道連れ(三年) 2017/07了
名前変換
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ずっとずっと、誰にも言えない秘密があるんだ。
僕の胸にだけ秘めていたもの。
誰にも言う心算がなかった告白。
だというのに、いつバレたんだろう。
僕の胸の中の告白を、アイツは知っていた。
「どうして」
その時僕は、震える声を出すのが精いっぱいで、目の前の妙な声で話す同級生の顔を必死に見ていた。
黄昏時、僕が井戸で明日の朝に使う用の水を汲んだ帰り道。
「ねぇ」と呼び止められた。
聞いたことがあるような、ないような。
妙な声だったけれど、この場に自分以外にひとはいないから、僕に話しかけたんだろうなあと思って振り返った。
い組にいたような、孫兵といたような、誰だったかといたような、そんな記憶が曖昧な同級生が僕の真後ろにいた。
声はもっと遠かったと思っていたけれど、同級生は予想外に僕の目と鼻の先にいた。
驚いて、水桶から少し水が跳ねる。
「…っな、なに。なんなの」
平常心、と思っても、そんな間近に人がいるなんて予測が出来なかった僕の心の臓は煩い。
だから予習が必要なのに。
「きみ、は。数馬と仲がいいね」
かずま。
名前を聞いた途端、何故だかかっと頭が熱くなった。
女の様な男の様な妙な声で友人の名を呼ばれたからだろうか。
気持ちが悪いと思った。
窪んだ様な目はぎょろぎょろと動くし、手首や足首は固定布を巻いていると言っても妙に細い。
それでいて指は細長く、顔の輪郭などは無駄な肉がないくせに幼過ぎる。
薄い唇が、奇妙に動く。それはまるで芋虫が菜の葉を食べる時の口の動きに似ていた。
心底悍ましく感じ、そうして早く数馬に会って癒されたいと思った。
そう、い組のこんなやつとは違って、数馬は柔らかくて優しくて御人好しが滲み出ていて、そうして癒される。
こいつみたいにギスギスしていない。
「数馬、がねぇ、きみと仲良くしているから気になってね?よかったら、私も仲良くしてほしいなと」
「…ふーん?数馬が仲良くしているんだったら、僕も挨拶くらいはしてもいいけど…その前に名前くらい名乗れば?」
漸く落ち着いた心の臓。
しっかりと水桶の取っ手を握り直して、気丈に話す。
さっきから数馬数馬って煩いし。
「ああ、そうだよね。いるんだよね、名前。私はねぇ…小賀だよ」
妙な名乗り方に違和感を覚えたが、とりあえず礼儀として此方も返さないといけないからいろいろ無視した。
「僕は藤内」
数馬だけが名前だなんて、それはだめだ。
僕も名前じゃないと。
一緒じゃないと。
「そう!藤内!いい名前だ。よろしくね藤内」
ぱっと笑った顔は、すぐににんまりとした嫌な顔になった。
白い指が、僕の胸を指す。
「ねえ藤内、知っていることがあるよ」
「……なに」
にまにまと笑んだまま、僕の左胸に人差し指を向けてぐるりと回した。
「藤内、叶えてあげようか」
「…は?」
「藤内、私ね、知ってるよ。私が力になってあげる。出来うる限りはしてあげる。だからね、ね、仲良くしてよ」
「…な、に、いって」
「だぁれにも、いわないよ」
何かがぴしり、と音を立てた。
白い骨の様な指は、未だに僕の胸をさしている。
誰にも言わない。
力になる。
なんのことだなんてしらばっくれ様としても、僕の動揺が収まることはない。
どうしよう、何、知らない。
だって、なんで、知っているの。
怖い、見ないで、怖い、バレたくない。
「な、んで…っ」
「誰にも言わない、秘密は守るよ。藤内の力になりつつね」
だから、ね、仲よくしよう。
そう言って僕に手を差し伸べてきた。
僕の頭の中には疑問と恐怖と猜疑心が全て入り混じって洪水を起こしている。
こいつは信用できるのか、僕を裏切って吊し上げにしないのか。
だってこんな、心の内を暴かれたうえでの友情関係なんて、僕知らない。
ああ、でも、でも。
数馬と、友達なんだったら、信用、してやってもいいかな。
僕は恐る恐るその手を取った。
左腕にかかる水の負荷が凄くて、差し出した手が利き腕なのを後悔した。
がしりと組まれた手は、ひんやりと冷たい。
骨ばっていそうな手なのに、妙に柔らかい。
急に尾骶骨辺りがぞわぞわとして、ぱ、と手を振り払うように離した。
「…ぁ」
「藤内、お水運ぶの手伝おうか?」
振り払ったことなど気にも留めないで、へらりと笑って僕の水桶に手を差し出す。
急いでその手を避けて、僕は歩き出す。
「…いいよ、気にしないで。一人で運ぶ予習はできてるから」
「そう」
僕がこういうと、大抵の人間は苦笑いをして離れていくのに、ずっとついてきた。
結局長屋前まで来て、数馬と鉢合わせ、数馬が不思議そうに僕達二人を見比べて「仲良かったっけ?」と笑いかけてくるまで、僕は妙なモヤモヤを抱えて水を持っていた。
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