玉依姫(五年) 2017/12了
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満月が煌々と辺りを照らし、昼間のように影が延びる夜中、飯綱家から程近い小さな山の上にある神社にて人成らざるモノが依り集い、酒盛りをしていた。
本殿の屋根の上で各々好きに座り、社の中にいた琵琶の付喪神に静かな音を奏でさせて古来よりの仲間は今夜の肴を話題に出す。
「それにしても、まさか兵助が狐の玉依姫に手を出すとは思わなかったなぁ」
妖狸の大将である刑部の勘右衛門が酒瓶を傾けてへらへらと笑う。
だいぶ酒が回っているのか、それともただ気を抜いているのか、その尻からはもさりとした冬毛の狸の尾が覗いている。
「手を出すとは言葉が悪いぞ勘ちゃん。俺は手を出したつもりはなかった。弥咲からは特定の玉依姫の気は出ていなかったのだ」
「そうだねえ。僕達は弥咲に選ばせてあげたかったからね。初めて神と合間見えて、…一つの神しか知らないのに強制させるのは可哀想でしょ」
少し膨れた顔をした水龍神の兵助に徳利を傾けながら、白御食津の雷蔵がふわりと笑う。
「はあー…大層御立派だなあ、お稲荷様は」
「棘があるな。文句があるなら聞くぞ八左ヱ門」
犬神の八左ヱ門の首に腕を回して肩を組んだ白御食津の三郎が嫌な笑顔を浮かべて尋ねれば、八左ヱ門は慌てたように首を横に降った。
「そ、うじゃなくてさあ。…元々あの娘、狐憑きの家の子だろ? だというのにまさか全てを容赦して狐の嫁にしようってのが驚いたんだって」
「別に弥咲以外容赦はしてないぞ。ただ、あの子には直接関係のないことで、あの家ももう充分苦しめてきたからなあ。八左ヱ門だってそうだろ。もう充分だからあの子供とつるんでるんだろう」
三郎がなんともない顔で猪口を傾け、八左ヱ門の口へ肉の塊を押し込んだ。
高天ヶ原で取れるこの肉は人間界の食物と違い直接食べることができる。
人間界に降りている神の酒宴には欠かせないものだ。
ガフガフと肉を咀嚼し、八左ヱ門は気の抜けた顔で眉を下げた。
「そうだけど……だからって俺は倅を倦属にとは思わないぞ」
静かに付喪神の鳴らす音に耳を傾けていた兵助が、ちらりと三郎と雷蔵に目をやった。
雷蔵も兵助を見ていたからか、お互いにパチリと目があうと、狐はにまりと笑う。
「いいんだよ兵助は気にしないで。……事実、あの子も君を気に入ってるから」
色々聞いてるよ、助けてくれたそうでそれ以来弥咲は兵助の事ばかりだったからね、なんて柔らかく言った狐に、龍は押し黙るしかなかった。
「でもさあ、三郎もなんだかんだ気に入ってたでしょ。だから過保護だったし、わざわざ木乃伊のある祠に降りて拠点にしてたんでしょ? 俺なら一回、兵助と拳合わせるね!」
手放しではいどうぞ! なんて出来やしない、と勘右衛門が賑やかに言えば、今度こそ兵助は口をパクパクして「本当に、そんなつもりは」と呟き出す。
はあー、と大きな溜め息を吐いて兵助に掌を向けた三郎は、いつもの鋭い目をして兵助と、それからその横で寝そべっている勘右衛門を睨んだ。
「本当お前余計なことしか言わないな。だから何時まで経っても妖怪止まりなんだよ。糞狸」
「ひっでー!」
「いいか兵助、この掌の上にお前の掌を乗せろ。私と雷蔵の、弥咲の大まかな記憶を譲渡してやる。あの子は解りやすい……だからあの子が今誰に心を砕いていて、誰と死んでいきたいかなんて聞かずともわかる」
三郎の言葉通りに、兵助はおずおずと狐の手の上に自分の手を乗せた。
途端に掌の間が淡く光って、兵助の頭の中には弥咲の幼少期からの映像が流れ込んでくる。
それはとても暖かく、そして優しい眼差しだ。
二柱の神がどれだけ彼女を愛しているのか、痛いほど伝わった兵助は心の奥に大切な記憶を閉じ込めた。
「……弥咲は、必ず幸せにする。妾も作らないし、彼女との間に子供が出来ても、他神のように棄てたり食ったりなど決してしない」
「当たり前でしょ。食べたら……ていうより、弥咲を怖がらせた時点で奪い返すからね。覚悟しといてね」
「雷蔵の言う通りだ。あの子が泣くようなことがあれば直ぐ様駆け付け、隠してしまうからな」
二柱の狐達が当たり前のような表情と態度でそう言えば、兵助は神妙に頷いた。
「ああそうだ、それからね。弥咲はきっと後少しで父上の弟子入りをすると思う。ただあの子は、家に飼い慣らされてきているから、自分の意志が殆どないんだよ」
「仕事はやってみたいと思ってはいるが、それを選ぶ権利はないから選択も思案もなく後を継ぐことにした。……まあ、だからだな、弥咲が同意すればだが、何時でもあの子を現世から隠してやってほしい」
狐達の言葉に、兵助は怪訝な顔をする。
人間としての幸せを羨ましく、そして微笑ましく思っていた兵助にとって、再び生きにくい世界だと認識した瞬間だった。
「本当は言葉巧みに学業を終えたらすぐ、隠してしまおうと思っていたんだけどね。兵助は優しいから多分出来ないでしょ。だけど玉依姫としても生きなきゃいけない弥咲は早いところ神域入りして老いを止め、倦属にしないと子供が出来にくいからね。よく考えてね」
「弥咲がよくいっている、たいみんぐ、をみてというやつだ。何だったら私達も助ける。現世から消えることを誘導してもいいぞ」
「わりと怖いことを言っているのだ。三郎も雷蔵も」
白い顔をさらに白くさせながらも、兵助はそれが弥咲のためになるのであれば、と戸惑いなく頷いた。
横で見ている八左ヱ門は異様な三柱に若干引きながらも、ちびりと酒を舐める。
人間の彼女がとても愛されていることに驚きながら、いつか自分にもこのような嫁や玉依姫が出来るのだろうかと、妖怪止まりと蔑まれた勘右衛門が琵琶の付喪神に絡んでいるのを見ながら八左ヱ門は夜風に灰色の髪を揺らした。
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