道連れ(三年) 2017/07了
名前変換
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・・
・・・。
・・・・。
ああだめだ。
だめなんだ。
もうくる。
絶対来る。
だから名前は教えちゃいけなかったんだ。
何と無く嫌だったんだ。
頭のどこかで、誰かがダメだって言ってたから、だから俺は教えなかったんだ。
みんな優しいから、素直に教えて、だから。
みんな連れていかれて、ああ、どうしよう、俺一人になった。
だめだいやだ無理だよ。
どうしたらいいの。
孫兵、藤内、数馬、そんで、三之助、と。
あ、作兵衛。ねえ、作兵衛はどこ行ったの。
ふ、と顔を上げて部屋を見たら、がらんどうだった。
一気に暗闇が俺に迫ってくる。
俺は、僕は。
いやだ。
一人は嫌だ。
作兵衛、作兵衛。
あああああああ、あ、ああ、あいつのせいだ。
あいつが憑いてきたから。あいつが。
「……」
ふらふらするけれど、必死に立ち上がる。
ゆっくりと襖障子を開ければ、月が光っている。
作兵衛はこっちだ。
ふらふらする足を引き摺る様にして作兵衛の後を追いかけた。
「あ」
山だっけ、森だっけ。
どうだっていいや。
いろんなところに色んな人が立っている。
こいつらのせいで、俺はいつも迷う。
なんなんだ。
呼ぶなよ止めてよ。
あっちだそっちだ、いい加減にしろって。
結局いつも違うじゃないか。
「三之助」
似たような姿かたちのやつがいる。
「作兵衛」
縄を引き摺ってる。
「孫兵」
赤い打掛を羽織ってふらふらしてる。
「数馬」
似たような、それでいて全く違うような笑い声が響く。
「藤内」
手を繋いで歩いている、その横の奴は誰だ。
やだ。
一人はいやだ。
今まで必死に、迷わされながらも必死に、みんなの場所までたどり着いてきてたのに。
みんながいなくなったら、俺、何処へ行けばいいのか。
「かんざき」
「!!」
耳元で、頭の中で、足元で、何処からか解らないけどアイツの声がした。
一気に早鐘を打つ心臓に、体が硬直する。
ぬ、と右肩から顔が突き出る。
「ぎゃ」
いつも通り俺達と同じ衣を身に纏い、顔は変な色、眼窩は窪んで黒く、眼球は地獄の底にあるのではと思うくらいに遠い。
にまにま笑う唇は血色もなければ瑞々しさもなく、罅割れている。
その間から見える歯は汚い土色だ。
頬はこけて、全身が細すぎるくらい細い。
そうして頭と掌だけ異様に大きい。
大きいくせに骨と皮で、そのくせ、ひやり、とぶよりと、し、て…?
なんで、おれ、触ったことないのに感触が…。
「う、わああ!」
気付いたら俺の首に手がかけられていた。
急いで叩き落すと、目の前のそいつはぐにゃぐにゃ笑った。
「神崎、独りぼっちはいやだろう?一緒においで。みんな待ってるよ」
「…ふ、ふざけ、…」
じわじわと近寄ってくるのを逃げようとすると、足元が不安定になって尻餅をついた。
手をついた地面は妙に柔らかい。
恐る恐る右手を見れば、土色なのか銅色なのかわからない、なにか。
けれどその銅色のぐにゃぐにゃの少し先には、白い骨が見えている。
体だ。
「ああああっ!」
「ああ、ダメだよ。私達の体だ。痛いでしょ。神崎の体もおんなじだよ。一緒だよ。でも平気。思考は別だよ。一人一人だよ。作兵衛も三之助も孫兵も藤内も数馬もみんな一緒だよ。ねえ、神崎。神崎のお名前は?」
「あ…あ…」
近付いてくる。
荼毘の匂い。
こいつ死んでたんだ。
ずっと死んでいたんだ。
この山には死体がいっぱいあって。
それで。
みんな。
連れていかれたんだ。
俺だけ残して。俺だけ置いて、みんな先に行っちゃったんだ。
「…おれ、だけ…」
「後は神崎だけ。ねえ、ナマエ、おしエえて」
「なま、え」
「オニイちゃん、なまえ、おしえええええ、カン、ざきおしえ…ああああ、おし、ナまえ、キカナイと、しんじゃ、イヤだ、おいていかナイで、いや、いやだ、ヒトリにしないデ、いや、ヤダ、まだ、ウゴける、きかなイと、ナマえ、はたらケるから、かんザき、イっしょ、コロさないで、ええ、ええ、えええあ、あアア、あ?ア、レ……そう、神崎…一人は、嫌だよ…独りぼっちは、嫌だ」
ぶっ壊れたように叫んだコイツは、ぴたりと口を閉じて、そうしてしゃがんですぐに、小さく顔を上げた。
落ち窪んで気味が悪いと思っていた目が、涙に溢れていて、凄く可哀想に思えた。
そうして、一人は嫌だと言ったその声は、昔の、俺の、僕の、声に、そっくりで。
「いっしょ、ニ、あそボウ。おなまえは?」
小さな時の僕の声に、俺は聞かれる。
しゃがんで丸くなったあいつの後ろに、みんながゆらゆらと足を揺らして下がっている。
みんな楽しそうで、それで。
「…さ、も…ん…」
「サモン」
「左門…一人は、いやだ…」
ニイィイっと笑った。
ガっとしゃがんでいた姿勢から俺に襲い掛かったソイツは、バサバサの髪を振り乱して、俺の上で狂ったように笑った。
「サビシイからね、サビシイから!」
そう言ってメキメキと音をさせて俺の首を絞めるソイツは、楽しそうに口角を上げている。
地獄の底の目玉だけは揺れて、涙が止め処なく溢れているその奥に、みんなの懐かしい視線を感じた気がした。
・・・・。
・・・
アア。
ヤット
一緒だ。