姉上御楼上 2017/04了
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割と最近、頻繁にくのたまを見る。
そしてそれと同時に四年生の平滝夜叉丸も見る。
あんまり接点がない、と言えばそうでもあるし、体育委員での宝探しに付き合ったので顔見知りと言えば顔見知り。
しかし、滝夜叉丸に慣れ親しんだ感じで声をかけられるかと言えば答えは否になる。
なので何故滝夜叉丸にくのたまが、しかも珍しい六年生が引っ付いているのか聞くことは憚られる、が、それもついこの間判明した。
兵助曰く、あの二人は姉弟らしい。
滝夜叉丸が「姉上」と言っていたのを食堂で聞いていたらしく、またその姉上が極度のブラコンで妄想癖が凄まじいことも聞いた。
確か名前は、平五月。五月さん、だ。
同級生のくのたまに引き摺られて言ったときも、二年生の時友四郎兵衛がくのたまを呼んだときも「五月」と言っていたのを覚えていた兵助は、時折部屋で「五月さんはコヘタキとかいう謎の呪文を怨念籠もった声色で食堂からでた後も呟いていた…」と怯えている。
兵助も豆腐に関しては大概妄想癖が凄いけどね、と思ったけど、俺は黙っておいた。あの状態の兵助になんか言ったら問答無用で口に豆腐突っ込まれる。
兵助の他にも、三郎や八もたまたまその食堂での光景を見ていたらしく、口を揃えて「あの人はだいぶやばい」と言っている。
しかも噂ではあの七松小平太先輩の胸倉を掴んでフルボッコにしたとか泣かせたとか、兎に角凶暴な印象の噂しかない。
多分尾鰭がついてるはずだけど。噂なんて大概そんなもんだ。
でも其処まで言われていると、逆に会いたくなってくる。
時友と話していた時は美しい先輩だったとも聞くし、弟が関わると変わるんだろうか。
まあ、とにかく、俺は委員会活動という名のお茶会をほっぽりだしてとたとたと廊下を歩いていた。
足は自然とくのたま長屋に向いていたけど、忍び込むつもりはなかった。というか、忍び込むまでもなかった。
だって目の前に噂のくのたまがいたからだ。
前から歩いてきた平五月と思われる美人なくのたまは、本を大事そうに抱えて無表情。
俺は足を止めて、目が合うまでじっと見つめた。
けれど流石六年生と言うべきか、一秒も経ってないんじゃないか、と言う早さで俺の視線に気付き、ばちりと目があった。
「こんにちは。俺、五年生の尾浜勘右衛門です」
にこり、と人好きのする笑顔で自己紹介。
大体の人間はこれで笑顔になるし、軽い女の人はころりと騙されてくれる。
三郎や雷蔵には「胡散臭い」と言われてるけど。
雷蔵ならまだしも三郎には言われたくないなあ。
しかし、この目の前の人は無表情のまま、少しだけ眉根を寄せたと思えば、少しだけ会釈をした。
「…どうも御丁寧に。私、くのたま六年生の平五月です」
ああ、やはりこの人だった。
確かに平の血筋だと納得できる綺麗な顔をしている。
滝夜叉丸とは違って穏やかな造りの顔だけれど、それでもその黒く長いストレートの髪とかは滝夜叉丸そっくりだ。
俺より数センチ背が低い。
第一印象は、噂とは違う人。それと、警戒心がある人、だな。忍者らしいと言えばらしいか。
随分と穏やかで、ブラコン気違いと言われるイメージとはほど遠い。
まあ、それは弟の滝夜叉丸がこの場にいないからか。
ああ、でも好みの顔だなあ。
「五月さんですね。忍たま敷地に何か御用ですか?」
食堂は反対方向だし、四年長屋も場所が違う。
五月さんの目は右へ、左へ、動いてからゆっくりと俺へ向いた。
「…図書室に、行くのよ」
「ああ、じゃあ俺も行きます。ちょうど図書室に用事があったので」
嘘だけど。図書室に用事とかないけど。
だって足はくのたま長屋向いてたし。
けれど五月さんは気付いているのかいないのか、相変わらずおっとりとした目のまま何の感情も見えずに頷いた。
とたとたと一緒に肩を並べて歩く。
五月さんが大事そうに抱えていた数冊の本は、経済史や流通関連ばかり。難しそうなの読んでいるな。
思うけれど、何も口に出さずに無言のまま図書室につく。
がらり、と開ければ机にはきり丸が座っている。
挨拶をしようと口を開けば、隣から先に声が飛んだ。
「一緒に来てくれてありがとうね、勘 右衛門君」
「?!」
この人今。
俺が動揺しているのを後目に、五月さんはにっこりと初めて綺麗に笑い、すたすたときり丸に近付く。
くっそ美人だ。
は、と俺は我に返り、慌てて五月さんの背中を追う。
「ちわーっス五月さん。返却っスか?」
「ええ、この二冊お願いね」
きり丸はにこやかに笑いながら五月さんを相手にする。
五月さんもきり丸の前へ座り、肘を付きながらきり丸を見る。
「ちょ、五月さん、い、今」
「相変わらず読むの早いっスねぇ。あ、中在家先輩もう少しで来ますよ」
「え、本当?じゃあもう少しいようかしら…」
総無視だ。
これめっちゃ無視されてる。しかもきり丸にまで。
でもさっき確かにこの人は俺のことを勘 右衛門と言った。
あれはまるで、俺が滝夜叉丸のことを滝 夜叉丸と言っていたときと同じじゃないか。
知っているのか?この人。
「五月さん!さっき俺のこと」
「なぁに、煩いわね勘 右衛門君。用事はいいの?図書室に用事があるんじゃなかったの?」
苛立った声で再び俺の名前を間違えながら、視線はきり丸から外さずに五月さんは喋る。
用事なんてあるわけないだろ。嘘なんだから。
そんなことどうでも良い、せめてこっちを向け。
「それ!勘 右衛門ってなんですか。俺は尾浜勘右衛門で、右衛門が名前じゃありません!」
「せんぱぁい、五月さん、判っててやってるんスよ」
きり丸は呆れたように笑いながら、「ね?」と目の前の五月さんに首を傾げる。
「はぁあ…可愛い…きり丸君可愛い…!」
「……会話になっていないぞ、五月…」
「!!」
ぞわり。
突然俺の後ろから聞こえた声に、心底ぞっとした。
しかしそれはすぐにこの図書室の主とも言える、中在家長次先輩の声だと気付き、息を整えながら体をずらす。
さっきまできり丸しか見ていなかった五月さんは、中在家先輩の声がすると同時に、俺を見た。
正しくは、俺の横を、だが。
「長次君!」
ぱっと顔が明るくなり、立ち上がって中在家先輩に纏わりついた五月さん。
きり丸はやれやれって顔だし、俺は置いてけぼり。
何ここ俺の居場所は?
助けて三郎、やっぱり大人しく委員会出てればよかったかな。
「…もそ…」
「だって、…もう、判ったわよ」
中在家先輩がもそもそと話し、それに渋々頷いた五月さんは、中在家先輩から体を離して、俺を見る。
なんであんな小声のもそもそを聞き取れて会話が出来たのかマジで知りたい。
「私の滝ちゃんからかったの、あなたでしょう?」
「…え?」
五月さんはぶすくれたままの顔で、俺をじとりと見る。
穏やかな顔立ちだったが、そういう顔をするとやはり滝夜叉丸の顔と似ている。
しかし今言った質問に、俺は酷く焦った。なんでそれ知ってんだ。
「あ、の…それは」
「滝 夜叉丸って言って、滝ちゃんがいくら否定しても変えなかったんでしょう?滝ちゃん本人からとしんべヱ君から聞いたわよ。私の滝ちゃんが大人しいからって五年生にもなって後輩に悪質な嫌がらせをするだなんて忍たまも高が知れてるわね。私の滝ちゃんが温厚で優しくて慈悲心溢れる御仏のような人間だったことに感謝しなさい。でなければ私が直々に制裁をくだ」
ぐだぐだと述べる五月さんがまだ喋っている途中にも関わらず、中在家先輩がぱちり、と口を手で覆った。
中途半端なところで止められたから俺はもやもやするし、五月さんはまだ手の中でもごもご言っているし、寧ろここでやっと兵助達が言っていた極度のブラコン気違いと言うことがよくわかった。
この人弟に夢見すぎってかフィルターかけ過ぎ。
なに御仏のような人間って。あの滝夜叉丸が大人しい?
「………もそ」
「え?」
「中在家先輩は、“すまんな、滝夜叉丸のことになると五月は人が変わる”と言っていまーす」
もそもそ言う中在家先輩に代わり、きり丸が言葉を繋いだ。
おお、これが図書名物の中在家通訳。
雷蔵も出来るんだろうか。
「い、いえ…確かに、俺も大人げなかったです…滝夜叉丸、からかいやすかったので…いや、最初は本気で間違えてたんですけどね…」
からかいやすかったので、の辺りでまた「もがー!」と暴れた五月さんを、中在家先輩が腕を纏めて握り、落ち着ける。
中在家先輩の手が大きいのもあるけれど、それでも人の両手首を片手で一纏め出来るだなんて、五月さんの手首細すぎだろ。
「…今度から、滝夜叉丸に対して気をつけることだな…五月、謝ったのだから、許せ」
言いながら、ぱ、と中在家先輩が手を離せば、五月さんは唇を噛みながらもこくりと頷く。
えらく素直だ。あの感じなら俺に飛びかかってくるかと思っていたが。
「…尾浜、仕方がないから…許すわ…」
「…あ、はい。ありがとうございます…?」
許す、と言った五月さんは、それでも胡乱とした目のままじっと見てくる。
て言うか、中在家先輩の言うこと素直に聞くし、あまりスキンシップをしない中在家先輩が女の人の口に手を当てたり、手首掴んだり、なんなんだ。
きり丸もなぜ最初に「中在家先輩もう少しで来ますよ」なんて伝えたのだろうか。
この二人、まさかとは思うが。いやいや、そんなはずはないだろう。
うん、考えたらダメだ勘右衛門。
こんな好みのタイプドンピシャが中在家先輩と?なんかやるせなくなる。
「尾浜…但し、次、可愛い可愛い滝ちゃんに何かしたら握り潰すからね。いい?いくら滝ちゃんが可愛いからって苛めるのはクズのする事よ。滝ちゃんの気を引きたいのは判らんでもないわ。いいえ、寧ろ判りすぎるわ。でもダメよ。滝ちゃんは絶対渡さないしそもそも七松しかり、滝ちゃんを振り回す奴らに私の滝ちゃんは渡さない」
握り潰すって、ナニを。どこを!
少し想像して腰が引けた。
つーかこの人何言ってんだ、なんだ滝夜叉丸の気を引きたいって。
それじゃあまるで俺が滝夜叉丸を好きみたいじゃないか。有り得ない。
兵助、本当だったよ。この人頭ガチでヤバい。
きり丸は机に突っ伏して声が出ないように笑ってるし(多分大声で笑うと中在家先輩が“笑う”からだろう)、中在家先輩は五月さんの横で相変わらずの表情で立ってるし、いや、ちょっと呆れてるっぽい?
兎も角、未だにぶつぶつと「そうよ七松、あれはダメだわあれこそ最初に握り潰す相手よ七松フザケんな割と本気でフザケんなよきっとあの体格差と上下関係を利用して私のまいすいーと天使滝ちゃんをあれよあれよと…」と聞きたくない言葉を呟いている五月さんに、俺は心に決めた。
二度と滝夜叉丸に悪絡みしないと。
だってこの人本気で病気だと思う。