道連れ(三年) 2017/07了
名前変換
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いつだって誰かの後ろで、いつだって二番手どころか三番手四番手。
後手後手になっていつも結局忘れられる羽目になる。
昔からそうだったし、注目されても別段いいこともなかったから、今の場所でいいと思ってる。
けれどやっぱり仲のいい先輩や後輩から、名前はおろか、存在すら忘れられてしまうのは、虚しいし、悲しい。
同室の藤内は僕の事を絶対に忘れないから、他の人が意図してやっているのではないかと疑って、疑心暗鬼、人間不信に陥ったこともあった。
秀でて特徴もないし、見目も頭もよくないってわかってる。
個性派揃いの同学年は勿論、その上をいくような個性を持っている学園の皆と比べてるのも烏滸がましいくらいには、僕は平々凡々だ。
こんなんじゃだめだ、もっと頑張らないと。
そう思って努力をするけど、結局全て無駄な足掻きになってしまう。
怖い、みんな僕を忘れていってしまう。
今は覚えてくれている藤内だって、いつかきっと。
「そんな事はないよ、私は見ているよ」
「…え?」
ぼう、と焔硝蔵の後ろで座っていたら、突然横から声をかけられた。
脳内でしか話してなかったはずだけど、僕、声に出ていたのかな。
恥ずかしいな。
それより、この子は誰だろう。
同じ学年なのは確かだけど。
「ずっとね、見てたよ。君のことをちゃんと見てる」
「…ぁ、う、嘘だよぉ。さっきの聞いてたから、慰めてくれてる?ごめんね、気にしないでよ」
慌てて手を振りながら謝ると、その子は笑顔のまま僕に近付いて、直ぐ近くにしゃがんだ。
座った途端、笑顔が濃くなる。
女の子とも、男の子とも言える顔は、きっと女装実習の時に重宝するだろうなぁと思った。
声も、どっちとも取れる声。低いような、高いような、少し歪な声。
「ねぇ、ごめんね。気になってはいたんだけど、私、君の名前を知らないんだ。良かったら教えてくれない?」
その言葉に、何と無くやっぱり、とは思った。見ているよ、と言っても名前は知られていない。
何かと話題を作る彼らはみんな、名前を知られている。
僕はあまり覚えてもらえない。
見たことはあるんだけど、それがみんなの常套句だった。
仕方がないけど、それが当たり前なんだけど。
「あ、僕、三反田だよ」
なるべく笑顔で答えると、彼はふるりと首を横に振った。
「三反田なのは知ってるよ。下の、名前を知りたいんだ」
「え…」
急に胸が躍った。
知っていたの?
僕の苗字を?
影も薄くて目にも止まらないような僕の事を?
本当に、見ていてくれたの?
嘘じゃなかったんだ。
か、と顔や耳が熱くなる。
少し早口で、僕は自分の名前を告げた。
「数馬。いい名前だね。数馬。私は数馬を見ているからね」
ああ、ああ。
嬉しい。
どうして名前を呼ばれただけなのに、こんなにも嬉しくなるのだろう。
名前なら、藤内やみんなも呼んでくれるのに。
ああ、そうか、僕が知らない初めての同級生が名前を呼んで、しかも僕の事を覚えていてくれたからだ。
存在を認識していると、認めているから。
「ふふ、名前で呼ばれるのって、嬉しいね」
そう言って笑えば、彼はゆっくりと頷いて、そうしてまた笑みを濃くした。
少しだけ、土のにおいがする。
「名前はね、特別だから。私も、数馬のことを名前で呼べて嬉しいよ」
「本当?そんなこと言われたの初めてだなぁ」
また一つ笑うと、彼は恐る恐る、と言う様に手を伸ばして僕の立てた膝にちょん、と指先を乗せた。
「なに?」
なんの行動だろう。
指先だけを膝に乗せられるのなんて、初めてだけど。
「…ううん。これからも、宜しくね。数馬」
「うん。宜しくね。また、今度会った時にも覚えていてね」
冗談交じりでそう言えば、彼はきょろりと目を動かしてから、静かに笑う。
弓なりになった目が、何処を見ているのかは少しわからない。
「覚えているよ。勿論。ずぅっと覚えている。ずっと忘れない」
普通なら、本当かどうか疑わしい発言だけど、なぜだか彼の言葉は信用できる。
きっと覚えてくれているだろうと。
沈んでいた心が少しだけ浮き上がった。
「おぉーい、数馬ぁ?」
遠くから藤内の声がするのに気付いて、思わず立ち上がって焔硝蔵の裏を見た。
ああ、実技の授業だ。
呼びに来てくれたんだ。
相変わらず僕を覚えてくれている藤内に安心して、彼に向こうへ行くことを告げようともう一度後ろを振り返る。
「あ、れ…?」
後ろには、誰もいなかった。
さっきまでいたはずの彼は、どこかに消えたかのようにそこにはなにもない。
「…いつ?」
気配が動いたことにも気づかなかった。
同い年なのに、彼の動きが読めなかった?
彼がとても優秀なだけなのだろうか。
「い組、の人なのかな」
それなら、顔を見たことがないのも納得だ。
そうして、優秀ない組の同級生が僕を見てくれていたことにまた嬉しくなった。
「…寒い」
足元を通り抜ける風は、底冷えするような寒さを告げて抜ける。
近くで藤内の声と、蝉の声が煩くなった。
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