姉上御楼上 2017/04了
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今現在、夜の忍務がある者達以外は食堂でおばちゃんのご飯を食べるか、風呂に行くか、予習復習をしているか、怪談話にでも花を咲かせているか、ともかく各々が好きな時間を過ごす時間帯。
先ほど珍しく一人でいたおシゲに声をかけ、五月とツツジは三人でご飯を食べていたが、おシゲはさっさと長屋へ戻った。
なんでも夜には同室が帰ってくるらしく、布団の用意をしなければならないとのことだ。
良くできた嫁をしんべヱは貰ったな、とツツジが感心していると、目の前に座っていた五月は空になった小鉢を横にどけて、机に突っ伏した。
食欲がない、と定食ではなく拳一つくらいの小鉢に入った煮浸しを選んだ五月に、おばちゃんは凄く心配をしたがツツジが理由を話せばなんと納得したのだ。
「……滝ちゃんが足りない…」
その納得した理由がこれである。
そう言えば弟が入学して間もなく自分達が必死に引き離してから暫くはこんな状態だったな、とツツジはげんなりした。
おばちゃん覚えていたのか、と彼女の記憶力の良さにも感心しながら。
五月は呪詛でも呟くかの如く、ぶつぶつと机に向かって呟いている。
「滝ちゃんに会えていない…なんで…食堂にいないのよ…そりゃ私もここ最近ちょっと忍務とか実習で中々こっちにこれなかったのもあるけど、それでも夜の時間帯ぐらい食堂でばったりしてもいいと思うし、そもそもなんでいないの。四年生は今日実習がないはず…もしかしてあの七松クソ野郎のとことか言わないわよねイヤよそんなの死んじゃうやだ会えないの辛い死ぬでも六年長屋なんて用向きもないのに行きたくないし滝ちゃんがいるならまだ…いやだいぶマシだけどいなかったらとんだ無駄足だし、ああなんで四年長屋に滝ちゃんの気配がないのどうしてなんで」
ずどーん、と効果音でも背負っているかのように机にめり込む勢いの五月を無視して、ツツジは大盛りそば定食をズルズルと食す。
「…ずるずるずるずると煩いわよ!私の気持ち考えなさいよバカツツジ!」
とうとうその麺を啜る音にブチ切れた五月。
がばりと顔を上げて目の前で黙々と蕎麦を消費するツツジを見て喚く。
「知らないわよ。友情より食欲だわ常識的に考えて」
「はあ?まだキャラ付けも定まっていなくて性格口調ともに不破ってるくせにその言い草はなんなのよ!」
「さしてあんたと変わんないわ。忍たま相手なら定まってきてるけどくのたま相手だとあんたも不破ってんだよ」
大盛りのはずの蕎麦を難なく消費して、蕎麦湯を飲みながら一服するツツジに、五月は余計切れる。弟不足が深刻なようだ。
ぎゃいぎゃいと喚くくのたま二人に、周りにいた忍たま達は「またか…」と遠い目をする。
そんな二人に近付き、五月の横へ控え目に立った青い影と水色の影。
「先輩達…またそう言うメタ発言してるんだなあ…」
ほわん、としたままの時友がトレーを持ったまま「隣いいですかぁ?」と首を傾げれば、五月はさっきまでツツジを睨んでいたと思えないほどの緩みきった顔で頷く。
その時友の隣に皆本が座った。
ぺこり、と皆本がツツジを見て頭を下げる。
「一年は組の皆本金吾です」と自己紹介した皆本に、ツツジも頭を下げて返した。
「四郎兵衛君!金吾君!今日も可愛いわねぇ…滝ちゃんの次に」
「…それ、褒めてるんですか?」
皆本が呆れた顔で言う。
お味噌汁を飲んで一息付いた時友が、少しだけ顔の血色をよくして頷く。
「うん。最近判ったんだな。“滝ちゃんの次に”って言う言葉は五月先輩の中では凄い褒め言葉なんだな!」
「時友先輩…確実に五月先輩に順応していってますね…」
「えへへ」
皆本が少し引きながら言うも、時友には響いていないのかふやけた笑顔のままご飯を口に入れた。
五月は時友の横で再び机に突っ伏す。
「…っ、えへへって!ちょっと、聞いた?聞いたわよねツツジ…今のぐうの音も出ないほど可愛かったのだけれど」
「そうね、滝ちゃんの次に、ね」
「気安く滝ちゃんなんて呼んでんじゃないわよ」
じろり、と顎を机に預けたままツツジを睨み上げると、ツツジは口を歪ませる。
「理不尽。つーかあんた、滝夜叉丸君のことになると七松レベルで暴君になってる」
「一緒にしないで!!」
顔上げて、バシンと机を叩いて訴える五月に、皆本は箸を置いて恐る恐る声を上げる。
体格差のせいで上目になるも、それが五月にはジャストフィットしたらしく、叫びたいのを唇を噛んで耐えた。
「前から思っていたんですが…五月先輩は、その…七松先輩のことがお嫌いなんでしょうか…?」
四人の間に、少し沈黙がおちる。
しかしそれも束の間、すぐに五月は真顔で頷く。
「ええ。私の可愛い可愛い滝ちゃんを我が物顔で扱う彼奴は大嫌いよ」
「あと、中在家と同室で中在家に迷惑かけてるからでしょ」
「ふざけないでアホツツジ」
ぼそり、と何のこともなげにツツジが言えば、下級生二人は一時停止する。
「えっ」
「なんで中在家先輩?」
皆本が不思議そうに時友に訊ねれば、時友も首を傾げる。
「さあ…?どうしてなんだなあ?」
二人の反応に、五月達は顔を見合わせ「まじか」と声を揃える。
「…この子達めちゃくちゃ純粋じゃない?何これ天使なの?」
「天使は滝ちゃんです常識的に考えて」
「黙れ」
ツツジが震える声で言えば、真顔で気持ち悪いことを言う五月。間髪入れずにツツジは突っ込む。
忍ならば、いや、普通の一般人でも、今の会話の流れ的に中在家と五月が何かがあるのは見当が付きやすいが、この二人はどこまでも純粋無垢であり、くのたまのすれた考えの下級生しか見ていなかったツツジは思わず目眩がする。
これが本物の子供の無垢さか、と汚れきった自分に頭を抱えたくなった。
ふ、と五月の後ろに影がかかる。
「それはつまりアレだよ、二人とも。中在家先輩と五月さんがそう言う仲って事だよ」
「!?!?」
弟の天使姿でも想像していたのだろう五月は、気配を殺して立っていた真後ろの存在に気づけず、肩を大きくはねさせた。
それに気付いて、驚かせた本人である尾浜はにやにやと笑う。
「五年い組の尾浜勘右衛門先輩!?」
皆本が驚きの声を上げるのは、皆本も尾浜に気付いていなかったからだ。
なんせ尾浜は歩いて来たわけじゃなく、上から突然現れたのだ。正しく言えば食堂の天井裏から、だが。
「尾浜。下級生に何を吹き込んでいるの」
「えー?そうなのかなって言う勘ですかね」
にこり、人好きのする笑顔で尾浜は笑う。
さり気なく五月の右肩に手を置き、隣に滑り込むように座った。
時友は焼き魚の骨を取るのに必死で、尾浜をちらりと見て挨拶だけして、また黙々と魚に集中する。彼の頭の中からは五月と中在家の事は今は消えたようだ。
「五月。コイツ今あたしの中でブラックリスト入りしたわ」
ツツジは冷めた目のまま、五月の左隣に座った尾浜を胡乱と見る。
「今更ね。コイツは前から要注意人物リストに入っていたわ。滝ちゃんのこともあったし」
さらりと言う五月に、尾浜は頬杖をつきながら頬を膨らませた。
目は楽しそうに笑っている。
「ええー、それ、許してくれるって言ってたじゃないですか」
「黙れ。あの時は長次君の手前仕方がなくだクズ尾浜」
五月の言葉に、尾浜は目を細める。
「やっぱり中在家先輩とそう言う仲なんじゃないですか」
時友がやっと魚を解し終わるのを見届けてから、皆本は少し遠い尾浜へ声を張る。
「あのー、先輩、“そういう仲”ってなんですか?」
「僕らちょっとわかんないんだなぁ…」
皆本に便乗して、時友もぽかーとした顔のまま訊ねれば、ツツジがガッと自分の額を叩いて仰け反る。
口を開こうとした尾浜は閉じた。
「五月。この子ら今あたしの中で天使入りしたわ」
「今更ね。この子達は前から天使なのよ」
デジャヴのような会話をする二人に、皆本はむう、と眉を顰める。
「教えてくれないんですか?」
にやり、と尾浜が笑う。
「教えてあげよう」
「黙っていろ」
五月が尾浜の太股を殴れば、ぐ、と顔を下げたが、すぐにへらりと笑った。
下級生から見えないようにするのが何とも意地汚い五月である。
「痛い…。…だって五月さん、否定しないじゃないですかー」
「付き合ってるわけじゃないしそう言う仲でもないよ」
ぽそり、と、小さく落としたツツジの言葉は尾浜の耳によく届いた。
「ちょっと」
「いいでしょ。隠すほどのことでもないし。てことで疑問は解けたろ。しっしっ」
心底いやそうに手を払いのけるふりをするツツジに、尾浜も眉を寄せた。
「そんな犬みたいな扱いやめて下さいよ。…へぇ、そっか。付き合ってるわけじゃないんですね」
口角を上げて、ツツジから隣の五月へ視線を移動させた尾浜は、心底面白そうな目をしている。
背中に、じわじわと何かが這い上がった気がするのを、五月は感じた。
「…なんか尾浜嫌」
「その山勘はきっと当たってるよ五月。コイツどうも面倒よ」
「嫌とか傷付くんですけどねー」
泣き真似をしようとする尾浜に、五月は苛つきが高まった。
「ああもう、どこかに行け!私は下級生に癒されたいのであって貴様のようにむさ苦しい男はいらないのよ」
「滝夜叉丸の居場所教えよっかなぁって思っていたんですけどねー?まあ、いいですよ、俺長屋戻りますね」
尾浜は小さく「折角そのために来たのになぁ」とか呟く。
しかし、立ち上がった尾浜の手首を五月はガシリと掴んだ。
「尾浜君、ちょっと座んなさいな」
ふわり、と食堂に尾浜が来てから初めての笑顔で五月が言えば、尾浜は嬉しそうに笑う。
「はーい」
浮ついた声色の尾浜は、それでも目は先程の心底面白そうな目でいたが、五月はそれに気付くことなく滝夜叉丸の話を聞きたがり、先程までの態度を一転、喜々として尾浜の言葉に耳を傾ける。
「五月、五月。転がされてることに気付け」
「結局“そういう仲”ってなんなんでしょうね、時友先輩」
「んんー…今度滝夜叉丸先輩に聞いてみるんだなあ」
同級生が年下に踊らされているのを不憫な目で見つめるツツジと、未だに頭を捻る無垢な皆本と時友だけが、尾浜が小さくピースしていたことに気付いた。