道連れ(三年) 2017/07了
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いつ頃からだろうか、自分の隣には気付いたら同級生がいた。
僕がジュンコと一緒にいるから、基本的にはみんな遠巻きにしか見ていないのに、彼はいつの間にか隣にいて、ずっとニコニコしている。
ジュンコを見ても怖がらずに、「可愛いね」と言ってのける。
い組にもこんな人いたんだなぁと思うのと同時に、嬉しくなったのは覚えている。
ジュンコは彼の前では妙に大人しかった。
ある日の夜、誰かに見られている気配を感じて静かに起きた。
僕に同室はいないから、一体全体誰だろうと、そうして懐の中で大人しく形を潜めているジュンコはその綺麗な顔を蜷局の中に埋めたまま出てこない。
ごそり、と気配を探る為に布団の中で身動ぎをした瞬間、ゾワリと背中を何かが駆け巡った。
何匹もの馬陸に這われているかのようなその感覚に、腰から首筋まで、ぶわりと粟立った。
そうして足元はとても寒い。
冬の夜、水底に溜まった泥へ突っ込んでいるかのように冷たくて、そうして関節が重い。
妙な感じに目は見開き、ドクドクと耳の奥で自分の鼓動が聞こえる。
「……」
声を出して何かを言いたいのに、何も出ない。
まるで喉を潰されたかのように熱を持ち、引き攣った感覚がある。
突然、僕の手首に鋭い痛みが走った。
「いっ…!」
声が出た。
そうして足の重みも、妙な緊張も全て解けた。
見れば、手首にジュンコが噛みついていた。
その眼は悲し気で、そうして怒っているようにも見えた。
「ぁ…ジュンコ…ありがとう、ありがとう…」
ジュンコの名前を呼べば、ジュンコはガパ、と口を手首から外してチロリと気遣わし気に僕を見上げる。
真っ先にジュンコを撫でてから、すぐに枕元に置いてあったジュンコ用の解毒薬を手にする。
「こんばんは」
「っひ!」
ぱさり、薬包紙を取り落とした。
急に聞こえた声は、女と男の間の声。
ああ、あの子だ。
すぐに頭はいつも隣で笑っている同級生の顔を思い浮かべるが、やけに靄が掛かって、同級生の顔をきちんと思い描くことはできなかった。
煩い心臓と、高い声で威嚇音を出すジュンコを宥めながらゆっくりと後ろを振り返る。
暗闇を背負って、背丈の小さい影が立っている。
そうして、その影はゆらゆら揺れて一歩僕へ近付いた。
「…ぁ」
「コン、バン、ハ」
女なのか、男なのか、解らないような声。
同級生だ。
する、と僕の肩が下がる。聞き馴染んだような声に、僕は安心した。
まだ何も見えないけれど、そこにはきっとあの子がいるのだろう。
喉が渇く。
カサついた口を押し開けて、僕はやっと声を出す。
「…こ、んばんは…」
蝋燭も灯していない、新月の夜は暗くて何も見えない。
辛うじて、誰かが動けばそこが解るくらいの黒すぎる暗闇が広がっている。
忍者からすればとても動きやすい日だ。
やっと暗闇に目が慣れてきた。
さっきまで障子側にあったはずの影がない。
一体どこに、いったのだろう。
障子から目を離して、くるりと枕の方へ向いた。
「ひっ、ぎゃ」
あの子は、いつも隣で笑っている同級生は、僕のすぐ目の前にいた。
暗闇の中でも、瞳の水膜の反射が解るほどの距離に彼はいた。
「な、なに…っ」
「孫兵、夜分遅くにごめんね」
「…っあ…ああ、うん、一体、なに」
鼻先を突き合わせるほどの近い距離。
僕の膝の間にはいつの間にかジュンコがいる。
鎌首を擡げて、じっと目の前の同級生を見ている。
その彼の膝の下には、僕の薬包紙。
さ、と血の気が引く。
このままでは、いくら毒の耐性が強い僕でも、やばい。
ジュンコの毒は格別に強い。
もうどれくらいたった?
噛まれて、薬包紙を持って、同級生が現れて、取り落として、見失って、それで。
ひんやりと、冷たい何かが僕の右手首を触った。
腰が抜けるような感覚を味わい、目玉が揺れているのを認めながら、僕は自分の右手首を見る。
手、だ。
目の前の同級生が僕の右手首を握っている。
「可哀想に。噛まれたんだね。可哀想、カワイソウ」
「ぁ、ぁ…いいん、だ。これは、ジュンコに」
そう、ジュンコに噛まれたのなら、僕はそれすら受け止める。
それにこれは、僕を正気に戻すために噛んでくれたもの。
愛情以外に何を感じろというのだ。
するすると冷たい、けれどしっとりした指先が噛み跡をなぞる。
蛞蝓の様な質感だと、不思議に思った。
「そうだね。愛しい、ジュンコちゃんに噛まれた傷は、愛だね。それは掛け替えのない愛だよ孫兵。毒すらも愛だ。良かったね、ジュンコちゃんは、君を一等好いているそうだ」
彼の言葉に、恍惚感がわく。
そうだ、ジュンコは僕を好いている。
僕もジュンコを好いている。
だと言うのにどうしてこんなにも報われない。
どうしてこんなにももどかしい。
種を超えた愛。種を超えた。
種を?
「僕は、僕は」
「まだ早いね」
そう言うと、笑顔の同級生は僕の頬に手を滑らせてから、僕の手にかさりとした紙を握らせた。
これは知っている。
さっき僕が取り落とした薬包紙だ。
「きちんと飲むんだよ。まだだからね。私は孫兵とジュンコちゃんを応援するよ。二人なら幸せになれる。今だってもう、充分に幸せそうだけれど」
彼はそう言うと、何処から出したのか、僕の左手には竹筒を押し付けた。
コレで飲めと言う事だろう。
ジュンコはじっとしている。
二人なら幸せになれる。
なれるんだ。
そう言ってくれたのは、今までに誰がいた?
誰もいなかった。
だってみんな、僕がジュンコを好きなのは、可愛がっているのは、ジュンコのことを使役している毒虫だからだと思っているからだ。
僕はそれを否定も何もしなかった、それでいいと思っていた。
僕の気持ちは僕だけが知っていれば。
だけれども、どうだ。
彼は、僕の本当の意味での気持ちを知っていた。
そうして知ったうえで、幸せになれる、幸せそうだと言ってくれたのだ。
ああ、なんだ。
誰かにこうやって認めて貰えて、幸せになれると言ってもらえるのは、なんて暖かくて嬉しいんだろう。
どうして、もっと早くに誰かに言っていなかったのだろう。
いや、違うな。
もっと早く、彼に言われればよかった。
彼だけが、僕達を応援してくれる。
嬉しい。
嬉しい。
ねえ、ジュンコ。
誰かに幸せを願われるのは、とても幸せなんだね。
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