姉上御楼上 2017/04了
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少し肌寒い日中。
久々の休みで忍たまやくのたま達は各休暇を楽しんでおり、一日しかないが近くの者は実家に帰省していた。
五月は静かになったくのたま長屋で、弟の滝夜叉丸とまったりと朝から過ごしていた。
平の家に帰るには一日では遠すぎるということで、姉弟水入らずで学園にて過ごすことに決めたのだ。
五月は朝から滝夜叉丸とご飯を食べ、滝夜叉丸の髪を好きなように弄り、絵合わせで遊び、近況報告で最近の滝夜叉丸不足を補った。
滝夜叉丸も少し長いおつかいをしていたために、久々の姉との対面にいつもの平滝夜叉丸ではなく弟としての顔を全面に出したもので、それが余計に五月の庇護欲に火をつけた。
お昼も食べて、お八つ時、肌寒かったために火鉢を焚いた五月の部屋は暖かく、微睡んだ空気の中五月を眠気が襲い、自然に滝夜叉丸の膝に頭を預けて寝っ転がった。
滝夜叉丸も何も言わずごく自然に膝を差し出すために正座をしたのだが、それについて突っ込む人間はここにはいない。
完全に平家だけの空間だ。
滝夜叉丸が、膝の上にある五月の頭を優しく撫で、その指で髪を梳く。
休暇のために忍服ではない二人は着流しでゆったりとしている。
五月の髪はサラサラと落ち、その音さえも聞こえてきそうである。
滝夜叉丸はその手触りににんまりと笑む。
「…しあわせ…」
ぽそりと呟いた五月の声は、障子扉に吸い込まれる。
五月の目は少しだけ開けた障子扉の奥のくのたま長屋の中庭を見ている。
忍たまのように暑苦しい鍛錬をする者もいなければ、塹壕やら蛸壺やらを掘り進める輩もいないくのたまの長屋は学園長の庵のように整然と日本庭園の美が広がっている。
しかしよくよく目を凝らせばそこかしこに罠が散らばる危険地帯ではあるが。
その中庭に、一陣、木枯らしが吹く。
「姉上、閉めますか?」
「部屋が暖かいし、少しくらい換気しないといけないから、このままでいいわよ。何より滝ちゃんがそのために動くなんて嫌よ」
せっかくの膝枕なのに!と五月は滝夜叉丸の膝小僧へ手を這わす。
撫でていた手が緩く緩く、ぺしりと五月の頭を叩いた。
見目のいい二人が膝枕で暖かな空気を醸し出すものは、一見物凄く綺麗な絵面だが、近付いてしまうと、いや、会話が聞こえてしまうと一気にその魅力が半減する。
「ああ、滝ちゃん、私の滝ちゃん滝ちゃんの膝枕は柔らかいのねいえ男の子だからそれなりに硬さもあるのだけれどそれは滝ちゃんだからというフィルターが誤魔化してくれるのつまり滝ちゃんの膝枕愛おしい滝ちゃんが愛おしい大好きよ朝から今までこんなに幸せで私いいのかしら明日死んでしまうのじゃないかしら」
「有り難う存じます姉上。なれど死んではなりません」
「そうね滝ちゃんがそう言うのなら私は死なないわ」
ぺちゃくちゃと喋りまくる五月とスルースキルを駆使して会話を成り立たせる滝夜叉丸。
普段の滝夜叉丸を知っている人間からすれば、特に下級生からすれば今の滝夜叉丸は「性格カス」とは言えないだろうし、寧ろこの姉に心を砕いて見える滝夜叉丸を尊敬するだろう。
実質体育委員会でも似たような境遇環境なため、体育の下級生達は滝夜叉丸を尊敬しているが。
自慢話の滝夜叉丸に関しては裏々山辺りの塹壕に埋めておく。
「それはともかく、姉上」
優しく優しく声をかけた滝夜叉丸は、声と同様手つきも優しく、五月の髪を撫で梳く。
五月の目はとろりとし、大好きな飼い主の膝の上で喉を鳴らす猫のような顔で軽く返事を返す。
「ついこの前、四郎兵衛達に“中在家先輩と五月先輩はそう言う仲って聞いたんですが、そう言う仲とはなんでしょう?”と聞かれました」
「………」
滝夜叉丸の問いかけに、五月はとろりと溶けていた目を瞬き一つで元に戻し、内心悪態のオンパレードだ。
主にそれの原因である某五年生に。
「姉上。どういう経緯で先の話になったのか、私にも教えてくれませんか。この滝夜叉丸、いかに優秀で有能で才能溢るると言っても流石に他人の関係性にまで首を突っ込むことはございませんし、いや、まあ、下級生や同年に関しましては少し探れば手にとってご覧に入れることが出来ますが、それがあの図書委員長で七松先輩の同室の中在家先輩と言えば流石の私でも突っ込めません」
故に、教えてくれませんか、と滝夜叉丸が滝夜叉丸らしくグダグダと言った中で、五月はごろりと寝相を変え、滝夜叉丸の腹へ鼻を押しつけた。
「はぁああ…滝ちゃんのいい匂いがするわ…」
「私の話を無視しないで下さい姉上。それともなんですか、この私の美しく健気で儚げなお願いの声が姉上には届かなかったと、そう暗に言いたいのでございますか」
「そんな訳ないじゃない!私はいつだって滝ちゃんの声を聞いているのよ。滝ちゃんの一言一句聞き逃さないようにと聴覚にどれだけ神経を集めて…いいえ、そもそも滝ちゃんの声なら本能的に集音するのだけれど、でも、でもね…」
ぐずぐずと滝夜叉丸の腹へ顔を埋めて呟く五月に、滝夜叉丸は困った顔で額近くを撫でる。
「…姉上、滝夜叉丸は姉上のことをよく存じております。でも…この学園内にいる間は六年生と四年生の隔たりもある上に、数年間は顔合わせも出来ておりませんでした。それに、姉上の方が長くこの学園にいるということは、私が学園に来る前までのことは私は判りません…そこへきて四郎兵衛達から言われた中在家先輩と姉上の関係、気にならないと言えば嘘になります」
優しく諭すように宥めて言う弟に、五月はぎゅうぅっと腰へ手を回して抱き締めた。
「…その話題に関しては、九割尾浜、一割ツツジが悪いわ」
「尾浜先輩?五年生のですか?」
驚いた声を出す滝夜叉丸に気付き、パッ、と顔を上げる。驚いた顔の滝夜叉丸を真下から見て、五月は目尻が下がる。
驚いた顔の滝ちゃん可愛い…と五月は心の中で大暴れした。
「ええ。彼奴が四郎兵衛君達の前で“そう言う仲”発言したんだもの。それにツツジが…」
そこまで言って、五月は膝枕から降りて、きちんと目の前で座り直す。
そして滝夜叉丸の両手を取り、その手へ視線を落とした。
「姉上?」
「…長次君との関係は…強いて言えばないのよ。私はね、滝ちゃんが大好きで、愛おしい。長次君も、好き。滝ちゃんへの愛と長次君への愛は違うものなんだけれど、大きさや比率としては滝ちゃんの方が一等大きいの」
「…そうですか」
自分の指先を弄られながら、滝夜叉丸は五月の伏された目を見る。
長い睫毛は伏し目になると綺麗に扇を広げている。
自分の目もこうなのだろうか、と滝夜叉丸はふと思った。
そして「きっとそうなのだろう」と納得した。以前後輩や七松に「睫毛が長い」と言われていたのを思い出したからだ。
そう言う些細なところで、滝夜叉丸と五月の血が繋がっているのだと判るのが、滝夜叉丸は好きだった。
顔も性格も反対の姉と、昔から似ていないと近所に言われていたのを、滝夜叉丸は気にしていた。
自分のことを一等大切に扱ってくれる姉が大好きでとても慕っていたからこそ、その姉と似ていないと言われることは、姉と繋がっていないという言葉と同等だと幼い滝夜叉丸は思い込んでいたのだ。
どう言うわけかこの学園にいると、姉と少しでも話したことのある人達からは「お前達は似ている」と言われることが多くなったため、幸せだった。
端から見れば、五月が異常なほど依存と執着と愛情を持って滝夜叉丸に接しているように見えるが、その実、滝夜叉丸自身も姉の五月へ絶対的な依存と愛情を持っている。
何をしても何を言っても姉は絶対に自分から離れていかない置いていかない愛想を尽かさないと理解した上での共依存の盆の上に、この姉弟は立っているのだ。
ツツジや綾部はそれを理解しているからこそ、この二人の危うさを深く考え、なるべくならとその共依存の関係を少しでも薄める努力をしていた。あまり効いてはいなかったが。
そんな折りに降って来た五月と中在家の話。
滝夜叉丸は知らない話で、姉の男の話に最初頭が割れるかと思った。
姉は“姉”として見ていたので、突然余所から「お前の姉は“女”だ」と突きつけられたような話は、滝夜叉丸は知りたくなかった。
けれど一度耳にしてしまえば気になってしまう。
自分以外に心を砕く姉が本当にいるのかと言う少しの猜疑心もあったのは事実だ。
下級生を可愛がるのとは訳が違う。だってそれは母性の延長であるし、庇護欲の対象の話。
しかしそれが同い年の男となれば別物であることくらい滝夜叉丸はわかっていたからこそ、本当のことを姉の口から聞きたかった。
するとどうだろう、五月は中在家の事を好きだと言ったではないか。
比率的な物は滝夜叉丸のが上だが、それでも好意に違いなく、しかもそれは愛情。つまり五月は滝夜叉丸以外にも心を砕くことが出来る人間だったのだ。
滝夜叉丸は、がつん、と横っ面を殴られた気分だった。
「ねえ、滝ちゃん。けれどね、これは私の問題なのよ。長次君のことが好きなのは事実。けれど長次君が私を好きかはわからない。いえ、…まあ、好きなのは好きでいてくれているのでしょうね…でもそれが、私の好きと同じかどうかなんて聞いたこともないし知りたくもないのよ。だって怖いでしょう。それが私と違ったら。だから私と長次君の間には、便宜上、関係性なんてない関係、なのよ」
「…姉上は、それでいいのですか」
滝夜叉丸のは声は存外泣きそうに震えていた。
五月は気付かない振りをして、滝夜叉丸の手を自分の頬へ持ち上げる。
「いいのよ。どうにかなりたいわけでもないの。それに私には滝ちゃんがいてくれる。滝ちゃんがいればそれでいいの。それにね、私は性的な欲があまり強くない。性欲や肉欲が強かったら、怖いなんて言わずに長次君にぶつかっていたでしょうね。何が何でも恋仲にって。大丈夫、そんなことしないしするつもりもないの。滝ちゃんがいてくれるから。心の余裕やゆとりが持てるのは、滝ちゃんという絶対的な愛情源がいるからよ」
優しい声色でつらつらと語り、滝夜叉丸の手に頬擦りをする五月の顔はそれはとても幸せそうに緩んでいる。
滝夜叉丸は、ふ、と何かが腹の底に落ちて消えたのを感じた。
そして五月に取られている手を動かし、自分から五月の頬へ手を添え、目をしっかりと合わせて幸せそうに笑った。
「私も、姉上という愛情源がいるからこそ、学年一優秀で実技もピカイチ、学園のアイドルとしての平滝夜叉丸として…そして弟の私として、輝けるのです。私は幸せですよ、姉上」
そうして、「この上なく、果報者で御座います私達は」と二人してくすりくすりと笑いあう。
庭には一層強く空風が吹く。
障子扉はとうとう閉められた。