道連れ(三年) 2017/07了
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孫兵、孫兵。
綺麗な声が僕を呼ぶ。
ああ、その声。もっとずっと聞いていたい。
もっと呼んで。
ねぇ、もっと。
僕を呼んで。
「孫兵」
「……ああ。幸せな夢だったよ。ジュンコに傅く僕が、いて」
ジュンコに傅く?
どういうことなんだろう。
薄らと目を開けたら、そこにはにんまりと笑う小賀がいた。
暗い空間。
ここはどこなんだろう。
「ジュンコちゃんは、美人だね」
何をいまさら、と思った。
小賀の蛞蝓のような手が僕の手首を握る。
「ジュンコちゃんは少し手古摺ったよ。彼女は人間よりも聡明すぎる」
そう言うと、小賀は僕の手首を引いて、そのまま前に引っ張る。
けれど、歩けば歩くほど、足が重い。
歩きにくい。
一体、なに。
「っうわあああぁ!!」
「ああ、見ちゃダメだよ」
僕の足首は色んなモノを纏わりつかせて、ずるずると引き摺っていた。
泥、肉、骨、髪、指、土、水、何かの端切れ。
視認した瞬間、ガクガク膝が笑い始めた。
一歩進むごとに、ソレらは僕の膝を目指して這い上がってくる。
「…っああああぁっ、なん、なんだっなに、これ!」
「孫兵には、それが嫌なものにでも見えるの?ねえ、それはとってもいいものだよ。よぉく見てよ」
「…な、にを…言って」
小賀の言う通り、二度と見たくないが必死に勇気を出して足元を見た。
良く、見る。
「っ…?」
あ、れ?
さっきの、気味の悪いモノは…?
僕の足首には、あのへんなものではなくて、無数の蛇と花蔓が縋る様に伸びていた。
色とりどりの蛇は小さく、花蔓は綺麗な萌黄色だ。
恐怖なんてすぐに消え去った。
「わ、あ…どうしたんだろうこの子達」
「孫兵が好きなんだって…ずっと、一緒にいてほしいんだって」
「ふふ、そんな、こと。当たり前にするのに」
小賀の蛞蝓の手は、少しだけ和らいだ。
「さあ、孫兵。優しい孫兵にはご褒美。…その前に、孫兵は、私とも一緒にいてくれる?」
「…?何言ってるの」
振り向いた小賀の顔は、暗く、白く、眼窩が掘り窪んでいる。
ゾッとするような相貌なのに、僕は何とも思わず、首を傾げる。
一緒にって、今も一緒にいるのに。
どうしてそんなことを言うのだろう。
「いるよ。どうしてそんなことを言うんだい」
「…ずうっと?」
「……うん」
下から覗き込むように訊ねる小賀は、僕が頷くと、口角をこれ以上ないくらいに引き上げた。
裂けそうな口だとぼんやり思う。
「ああ、孫兵、ご褒美だよ。ずっと一緒だからね、ジュンコちゃんとも一緒に、ずっとずっと…ココで暮らそうね」
ぐっと手首を引いて、小賀の前に僕は押しやられた。
その先には、綺麗な朱色と緋色の武家着物を召した艶やかな黒髪の女性がいた。
白い肌に赤い着物、黒い髪、金の瞳は不思議な輝きをしている。
「…ジュン、コ…?」
僕はなぜだか一目見て、そのお姫様のような女性がジュンコだと思った。
「なんで、なんで」
「ジュンコと番になりたいという孫兵の想いは、私が叶えてあげたよ。これでジュンコは孫兵の倅を産めるよ。二人の子孫が出来ていくんだ」
小賀の言葉の、魅力的な事と言ったら。
ああそうだ、僕はこれでだれよりも幸せになるんだ。
このよで、いちばん、しあわせになれるんだ。
僕は恐る恐る、震える指先でジュンコの手にそっと触れた。
そのしなやかでひやりとした甘美な事!
思わず跪き、ジュンコの掌を自分の頬に添えて僕は顔を摺り寄せた。
つるりとしていて、それでいてざらりとした蛇特有の表面のような、不思議な掌は、僕を包んで離さない。
幸せな掌だ。
うっそりと目を細めて、ジュンコを見上げると、ジュンコは赤い紅を引いた綺麗な唇を吊り上げて笑った。
それだけで僕の心の臓は高まり、弾けて飛び出して消えてしまいそうだ。
「ジュンコ…ジュンコ。ああ、綺麗だ…美しい。蛇でも人でもやはり君は美しいね…ジュンコ、ジュンコ…僕と一生生きてほしい」
呟くように言えば、ジュンコは小さく小さく頷いた。
赤い紅の横に白い肌が並び、黒い髪がその縁を模れば、見事な美人画のようで、極楽浄土の天女のようなジュンコは、僕の唯一無二の存在だ。
ほうらね、こんなにもジュンコは綺麗だ。
言っただろう。
それなのにみんなはそんなことも聞かないで。
でも彼だけはジュンコの魅力を知っていて、彼だけが、ジュンコと僕を応援してくれて、そうして、彼のおかげで僕はジュンコと夫婦に成れた。
ああ、そう。
全部全部、彼の御蔭だ。
「…あり、が、とう」
言いたいのに、声に出したいのに、何故だか声は酷くしゃがれた、まるで泥水を飲み込んだ様な痛さと苦さを滲ませた。
「かわいそうな孫兵。これからずっと一緒だね」
彼の声が重なって聞こえる。
僕はジュンコを見た儘。
動けない。
彼の声が反響するような遠くなるような。
「ずうっと一緒だよ」
僕の視界は何もなくなった。
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