道連れ(三年) 2017/07了
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最近、左門が大人しい。
俺的にはそれで嬉しいし、ついでに三之助も大人しくさせてくれたらと思う。
けど、最近ただ大人しいだけではないことに気付いた。
妙なんだ。
じっと俺の隣とか、孫兵の隣とかを見つめる。
その視線に敵意とかそう言ったものはなくて、ただ"見る"ということをしているだけ。
今も教室から、窓の外をじっと見て動かない。
三之助は宿題をやっているから、今は放置していても大丈夫そうだ。
「なあ、左門。何見てんだ最近?」
俺の声に、少しだけ肩を揺らした左門は、「んー」と唸る。
俺は三之助に腰紐を結んでから、左門の隣に移動して、その視線の先を覗いた。
競合区域では午後授業の無い者が各々何かをしている。
そこに孫兵がいた。
そうしてその横に、いつもの同級生の姿。
「ああ、孫兵達?」
「……なあ、作兵衛」
やっと話出した左門は、沈んだ声を出す。
何と無くそれが、深い沼のようだと思った。
「…どうした?」
窓の外から視線を横の左門に移す。
その眼は暗い。
いつも馬鹿笑いや大きな口を開けて話す左門は、こうやって静かにしていると妙に聡い人間に見えるから不思議だ。
「あいつ、さあ…いつからいたっけ?」
「あいつ?」
「孫兵の隣の」
「ああ」
ちら、と視線を外に移してすぐに左門に戻す。
左門の視線はずうっと窓の外だ。
「いつからって…ずっと前から一緒だろ。お前ら探すの手伝ってくれたんだぞ」
あの時の恩は忘れない。
だだっ広い山で暮れてて、もう一生見つからないんじゃないかとさえ思っていた。
「んんーそうなんだけど…あいつ一年の時にいたかな…思い出せん!」
「ああ、俺も実は入学時にいたか思い出せないんだよな。その辺靄がかってるっていうか」
左門の声に、筆を止めて三之助が同意する。
「お前らなぁ…失礼だぞ。い組っつっても同級生だぞ。そりゃ孫兵より印象が薄いから仕方ねぇのかもしれねぇけど…」
はあ、とため息が漏れる。
三之助が「でも」と声を出す。
「思い出せなくても、いいけどな。アレは重宝するから」
「おい!」
「だって本当の事だろ。優しいから面倒見てくれるし、何だかんだ世話やいてくれるし、いて楽しいのは事実だろ」
三之助の言葉に一瞬ヒヤッとしたが、そういう意味でならいいか。
言葉が足りなさすぎるんだこいつは。
けれど実際、俺達が困ったときは必ずいてくれるから、頼りにはしている。
「ああ、そうだ左門」
俺はふと、この前言われた言葉を思い出す。
「あいつが、おめぇの名前を知りたがってたぞ。神崎だけ教えてくれないって」
あの時、凄く悲しそうな顔で俺に言ってきたのは今でもはっきりと思い出せる。
全く知らない場所に、たった一人で親に置いて行かれたような子供の顔だった。
どうしてそんな顔が出来るのか、凄く不思議になった。
実際に同じような事があったような、体験したかのような、そんな表情。
心許無いというか、立っている足元が崩れていくような、不安定な顔。
親に手を握ってもらえれば、その体を抱き締めて貰わなければ、すぐに砕けて崩れるような、そんな感じだった。
ああ、そう言えば、あいつの親の話を何も知らない。
まあ、孫兵とか、三之助とか、藤内とかの親の事も知らないから別にあいつだけがというわけではないんだけど。
俺の言葉を聞いてから、左門は妙な顔をして、天井を見上げた。
暫くそのままじっとしていたが、終ぞぱかりと口を開ける。
ぱ、と空気が抜ける変な音をさせながら。
そうして、天井を見上げた儘話し出す。
「三之助、作兵衛。名前って、大事なんだぞ」
「…は?」
三之助が不抜けた返事をすると、左門は顔を三之助の方に向けて、またひとつ言う。
「名前は、大事なんだ」
その眼は真っ直ぐで、瞬きもしない。
妙な雰囲気を出した左門に、俺は少し背筋が寒くなる。
「…おい、左門。どうしちまったんだ」
俺が恐々問い掛けると、今度はこっちをくるりと向いた。
その眼はやっぱり玻璃玉のようだ。
けれど、一度ゆっくりと瞬きをした左門はいつものけろりとした顔に戻った。
「なんでもない!とりあえずまだ俺は教えないもんね」
悪戯っぽくそう言うと、左門は立ち上がって教室の外へ駆けて行った。
「…なんだあれ」
「さあ…左門の奴、なんであんな…ってあー!」
俺が叫んだと同時に、廊下から数馬がが顔を出し「さっき左門が走っていったけど大丈夫?」と告げて来た。
「あの野郎一人でどっか行きやがって!」
「ああ、やっぱり…いってらっしゃい作兵衛」
「いってらっさい」
「ありがとう数馬!三之助の事見といてくれ!」
矢継ぎ早に言ってから、俺は縄を持って左門の後を追いかけた。
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