思いますー…」
二ノ坪の突っ込みを最後に、とうとう能勢は膝から崩れ落ちた。